タナカクニエ

ある晩、起きるとそこに田中邦衛がいた。そう思ったのもつかの間、ベッドのすぐ傍にある鏡を見てハッとした。鏡に写っていたのはこれまた田中邦衛だったのだ。

そう、そのときようやく気づいたのだが、私は田中邦衛その人だった。いやいや、こんなところでボーっとしている場合ではない。なんといっても今日は約三万人の田中邦衛が群れをなして攻めてくる予定の日なのだ。ある情報筋によると、確か日本海側から侵攻してくることになっている。

そうなのだ。もうお気づきの方も多いと思うが、あの、「第二次田中邦衛紛争(望郷編)」の幕開けである。有史以来、俗に言う「天然の田中邦衛派」と「無添加の田中邦衛派」の双方が、地球上に存在する全ての田中邦衛を統率するイニシアチヴの象徴であるところの、「田中邦衛王」の称号を得るために、幾度となく衝突と合体、はたまた蒸発や萌芽を繰り返してきた。(一部には光合成をも行っていた田中邦衛がいたということも付け加えておかねばならない。一説によれば彼らは突然変異の田中邦衛だという。)

とにもかくにも、今まさに全ての田中邦衛による「田中邦衛の王冠」争奪戦が始まろうとしているのである。(ちなみに、現存するどの田中邦衛も目にしたことがないその「王冠」の存在は、すでに伝説と化しているが、その王冠は、やはりそれ自体が田中邦衛であるというのが通説である。)

今日から始まるこの田中邦衛紛争によって、田中邦衛の中の田中邦衛、つまり「真の田中邦衛」が決定されようとしているのだった。しかし、これも周知の事実ではあるが、ある一人の田中邦衛が王となった瞬間、その田中邦衛は田中邦衛ではなくなる。田中邦衛というのは得てしてそういうものなのである。いやはや田中邦衛は所詮田中邦衛に過ぎないのだ。そうやって我々田中邦衛は、我々自身がやはり田中邦衛なのだということを認識し続けてきた。

それ故に我々は田中邦衛なのであり、はるか太古の昔、地球上に田中邦衛が発生して以来今の今まで、田中邦衛王不在のままこの田中邦衛王国が成立し得たのである。しかし、今度ばかりは何かが違う予感がする。(余談ではあるが先ほど述べた田中邦衛王になった瞬間に田中邦衛でなくなった田中邦衛のことだが、彼らもまた、その後もずっとある程度は田中邦衛なのである。)

ついでなので特に日本列島に生息する田中邦衛についても話しておこう。彼らは日本起源説、つまり田中邦衛王国の国教である「田中邦衛教」の経典、「クニエ書」の第一章に書かれた田中邦衛創造の部分を引っ張り出し、自分達日本列島にいる田中邦衛こそが本来の意味における田中邦衛なのだと主張している。

田中邦衛教とは、田中邦衛を唯一の神とする一神教であり、ここで言う神としての田中邦衛については宗派によって様々な解釈が存在する。大きく分けて我々田中邦衛一人一人が神であるという解釈を主張するエニク派と、今から約二百万年前に地球から九十二億光年離れた田中邦衛星雲にあるとされる惑星、「田中邦衛」から、創造主である田中邦衛が地球上に降り立ち、自らの分身である田中邦衛を創造したのであり、その創造主である田中邦衛こそが神であるとするカナタ派がある。

しかし七百年前に田中邦衛市(現在の北海道富良野市)で行われた公会議で、カナタ派の矛盾が指摘を受け異端とされた。つまりその説によれば地球上の田中邦衛は本来の田中邦衛ではないことになり・・・・・・まぁそういうことなのだ。(現在ではエニク派が大勢を占めるが、その中でも数々の派閥が生まれた。こういった宗教論争が「天然の田中邦衛派」と「無添加の田中邦衛派」の双方による今日まで続く対立紛争を引き起こしてきたのだとも言える。)

とにかく経典のその部分には最初の田中邦衛が発生した場所は上記の公会議の開かれた田中邦衛市であると記され、聖地とされている。実際に現在でも地球上で最も多くの田中邦衛が生息するのが日本列島、特に北海道なのである。

北海道にはじめて訪れる田中邦衛のほぼ全員が空港のゲートを出た瞬間、息を呑む。その視界には地平線までびっしりと群生する田中邦衛が現れるのである。幼い頃から私もうわさには聞いていたが、三年程前にはじめて聖地を訪れた時、その光景はまるで地を覆い尽くす黒い絨毯のようであり、感動というよりも一種の畏怖とも呼べる感慨が胸を埋め尽くし、遠くたなびく幾万の田中邦衛を目にし、動悸が激しくなったのを記憶している。

そんなことからも日本に生息する田中邦衛は自らをエリート視し、海外に生息する田中邦衛の純粋性を否定しがちである。特に近年、遺伝子操作によって田中邦衛となった「田中邦衛クローン」などの出現が世を騒がせているが、日本列島においてはそういった事例は報告されていない。そんな連中は侮蔑され、迫害されるのがおちだからである。

ただ、遺伝子関連技術の進歩は近年目覚しいものであり、来年には田中邦衛を構成する全ての遺伝子情報が解析されるという予想が出ている。いわゆる「クニエゲノム計画」である。これによって経典に隠された真実、そして田中邦衛発生と百五十万年前の大増殖に関する科学的根拠も解明されるだろう。

しかし、このことで経典と教会の権威が低下する恐れがあり、ただでさえ対立紛争の続く中、いっそうの混乱を招く可能性があることから、田中邦衛政府はこれを危険視し、一切の遺伝子研究を禁止している。が、教会の権威が及ばないアメリカ大陸などでは公然と行われている。しかもある一派などは来年の夏ごろには田中邦衛の量産も可能だという。

まったく恐ろしいことだ。そういう連中を我々は相手にしている。そういう連中といっても、もう既にすぐ近くにまで来ているのかもしれない。なにせ自分も田中邦衛ならば相手も田中邦衛なのだ。見分ける術が何処にあるというのだ。その現実が過去の紛争の勝敗を曖昧なものにしているのだ。

よし、そろそろ出かけねば。そう思って玄関に向かう途中、足にクニエを引っ掛けてしまった。そうそう、言い忘れたが私はこれでもプロのクニエプレイヤーなのだ。(知らない方もいると思うので、簡単に説明しておくが、「クニエ」とは電気式の弦楽器である。)去年の末などは私のクニエバンド「ザ・
クニエ」が念願のクニエショー出演を果たした。ヒット曲「オール・ニード・イズ・クニエ」やアメリカのパンククニエバンド「ゴローズ」が映画「青大将シリーズ」のために書き下ろした「スメルズ・ライク・クニエ」のカヴァーなどを演奏した。

今から会いに行くのも「ザ・クニエ」のセカンドクニエプレイヤーの田中邦衛だ。その後メンバー全員と落ち合ったあと、日本中の田中邦衛を集めなければいけない。私はその固い決意を胸に歩きだした。

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※2003年~2013年ごろまで個人サイトに掲載していたものをnoteに再掲載。

末筆ながら、田中邦衛さんの俳優活動復帰を心待ちにしています。

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