律速段階

「たとえば歩道の上で、あなたと同じ方向に歩いている誰かが目の前にいるとき、あなたはその人を追い越すか、後ろについて歩くかすることができる」
「うん」
「追い越すのはどんなとき?」
「……急いでるときとか?」
「なるほど」

こちらに目を向けず、ただ前を見つめててくてくと歩を進めながら、その横顔が問答をしかけてくる。
総じて白い容姿に似つかわしい表情と語調に、ただ歩調だけがいつもより少しだけ速くて、異彩を帯びていた。

「じゃあ、分速500mの馬と分速1000mの馬に、それぞれ荷物を載せて、5km先の目的地に同時に運搬し始めるとき、ぜんぶの荷物を運び終わるのは何分後?」
「……えーっと? 500メートル毎分と、1000メートル毎分……で5キロ先?」
「そう、ゆっくり考えて」
「え? それ、は……」
「……ゆっくり考えるような問題じゃないと思う」
めちゃくちゃ言っている。
「10分?」
「そうね」

いつもより少しだけ速足で、彼女の横について歩く。前後にさしあたり人影はない。

「それさ」
「うん?」
「あー……いや、いいか、ごめん」
「なに」
「いらないこと言いそうになったから……」
「今必要になった」
「いらないこと言った……」
「話さないと進まない」
クスリと笑った。
「荷物運んでる必要あった?」
「む、」
口角を下げてこっちを向いた。
「​──あったの」
「そうなんだ」
そっちを向いて、答えた。

そうこうしているうちに、目的のお店に着いた。彼女が行きたがっていた、なんとかいうたぶんオシャレなお店である。なんの店と言うべきか、語彙に定かではなかったが、なんにせよオシャレである。ここに着く頃には、歩調が歩きなれたものに落ち着いていた。

「まったく、せっかくの約束だったのに、あなたがあんなにのんびりするなんて」
「以後気をつけます」
「朝は計画的な支度を心がけてほしい」
「はい」
「今度は待ってあげないから」
「じゃあこれからはこっちが待つようにするよ」
「よく言う」
ふふ、と気持ち顔をそむけて鼻で笑う。
「それ、あなたが待つのは、どうしたとき?」
「自分が先に支度をすませたとき」
「そういうこと。期待してる」

「時間は待ってくれないのね」
「楽しい時間はあっという間に過ぎる?」
「楽しい時間は、あっという間に過ぎる」
復唱し、そうね、と納得したように微笑みながら視線を落とす。
日が沈みかけの帰り道、右を歩く全体的に白い姿を、どこか明るい表情と語調が彩っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?