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摂食障害は私の人生に必要なことだったんだと思う

私はいまも、「痩せていること」を手放せてはいない。けれども、自分が摂食障害であること、あったことを客観的には見つめなおせるぐらいには精神的に回復してきているように思う。

私にとって「摂食障害」とはなんだったのだろうか。今の段階で思うことをまとめておきたい。


連日の過食で身体は回復傾向。その中で見えてきたもの

拒食の頃から考えていたことがある。

私が「食べずに痩せていることを選んでいる」のは、社会の常識・世の中の「当たり前」に対する全力の反抗であり、逃げなのだ、と。

普通であれば、中学生頃に反抗期を迎え、自分を確立し自立していくものなんだと思う。でも私にはその時期がなかった。
ずっと、育った環境で培われた価値観のまま世の中を見て、その色眼鏡から見える世界と自分の将来にただただ絶望していた。

学生の頃まではその価値観のままでもなんとか生き延びることができていた。その色眼鏡で世の中を見ているといっても、学校という狭い範疇に収まっていたから。

けれど大学を出て社会人になってからは、見なければならない範囲、自分が相手にしなければならない土俵が広がった。

その色眼鏡を外せないまま。

苦しかった。どう見ても自分が生きていける世界ではなかった。
それでも「もう大人なんだからこの世界で生きていかなければならない。戦っていかなかればならない。」と、その色眼鏡から見える世界に必死に自分を合わせようとした。

でも本当は苦しかった。逃げたかった。
そこで始めたのがダイエット、身体を削る行為だった。

私から見える世界が変わらないのであれば、このようにしか世界を見ることができない自分自身を消していくしかない。

ゆっくりと自分を殺していった。

食事制限をしているときは、栄養が足りず頭が回らない。さらには、飢えにより頭も身体も食べ物を求めるので、ほかのことを考えずに済む。食べ物に思考を縛り付けておける。これで色眼鏡から見える苦しい世界を見なくて済む。そんな状態が1年続いた。そしてそのまま拒食症になり、非嘔吐過食になり過食嘔吐へと進んだ。

そして

連日の過食により飢えからの食べ物への執着が薄れていき、頭が回り始めた今。久しぶりにみた世界は、少しだけ前と変わっていた。

世界は限りなく「グレー」な部分が多い

2回目の休職中で、誰とも関わらない・話さない生活を送っていた私は、ネットの中に人との関わりを求め始めた。

色々な人のブログを読み、新しくSNSのアカウントを作り、顔も見たことない様々な方と関わらせてもらった。
ネットの中にあったのは建前もなく飾り気もないリアルな人々の思考と日常だった。

私がずっと持っていた「こうあるべき」に全く当てはまらない人たち。
私にとっては「異常」でも彼らにとっては「普通」のことであったり。
それって社会的にダメなことなんじゃないの?と私が思っていたことでも、ネットの中の「彼ら」にとっては「正義」であったり。

そして、同じ考えを持った人たちがネット上にコミュニティを作っていたり。

私が、「当たり前」だと思っていたことも、ある人にとっては「当たり前ではない」

私が「正解」だと思っていたものが、ある人にとっては「正解ではない」

同じ世の中に生きていて、同じものを目にしているはずなのに、人それぞれ「見え方」は全然違う。一概に教科書どおりの「正解」なんてないのかもしれない。この世の中は思った以上にグレーであることに気付いた。

子どもの頃は、親や学校の先生、教科書、友達やテレビぐらいからしか世の中の見方を教えてもらえない。幼いうちは、この人たちが「これが黄色」だといえば、それは「黄色」になってしまう。「それが正解」だといえば、それが「正解」になってしまう。

私が摂食障害になったのは、この子供の頃に培われ私を苦しませてきた色眼鏡・価値観を破壊するために必要なことだったのではないかと今は思う。

自分が生きていきやすい世界を選んでいい

子どものときに培われてきた価値観が崩れつつある今、これからの私はどのように世の中をみていくのか正直なところ、怖い。

私は本当は何が好きでどのような空間を心地よいと感じ、何に魅了されるのか。どのような価値観をこれから構築していくのか。

ただ一つ思うのは、自分が苦しいと感じる世界・空間・考え方に自ら手を出す必要はないのではないかということ。自分が心地よく感じる価値観を自分で選び取っていきたい。

「自分」という存在に責任を取らなくちゃいけないし、言い訳もできなくなるからすっごく怖いけど。

まあ、少しずつ。

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