減数分裂と2つの時間軸 ― 野田秀樹『半神』についての考察


*2014/12/8に公開したものを修正*


 先ほどの韓国版を見終えて、書かずに放り出していたことを思い出したのでメモ程度に。

 『半神』の大きなモチーフに多分減数分裂がある。

 そもそも『半神』は人間の誕生を描いた物語であった。10年は10ヶ月、そしてその期間を経ての誕生がラストシーンで予兆される。双子は1人の「人間」として生まれる。


 灯台の形が二重螺旋構造になっていることに注目しよう。ここからDNAのイメージを直接に受け取ることができる。したがって、この灯台からは生命の誕生のイメージを受け取ることができるようになっている。

 そして生命の誕生に不可欠なのが減数分裂である。この減数分裂はDNAの組み換えを伴っている。

 具体的には (詳しくないので間違っていたら恥ずかしいが)、次のようになる。まず染色細胞には母方由来のものと父方由来のものの2セットがある。それらは分裂にあたって、DNAを複製する (姉妹染色体)。そしてそれが対合して二価染色体になり、このときに二重螺旋が切断される。こうしてDNAの一部が組み替えられることとなる。その後、減数一次分裂・減数二次分裂を経て、染色体は完全に引き離される。

 『半神』という劇ではどうだろうか。双子はうわの空 (自分とは別の個体であったはずの半身と自分自身との境目が、曖昧になっていく4次元と5次元の酩酊) のなかで、「心」をお互いに入れ替え(組み換え)、そして引き離される(分裂)。(お互いがお互いを思うがゆえに、「心」は交換されて、もう一度交換され混ざり合う。)

 このようにして「孤独」を得ることで、人間 (とベンゼン) が完成する。


(*酩酊を引き起こすものこそがベンゼンであるが、ベンゼンのなかでしか人間は完成しない。時系列や因果関係がぐちゃぐちゃになっているが、その前後関係を問うことはこの劇において意味はない?あるいは酩酊以外の意味が?)(*もちろん、ベンゼンは出口なので、孤独を得てベンゼンが完成されない限り、出ていけない。)


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 『半神』が減数分裂をモチーフにしているにせよそうでないにせよ、分裂しなければ「人間」になれないのだから、二人は同時に救えない。

 二人を救うためには、二つの時間軸と二つの学問が求められる。

 先生は神様の学問(数学)を捨てて、やがて1/2の学問(医学)を志す。つまり2/4を救おうとする意志は、1/2を志す。数学という学問でも「2/4は、必ず1/2に割りきらなくてはいけない」のだから。この数学と医学という学問の連続性を通じて、この劇は二つの時間軸 (数学とそれがやがて至る医学) を内にはらむことになる。

 そして「(心臓が保たないのだから) 2/4は、必ず1/2に割りきらなくてはいけない」という答えを受入れたとき、次はいかに切り離すかが問題となる。

 すでに述べたように、切り離されるとき、二人はそれぞれの一部を交換する。その結果ある時間軸には、シュラとマリアが混ざった一つの個体だけが残り一人の「人間」として誕生する。劇中では二つの時間軸が用意されているので、おそらくそれぞれの時間軸には、それぞれ一人の人間が生まれていることになる。そのことによって二人ともが救われる。このように一部を交換して切り離すことこそが、最良の切り離し方なのだ。

 ただし、ある時間に生まれるのは一つの個体だけだということを忘れてはならない。それぞれの時間軸において、切り離されたはずの半身は、人間になれずに消えてしまうことになる。

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 「音を作ってやろう」という声に対して、シュラとマリア (この名前ももう便宜上のものでしかないが) が二人共「音を?」と聞き返す。

 二人共が聞き返すのは、時間軸が二つの渦となって混ざり合うメエルシュトレエムにおいては、消える個体と人間になる個体の両方が、シュラに、そしてマリアに、重なり合っているためである。「音」は、人間にならないシュラのためのものであり、人間にならないマリアのためのものである。人間になるシュラのための音ではなく、人間になるマリアのための音ではない。




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