今こそ、オートノミーを求む?
人に何かを伝えたり、話したりすることがあまり得意ではないので、
まとまらないなりにも無理やり筆をとってみむとしているところです。
最近、
“計画しない”、”分からなさ”、”自然発生的”、"目標を決めない"
などなどの言葉を頻繁に耳にしたり、脳裏に浮かんだりします。
なんというか、人間ってめちゃくちゃ頭が良くてなんでもできちゃうので、
ついついその脳みそをフル回転させて完璧な計画を作り、
それを遂行することが物事の基本的な進め方のように思われている節が結構あると思うのですが、
もっと本能的?に、目の前で必要なことを次々すすめていくのもありなんじゃないかなあと思ったりするわけです。
たとえば、町みたいな大きな規模のものを作るとき。
普通は都市計画の法律に従って、地域ごとに計画を作ります。
でも、なんかできあがった計画を見ていると、
「計画の方が、人間のスケールを超えちゃってない?」
って思ったりします。
だって、ちょー単純に考えて、道路とか乗り物なく人間がじぶんひとりで移動しようと思ったら、
せいぜい計画が作られてるエリアのほんの一部しか日常的に行動範囲にならないじゃないですか。
だから、そのスケールを超えてゾーニングをする、みたいなことがどうも腑に落ちないというか。
だったら、地理的にも時間的にもそんなに大きなスケールを俯瞰しないで、
むしろ今、目の前で必要なものを作っていけば良いんじゃね?
みたいなことを思ったりして。
たとえば、ご近所さん何人かが公園が欲しければそこにつくれば良いし、
学校、スーパー、病院しかり…必要だと思った人が、
自分の手でそれをつくれば良いんじゃなかなあと。
こういう言い方をすると向こう見ずで無責任にも聞こえそうだけど、
もう一歩引いて考えれば、
どんな人が暮らしていて、その人たちが何を求めているのか、
それを全て抽象化してひとつの計画として丸め込むのも強引じゃない?
って思ってしまうタイプの人間です。
だから、計画とかつくらず、みんな自由にやれば良いのかもしれないなあ、と。
そして結局、それが一番人間にとって自然で、
ありのままにのびのびしていられる方法なんじゃないかなあ、とか。
で、そういう考え方って、巷では
「オートノミズム」
と呼ばれているんだ〜、ってことを最近知って、
ほうほうなるほど、
と思ったので書いてみました。
自分が脳内でこねくりまわしてようやく出てきた一定の結論って、
たいていの場合は世の中にすでに存在してるよねー。
そのことに半分「チッ」と思い()、
残り半分は、全く顔も知らない誰かが、それぞれの思考回路を経て同じ考えに辿り
着いていたんだということをもの嬉しく思ったりします。
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記事のタイトル、はからずも今期の朝ドラ風じゃない?
読んでくれてありがとう!またね!
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