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「ホテルローヤル」は「グランドホテル」だった。


 北海道のラブホテルを継いだ娘を描く直木賞受賞作の映画化です。いつものように多少ネタばらしてます。

 原作を書いた桜木紫乃氏もじっさいに家業のラブホテルを手伝っていた経歴があるそうです。

 そしてなんとこの映画はその実家のホテルを舞台に撮られているとのこと。映画の中にひんぱんに登場する「ホテルローヤル」という看板のついたやぐらも実際のものだったのでしょうか。

 ただ、撮影上の制約のせいかもしれませんがホテルの外観などはほとんど映りません。重要な舞台となるだけに残念です。ホテルが建つ土地の描き方も少しおざなりな感はありました。

 原作を読んでいなければ舞台が北海道であることもなかなか分からないでしょう。観光映画にしなくてもいいから、も少しなんかあってもよかったのでは。

 波瑠が演じる主人公は美大の受験に失敗して帰郷、仕方なく家業のラブホテルを継いだという屈折があり、そのせいか口数が少なく、ほとんど内面を表現しません。

 この映画はそういう一見目立たない主人公が自分自身を見つけていく物語でもあります。居場所のない主人公に共感する方も多いでしょう。それにしても主人公自身のドラマが乏しく、存在感に欠ける印象です。

 もちろんこの作品の主人公の影の薄さは意図的なもので、いつでも他人の人生(とくにセックス)の傍観者でしかない主人公を表現しているのでしょう。

 半面、彼女のまわりの人物が個性ありすぎで、とくにホテルのお客はみなコミカルで、これはコメディ映画なのかと一瞬思ってしまいそうです。

 はじめのほうのエピソードではお掃除のおばちゃんが主役みたいだし、次のエピでは娘に反抗されるオヤジ(安田顕)のほうが主役みたいです。

 主人公はいつも他の人物の背後に立っているだけで完全に脇にまわっちゃってる感じ。たんなるホテルの雑用係の役のようです。

 これは主人公をめぐるエピソードが足りないのが原因かもしれません。最初の方で彼女の内面がうかがえるようなエピがあれば、こんなに違和感は感じなかったのではないかと。脇のエピソードのウェイトが大きくて主役がおされてしまった格好です。

 ずっと前に原作を読んだときは、もう少し主人公のモノローグの度合いが強かったように思いました。映画版はまたちがった方向をめざしたのでしょうか。

 主人公が目立たない作品というのもまったく悪いわけではない、とは思います。

 おそらくこの映画、「グランド・ホテル形式」を取り入れたのではないでしょうか。ひとつの場所を舞台にさまざまな人々のそれぞれのエピソードが綴られるというスタイルで、最近では三谷幸喜の「有頂天ホテル」などが典型です。

 それにしてもこの映画、前半にかぎっては主役の存在感が薄すぎる。波瑠が目当てで映画を観に来た方はがっかりするかもしれませんが後半はだいぶ持ち直し、ようやく主人公が物語の中心となります。

 つねに傍観者的な立場だった主人公が最後のヤマ場で発するひとことが刺さります。

「ちゃんと胸が痛んだ。やっと当事者になれた」

 このひとことのセリフのためにこの映画はあったのだ、と思いました。1時間半しんぼうして?観続けた甲斐はあったと思いました。

 最後の仕掛けもちょっと驚かされます。衰退する地方の現状が伝わってきます。そういえばいちばんはじめに出てきたカメラマンのカップルはどうしたのでしょう。

 というわけでやや辛口な感想になってしまいましたが、後半はかなり得点UP、前半の脇エピソードをもっとあっさり処理すればこの作品、それほど悪くはなかったかと思います。

 ラストに流れる70年代ニューミュージックの隠れた名曲「白いページの中に」、久しぶりに聴きましたが映画の世界観にマッチしていました。

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