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海の飛沫 - #1 「分かった!人間は、海の飛沫なんだよ!」

大学で出会った2人。多くの人が各々のアイデンティティを求め出す時期に、そこに居合わせた2人。特別な能力もなく、かと言って「普通」の型にもはまれない、何にもなれない2人。「生きている意味」を自問自答するも、特にこれといったものを導き出せるわけのない2人。そんな2人の、どこにも残らない、何の変哲もない、いずれ消えていくだけの1年間の日常会話の記録。

「……なんだって?」
「だから!人間は海の飛沫なの!まあ海も広義の意味では人間なんだけど。でも基本的には人間が『人間』って呼ぶものは海の飛沫なんじゃないかなって!」
「待った、一旦落ち着け。話が全然見えない」
「えー!?じゃあ説明するけどさぁ」
「不服そうだけど、これで理解できる人はいないと思うぞ」
「まずね、人間は死んだらどうなるんだろうってよく考えるじゃん?」
「うん、前提が前提じゃないな。なぜお前はそんなことを考えてるんだ」
「……生きてると普段から考えない?」
「……分かった、一旦それで飲もう。で、死んだらどうなるかを考えていて?」
「そうそう!でね、ある生物学者さんのブログを読んだの。そしたら、人間になる前のもっと前の、細胞の段階では、人間は元々不死身だったんだって!」
「そうなのか?……まあ言われてみれば、単細胞生物はDNAをそのままコピーして繁殖しているから、『全く同じ』ではあるのか。それはそれでひよこミキサー的な点が気になるが」
「?何の話?ひよこ……?」
「何でもない、独り言だ。で、なんだっけ」
「そう、だからね、えっと……そう!人間は元々不死身だったって話!じゃあ、何で「死」が生まれたと思う?」
「そりゃあれだろ、多細胞生物に進化したから」
「……?」
「いやそういう話だろ?元々はコピーで増殖していたのが、他の細胞との合体が始まって、そうなると元の個体のそれぞれの遺伝子が……」
「……私の読んだブログには、男性と女性ができたからって書いてあった……」
「あー、まあ平たく言うとそうなるな。うん、そういうことだ」
「合ってる?」
「合ってる合ってる」
「なんだ!もう、何でわざわざ難しい言葉を使うのかな~」
「……」
「とにかく!人間には男性と女性ができたんです!それは子孫を繋いでいくためで、でも代わりに自身が死ぬようになった」
「まぁ、そういう言い方もできるな」
「だからね、人間は死ぬの。でもさ、人間は死んでないじゃない?だから海の飛沫なんじゃないかって」
「待った待ったストップ。話飛んでる」
「飛んでないよ!」
「飛んでるって」
「はぁ、君は理解力が足りないなぁ」
「……まぁそういうことにしておこう。俺は優しいから。で、人間は死ぬんだろ?でも死んでないって?」
「そうそう、人間は死ぬけど、でも死んでいないの。ちゃんというと、『人間としての1個人』は死ぬけど、『人間という種族』は死んでいないの」
「あー、そういうこと」
「だからね、その都度生まれては死んでいくけど、それがずっと繋がっている限り、最初の細胞だった人間の「生き続けたい」って願いは、叶ってるんじゃないかなって」
「細胞が「生き続けたい」と願っていたかどうかは疑問だけど、話としては理解した」
「だからね、人間、あ、『種族としての方の人間』は、過去からずっと存在している海みたいなものなんじゃないかって。それで、私たちは海の飛沫。一瞬で生まれて形が変わってまた消えて、でもまた別の飛沫として生まれてまた消えて、海にずっと漂ってる」
「なるほどな。俺らは『飛沫』だから、『飛沫』としては死ぬんだけど、もっと大きい視野で見た『海』としては死んでいない、と」
「そう!だから、人間は、海の飛沫なんだなって」
「なるほど、理解した」
「うん」
「……で?」
「……で、とは……?」
「いやだから、人間が海の飛沫だという考え方は分かった。それで?お前は結局何を伝えたかったの?」
「え、伝えたかったことはそれだけだよ!話はここで終わり!以上!」
「マジかよ」
「マジかよって酷くない!?人間は海の飛沫!ほら!ね!?すごくない!?」
「お前に期待した俺が馬鹿だったよ……」
「なんでよ!結構すごい発見だと思ったんだけどなぁ~」
「まあ、発想は面白いよな。お前は基本アホだけど、何の意味のないことを無駄によく考えてるよな」
「……それって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「なら良し。……あ、見てこれ、近所に新しいアイス屋さんできてる!」
「あ、本当だ。……は?東京のアイスは1個900円もすんの!?高けー……」
「それだけ美味しいんじゃない?しかもほら見て、めっちゃ映える!ほら、これとか、超かわいい~!」
「味はともかく、見た目に価値は見い出せないな……」
「そんな悲しいこと言わないで!せっかくなんだから、全部楽しまなきゃ損だよ!どうせ私たちは飛沫なんだから」
「……ん?おう」
「そうと決まればさっそくレッツゴー!」
「はあ!?今から!?」
「善は急げ!ほら早く!」
「はあ……やっぱりただのアホだ……」
「今なんか言った?」
「なんも言ってませーん。行きまーす」

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