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よごれ仕事

「おふくろがね、消えたんだ」
 ビニル袋の中の酒を取ろうとした手が勝手に固まって、おれは振り向いて後ろにいるトゥウェイツをじっと見た。やつはすっかりキレイになった床にあぐらをかき、ウイスキーで喉を灼いていた。やつの目を見た。赤く潤んでいた。
「もう、我慢の限界だったんだよ」
 おれは袋の中に視線をそらし、特別な強い酒を掴み、トゥウェイツの前に座り直し、やつとおれのグラスに中身を目一杯注いだ。
 互いのグラスを優しくカチ合わせてから、おれとやつはグラスの中身を一気に呷った。先に飲み終わったトゥウェイツが言う。
「死んでたはずなのに。僕が殺した、昨日」
 おれはむせて、酒はみんな床に飛び散った。トゥウェイツが雑巾でそれを拭いながら続ける。
「毒を混ぜたんだよ、酒に」目がとろんとしてきている。
 トゥウェイツが涙で歪んで見える。
 そういえば、玄関に鍵は掛けてあっただろうか。武器になりそうなものは、あったはずだ。
「消えたのは、いつ」おれは灼けた喉をなんとか動かした。
「たぶん3時間前」どろりとした目が応える。
「どこから」
「この部屋」
 おれは今すぐ帰りたくなった。
「…とどめは」
「空き瓶。飛び散ってね」
「だから、掃除を手伝わされたのか」
「うん」
 トゥウェイツがグラスを落とした。割れずに済んだそれを懐中にしまう。
 やつは頭を垂れ、眠っている。酒に仕込んだ薬が効いたか。
 トゥウェイツを担ぎ上げ、街灯がぼんやり照らす中、家の裏に駐めてあったやつの車の助手席に乗せた。
 帰ったら、色々聞き出さなくてはいけない。4日前から隠れ家にいる、やつの本当の母親に。
 運転席に座り、エンジンを掛ける。路上へ。
 首に激痛。
 バックミラー。覆面の誰か。後部座席。細いワイヤー。
 そうか、スカルピオの工作員。
 息苦しい。目の前が赤い。
 靴の裏。アクセル。踏みつぶす。
 赤信号。トラックの横っ腹。
 衝撃。ガラス。


(続く)

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