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ほんね。。。

この季節になると思い出します。

3年前の出来事。。。

それは、3年前の6月
たまたまセフルチェックで発覚したお腹のしこり。
当時の職場の上司に相談して、仕事の合間に近隣の病院受診。
案の定、想定の結果、「児頭大ある多発子宮筋腫、右卵巣腫瘍で子宮頸がんのグレーゾーン、これは手術しないと分からない」と告知を受け、思わず待ち合い室で自然と涙していた私を思い出します。
しかし、仕事の合間での受診だったので、もちろん仕事に戻り、その日がんの利用者さま宅への看護実習生さんとの同行訪問もありました。仕事に戻らなきゃでも。。。辛いって気持ちで頭の中が混乱していましたが、気持ちを入れ変え仕事に戻り看護学生さんと同行訪問。

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その後、筋腫の大きさ的に当院では手術ができないってことで某大学病院へ転院。
そして、生理をとめる月1回のホルモン治療の開始。
止まるはずの生理も止まらず多量の出血、ホルモンバランスも崩れ更年期症状が出る中での家事と仕事の両立。女性としての大切なものがなくなる喪失感。
正直、凄く辛かったです。
当時の私は、別居中の配偶者や子どもたちに現状を誰にも言わずでした。
手術前の検査で、心臓に水が溜まっていることがわかり手術することも危ぶまれ、家族への手術説明をすることとなりました。
家族に何も言わず手術を望んでいた私は、ダメ元で医師に「全部わかっているので家族への説明はいらないです」と伝えましたが、もちろん医師からは拒否。
その時、初めて現状をまず配偶者に伝え、子どもたちには、心配かけたくないとの思いでなかなか言えずでした。
しかし、手術の説明の日が近づき悩みましたが、そこで初めて子どもたちに私の現状と医師から言われるであろうことも伝え、息子に同席してもらい医師から手術の説明を受けました。

*****

手術前日まで仕事して翌日に入院。
次の日手術。
手術室勤務経験ある私ですが、自分が手術となると不安が募るばかり。。
手術当日、点滴台を押しながら手術室入室。
今までの治療が終わる安堵感とその裏腹に不安がつのり涙が溢れ出ました。
無事に手術が終わり、気がついたら病室のベットの上、周りには子どもたちがいました。
麻酔もきれて傷口がかなり痛みましたが、その時も心配かけたくない思いで、いつも通りの会話をして帰ってもらいました。
その後、痛みとの闘い。
不安、痛み、喪失感が頭の中で駆け巡り夜になると病室で泣く日々。
今思うと、なかなか自分のことを話せない私は、全て1人で抱え込んで、いろんなことが重なり疲労困憊していました。

*****

これをキッカケに
今では、少し本音を話せて自然体の私です。
いろんな方の支えがあり「生かされている」
今があります。
日々の当たり前のことやご縁に感謝しかありません。 
また、医療者としての改善点や
患者さまのお気持ちが改めて気づきました。

最後に
私と同じような思いをして欲しくない!そんな思いもあり、看護師としてではなく1人の人、女性として、1人で抱え混んでいらっしゃる方やそのご家族に個々に寄り添い、伴走者でもあります。

かなり長文となりましたが。。
最後までお読みくださりありがとうございました(╹◡╹)

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