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ファッション

''ファッション''ここ最近ではSNSの普及により
より広く多様化している業界ではないでしょうか。

僕もアパレルを生業としており始めてから職場を転々としながらも5年間ファッションという物と向き合って参りました。
6年目はまだまだだよ、入ってそんなに経って無いじゃないか等言われるかもしれないです
まだまだ半人前の身なのでこれからお伝えすることに誤りがあるかもしれないですがどうかお許し下さい。

当ノートをご覧頂きありがとうございます。
投稿しようと思ったのは自分の考えのまとめを作りたいという事で投稿をさせて頂いてます。
何卒ご了承下さい。

さてファッションの始まりはいつなのか。
恐らくシャルル・フレデリック・ウォルト氏(以降ウォルト氏)がパリで創業したファッションメゾン【ハウスオブウォルト】が現代ファッションにおける最初の革新的な事象では無いだろうか。
ウォルト氏が衣服を手掛ける以前のファッションはかなり分業的な経緯を経て洋服を作っていた。
注文者は自身で生地を買い、装飾品を集めその生地や装飾品を仕立屋に持っていき、仕立屋が注文者の体に合わせてデザインし最後の縫製は仕立屋とは別に存在する針子が請け負うシステムだった。
当時の組合制、ギルド制などが背景としてこのような仕組みになっていた。
またその当時のステータスとなっていたのは主に生地でありデザイン性というのはそれほど高いステータスではなかったと言われている。

このような経緯を経て作られる事をウォルト氏は恐らく非効率的と感じていたのでは無いだろうか
ウォルト氏は新しい洋服の生産過程で従来までのシステムを変えてしまう
その新しいシステムこそが
オートクチュールの源流になっている

1858年にパリで創業した彼の店は、すぐにヨーロッパの上流階級の人々を惹きつけ、ウォルトは、19世紀のそれまでの服装をより日常生活に即した形に変えた。また、革新的な変革のいくつかはサロンの最も高名な顧客の一人ウジェニー・ド・モンティジョ氏の要求によると言われている。
ウォルトはそれまでの製造過程である数多くの生地から卓越した洋裁技術の両方を一度に売り出す事で今までには無い革新的な生産を行っていた。
また、ウォルト氏はモデルを起用した初めての人物であるモデルに衣服を着せ顧客に披露しており。
ファッションショーの手法を最初に行ったのもウォルト氏とも言われている。
顧客それぞれからの依頼を受けお客様に向けたサイズ感や生地で仕立てた事や彼の革新的なスタイルから彼をオートクチュールの父と呼ぶ事もあるそうです。

ウォルトの確立したオートクチュールの基本的な方式は、その後にプレタポルテ(高級既製服)が主要な座に取って代わるまで、存続し続け。
ファッションメゾンの方式としては(例えばデザイナーが服をデザインして、それをモデルに着せ、年数回のコレクションで発表するといったもの)現在にも続いてる。

また、彼以前までは貴族等がトレンドを牽引してたのに対して
ウォルト氏は富裕層の力等もあったにしろ彼がトレンドを牽引する形になり。
デザイナーがファッショントレンドを作りだす近年の流れに近いと思われる。

お付き合い頂きありがとうございます。
また、稚拙な文で申し訳ありません。

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