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人生の悪役

 幸八は3歳の娘を殺してしまった。例の怒りの発作が起きたのだ。
 昼飯時のフードコートで、ハンバーガー越しに顔面をガラスコップに叩きつけたのち、破片で喉を抉ってやった。
 我に返ったときはもう遅い。
「ち、違うんだ。娘の自殺を止めようとしたんだよ、本当だ。なっ」
 弁明の後、幸八はぐったりした娘を放り捨ててその場から逃げ出した。

 信号を無視してクルマをぶっ飛ばし、新築の一軒家に幸八は帰宅した。
 血まみれの服を脱ぎ捨て、いじめのフラッシュバックに悪態をつきながら準備を始める。
 こんな事もあろうかと10年前から念入りに計画を練り、道具をそろえ、訓練を重ねてきたのだ。
 仏壇の妻の遺影を壁に投げつけ、こんな災厄を生んだ、すでにくたばった両親を呪った。

 幸八は鏡の前でカミソリを手にした。髪を剃り上げてから黒い塗料を頭全体に塗りたくると、両目の下を縦に切り血涙を流す。
 次にサバイバル書籍を参考に作った黒い耐火スーツで首まですっぽり覆う。片手に下げるのは拳銃型火炎放射器。その姿は、幸八が幼少期に夢中になった特撮ドラマの敵ロボットに見えなくもなかった。
「おれの負け犬だ。おれは社会の敵だ。だが、他に誰が責任を負って、おれの人生を救えるのか」
 最後にありったけの消火器爆弾をクルマのトランクに載せた。火炎放射器も自宅を標的に試射を終えた。もう帰る場所はない。
 幸八は上機嫌でクルマのエンジンを掛け、CDを再生する。この状況で最高に合う一枚を選んできた。
「お前の名は、シケイダー!ゆけ、悪の戦士よ!」
 さあ、本当の人生の始まりだ。

 10分後、パトカーが現場の交差点に到着した。警官連中がまず目にしたのは、燃え盛る幼稚園バス、黒焦げになった小さな死体の群れ、そして炎を撒き散らす黒い男と戦う、赤色と青色の男だった。
 警官の制止も耳を貸さず、赤青の男は天高く跳び、腕を十文字に構え、黒い男に向けて必殺技を放った。
(続く)

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