見出し画像

『ミトコンドリアが進化を決めた』は読めば読むほど理解が深まる、面白い1冊。【書評・感想】

ニック・レーン『ミトコンドリアが進化を決めた』(みすず書房)は、「健康」とは何かを考えていくなかで、最終的にミトコンドリアにたどり着いた数年前に初めて読んだ一冊だが、その時は本書の全容をきちんと理解することが出来なかった。

そのため、『ミトコンドリアが進化を決めた』についての読書感想文を書きたかったのだが、その内容を言葉にするのはなかなか難しかった。

その後、もう一度読んでみたときは、生物学や生化学の知識が少しは増えたこともあって、前回よりも理解することが出来、生命をエネルギーという観点から眺めてみると、この『ミトコンドリアが進化を決めた』は、繰り返し読めば読むほど面白い一冊であると感じた。


実は私自身、一般的にエネルギーの発電所だといわれる<ミトコンドリア>に生かされていることに気づくことで救われたり、ミトコンドリアのことを想うことで元気になったりするのだが、この一年、世間的に「健康」や病気を免れる力という意味での<免疫力>への関心が高まるなかで、『ミトコンドリアが進化を決めた』を再読することにした。


画像1

 われわれの体を構成する細胞には、一般に無数のミトコンドリアが含まれ、具体的な数はその細胞がどれだけの代謝を必要とするかによって決まる。肝臓、腎臓、筋肉、脳などにある代謝の活発な細胞には、数百・数千のミトコンドリアが存在し、細胞質の約40パーセントを占めている。だが卵細胞は例外で、およそ10万個のミトコンドリアを次の世代に渡している。反対に、血球や皮膚細胞には、まったくないか、あってもほんのわずかで、精子にはふつう100個もない。成人の場合、全身のミトコンドリアは1兆個の1万倍もあると言われ、全部で体重の約10パーセントを占める。

(『ミトコンドリアが進化を決めた』 ニック・レーン 著 斉藤隆央 訳 p16)
 ミトコンドリアは2枚の膜によってほかの細胞質から隔てられている。外側の膜は滑らかで継ぎ目もないが、内側の膜は複雑に入り組んで、「クリステ」という無数の襞や管を形成している。その場でじっとしてはおらず、必要な場所へと細胞じゅうを活発に動きまわっている。また、見かけ上独立した存在として、細菌のようにふたつに分裂し、あるいは結合して大がかりな枝状のネットワークも作る。

(p16-17)


ミトコンドリアの誕生については、原始真核細胞に好気性細菌(αープロバクテリア)が棲みつくようになった、いわゆる「細胞内共生」(主にリン・マーギュリスが主張)がきっかけであるといわれているが、ニック・レーンによれば、ミトコンドリアは「正しく言えば、共生体ではなく「細胞小器官」なのだ」という。

(しかし「とはいえ、「細胞小器官」という呼び名では、驚くべき過去についてはいっさいうかがい知れないし、それが進化に多大な影響を及ぼしたことも教えてはくれない」とも述べている)。


ちなみに『ミトコンドリアが進化を決めた』は、500ページ以上の大著だが、最初に読んだとき、何が印象に一番残ったかといえば、「プロトン駆動力がATPアーゼのモーターを動かし、生命の普遍的なエネルギー通貨であるATPを生み出す」ということを、著者のニック・レーンが強調していたことだった。

画像3

 大ざっぱに言えば、呼吸はプロトンポンプを使ってエネルギーを生成する。まず、酸化還元反応で発生したエネルギーによって、膜を通してプロトンが汲み出される。すると膜をはさんで、およそ150ミリボルトの電位差に相当するプロトン濃度の差ができる。このプロトン駆動力がATPアーゼのモーターを動かし、生命の普遍的なエネルギー通貨であるATPを生み出すのだ。

 これと非常によく似たことが、光合成でも起きている。呼吸と同じように、光合成の場合、太陽のエネルギーによってプロトンが葉緑体の膜を通して汲み出される。細菌も、細胞の外膜を越えるプロトン駆動力を生み出すことによって、ミトコンドリアと同じような働きをしている。微生物学者以外の人にとっては、生物学において、細胞がおそるべき多芸さでエネルギーを生み出すことほど不思議な現象はない。

(『ミトコンドリアが進化を決めた』 ニック・レーン 著 斉藤隆央 訳 p126)


プロトンポンプは、細菌細胞になによりまず必要な生命維持装置なのだ。生命の3つのドメインすべてに共通で、あらゆる形態の呼吸や光合成のほか、細菌におけるホメオタシスや移動などのすべての生命活動にとって、最重要と言える根本的なメカニズムなのである。つまりは生命の基本的特性と言えるだろう。この見方にもとづけば、生命の起源そのものまで、プロトン勾配が生み出すエネルギーと関係していると十分に考えられる。

(p130)


 化学浸透は生命がもつ基本的な性質で、DNAやRNAやタンパク質より古い可能性もある。初めに、自然に化学浸透を起こす細胞が、鉄硫黄化合物の極致の泡からできたのかもしれない。この泡は、地殻の奥深くからしみ出た液体と、その上の海水とが混じり合う領域でいくつも結合した。こうした無機物の細胞は、生体細胞と同じ性質をいくつかもち、太陽がもつ酸化力さえあれば生み出せる――DNAによる遺伝子の複製が誕生するまで、複雑な進化の変革は必要とされなかったのである。(p447)

化学浸透を起こす細胞では表面を電子が流れ、この流れによって、膜越しにプロトンが汲み出され、膜をはさんで電位差が生じる――細胞の周囲に力の場ができるのだ。この膜電位は、細胞の立体構造を、生命の構造そのものに結びつける。最も単純な細菌からヒトに至るまで、すべての生命は、エネルギー生成のためにいまなお膜越しにプロトンを汲み出し、これによるプロトン勾配を、運動、ATP生成、熱生成、必須分子の吸収などに利用している。わずかな例外も、結局はこの原則の存在を証明しているにすぎない。(p447)


用語解説

プロトン(陽子)」・・・「水素の原子核で,+1の正電荷をもつ」

プロトン駆動力」・・・「膜の片側からもう片側へのプロトン勾配にたくわえられた位置エネルギー.電位差と㏗(プロトン濃度)差が組み合わさったもの」

化学浸透」・・・「浸透性の低い膜をはさんでプロトン勾配が生じる現象.特殊なルート(ATPアーゼという複合体)を通るプロトンの逆流が、ATP合成の動力として使われる」

(『ミトコンドリアが進化を決めた』 用語集より抜粋)



「呼吸」や「酸化還元反応」などに深く関わるミトコンドリアが全ての中心であるとは言わないけれど、「進化」を考えるうえで、人類がかつては真核細胞だったことは、未だに信じられないでいる。そういう意味でも、ミトコンドリアの獲得は、生命40億年史における奇跡であると感じる。


画像2

ミトコンドリアは、細菌の世界を一変させた。細胞は、大面積の内膜でエネルギー生成を制御できるようになると、供給ネットワークが課す制約のなかで、好きなだけ大きくなることができた。単に大きくなれただけではなく、そうなるだけの理由もあった――細胞や多細胞生物のサイズが大きくなれば、人間社会でもそうだが規模の経済に従って、エネルギー効率が向上するのである。サイズの増大には、直接の見返りもある――正味の生産コストが低くなることだ。(p450)

真核細胞がより大きく複雑になる傾向は、この単純な事実で説明できる。サイズと複雑さのあいだの関連は、予想外のものだ。大型の細胞は、ほぼ必ず大きな核をもち、これが細胞のサイクル全体にわたってバランスのとれた成長を実現している。しかし、大きな核にはより多くのDNAが詰まっており、より多くの遺伝子の材料を提供することになるので、複雑さも増す。(p450)

細菌が小さなままで、収まりきらない遺伝子を一刻も早く捨てざるをえなかったのと違って、真核生物はいわば戦艦になった――多くのDNAと遺伝子を搭載し、エネルギーを必要なだけため込んだ(そして細胞壁が不要になった)、大きくて複雑な細胞になったのである。こうした特性によって、捕食という新しい生活様式が実現できた。捕食では、餌を飲み込んで体内で消化するが、細菌はこの方法を取っていない。ミトコンドリアがなければ、自然は弱肉強食の世界にはならなかっただろう。(p450)


最近の研究によれば、ミトコンドリアの獲得は、核に遺伝子が詰まってすでに複雑になっている細胞に、効率的な電源をつないだだけではなく、はるかに重要なことだったらしい――そもそも複雑な真核細胞の進化に可能にした、ただ一度の出来事だったのである。ミトコンドリアの融合が起きていなかったら、現在、われわれはもちろん、ほかの知的生命や多細胞生物も存在していなかっただろう。

(『ミトコンドリアが進化を決めた』 ニック・レーン 著 斉藤隆央 訳 p35)



『ミトコンドリアが進化を決めた』 ニック・レーン 著 斉藤隆央 訳 みすず書房 目次

序 ミトコンドリア――世界を操る陰の支配者

第1部 ホープフル・モンスター――真核細胞の起源

第2部 生命力――プロトン・パワーと生命の起源

第3部 内部取引――複雑さのもと

第4部 べき乗則――サイズと、複雑さの上り坂

第5部 殺人か自殺か――波乱に満ちた個体の誕生

第6部 両性の闘い――先史時代の人類と、性の本質

第7部 生命の時計――なぜミトコンドリアはついにはわれわれを殺すのか

エピローグ



なお、去年読んだ『擬 MODOKI 「世」あるいは別様の可能性』(春秋社)のなかで述べられていた、松岡正剛氏のミトコンドリアについての見解も大変興味深かった。

(気になる方は、以下の記事を参照してみてください。)


松岡正剛の千夜千冊1177夜『ミトコンドリアと生きる』瀬名秀明・太田成男

https://1000ya.isis.ne.jp/1177.html


松岡正剛の千夜千冊1499夜『生命の跳躍』ニック・レーン

https://1000ya.isis.ne.jp/1499.html



ここまで読んでくださり、ありがとうございます(^^♪

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

もしサポートしていただいた場合は、令和の時代の真の幸福のための、より充実したコンテンツ作りに必ず役立てます。