何なの、この匂いの正体は?匂いの表現は難しい。
とかく、鼻がつまっている。
アレルギー性鼻炎持ちの僕は年がら年中鼻が詰まっている。多分普通の人の半分くらいしか呼吸できていないんじゃないかと思っている。
一度アレルギー性鼻炎の精密検査をしてみたら、ほこりとダニが10倍くらい反応していた。本当のアレルギー性鼻炎持ちだ。
ただ、僕にとっては鼻が詰まっている世界が普通である。ペルーの高い山で暮らしている人には空気が少ない世界が普通であるように、鼻が詰まった世界こそが僕にとっては普通なのである。
僕は鼻詰まりのせいか匂いに鈍感な気があるかもしれない。まわりが臭いという匂いがあまり臭いと感じなかったり、良い匂いという匂いがあまり良いと思わなかったり。
匂いの識別は当然できているよ。ただ匂いに興味がないだけかもしれない。奥さんが一時期お香にハマったが、僕は良いとも悪いとも思わなかったから。
匂いってのは表現が難しいよね。五感と呼ばれる感覚の中で最も表現が難しいのではなかろうか?
五感とは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚である。それは人それぞれが感じている感覚である。
自分が見えているように相手が見えていることが前提であり、自分が感じた味を同じように相手が感じていることが前提である。
そこにある好き嫌いは直感的であり、過去の自分の経験値などから形成される。一度おいしくないと思った経験から食べ物の好き嫌いが派生していくようにだ。
基本的にヒトは自分自身の過去の経験からしか表現することは難しい。似たようなものを探して、それを関連付けて言葉で説明している。
例えば、食べたことのない果物を食べたときにものすごくおいしくても、過去の経験から食感や味に類似するものがなければ表現はできない。
「鼻に抜ける香りはレモンのように爽やかで、口に入れた時の食感はスイカのような食感でシャキシャキとみずみずしいですね。とろける味わいは桃のように甘く、味はビワに似ています」
・・・全然味が想像できないフルーツが完成したが、このように多くの人が経験したものをイメージしないと言葉として表現はできないのである。
ここで、視覚・味覚・触覚は比較的表現しやすいであろう。感覚としてかなり細かい神経細胞で触れて経験値も多いはずなので、表現することは比較的にしやすい。
初めての経験でも「○○みたいだね」と繋げれば、相手もどんなものか想像しやすい。
逆に、聴覚、嗅覚については神経細胞が他に比べ、若干鈍感で経験値もあまり多くないから表現に苦しむことがある。
聞いたことのない音、嗅いだことのない匂いについての説明は経験値が少ない分説明することが難しいはずだ。
波の音ってどんな音?ってきかれても言葉じゃ説明しにくいでしょ。味噌汁ってどんな匂い?ってきかれても言葉じゃ説明しにくいでしょ。
言葉で伝えるということはこんなところからも難しいということがわかる。特に匂いなんて、どんな匂いか説明できないものが世の中にはたくさんあるよ。
ただ、そんな僕にも一つだけ敏感なオイニ―がある。それは奥さんの家の匂いだ。
家には独特の匂いってのがあるよね。住んでる本人はまったく気付かないんだけど、住んでいない人にはよくわかるものだ。
僕の実家にも独特の匂いがあるらしい。僕はまったく気づかないんだけど、奥さんや娘なんかは特に敏感で、よく実家に行くと「おじいちゃんおばあちゃん家の匂いがする」と開口一番つぶやく。
職場と実家が近いのもあるので、帰りがけにちょっと実家に寄ったりすると娘から「おじいちゃんおばあちゃん家の匂いがする」と気づくこともあるくらいだ。
一体どんな匂いなのだろうか?実家にどんな匂いがあるのか僕にはさっぱりわからない。
んで、奥さんの実家の匂いなんだけど、これがまた嗅いだことのない独特の匂いがする。奥さんにこの独特の匂いについて話しても、奥さんもまた実家の匂いはわからないようだ。
つくづく匂いって説明するのむずかしいよね。何かに例えられないんだよ。共有している匂いってのがないと表現できない。
この匂いが何のなのかつきとめたい。言葉として表現したい。でも僕が今までに嗅いだことがないような匂いだから説明ができない。
「なんか独特の匂いするよね。なんだろ?なんて説明したらいいんだろ?この匂い」
といつも説明できなくて、会話はうやむやになってしまう。
だけどね、そんな奥さんの実家に香るこの匂いの正体が分かったんだ。奥さんの実家の匂いを感じるのは、特に衣替えの時期が多かった。ここにヒントがあったんだね。
マイホームを購入する以前、2DKのハイツに僕ら家族4人で住んでいた。4人でハイツってめっちゃ狭いよね。だから、スペース的に夏物の洋服と冬物の洋服を家に置いておけない状況になる。
衣替えのタイミングには、でかい衣装ケースに洋服を詰めて奥さんの実家に置かせてもらっていた。奥さんの服と子どもの服は僕の7倍はあるからすごい量だ。
衣替えの時期になると、奥さんの実家に衣装ケースをいくつも持っていき、置いてあるこれから必要な季節の衣装ケースを持って帰ってくる。
そして、持って帰ってきた衣装ケースを整理すると、僕は奥さんにつぶやくんだ。
「キミの実家の匂いがするね」って。
「そうかな?何の匂いだろ?」って奥さんが返すのが何年か繰り返されていたのだった。
そして、僕らはマイホームを購入した。衣替えの時期に奥さんの実家に洋服を持っていかなくても置く場所の確保ができるようになった。
ベッドの下にスペースを作って、そこに衣装ケースをいくつも置けるようにしたから、もう奥さんの実家の匂いを強く感じることは少なくなる。
・・・・・
・・・・・
はずだった。
でも、不思議なことに衣替えのタイミングで奥さんの実家の匂いがしたのだ。マイホームで奥さんの実家の匂いがするなんて。
それはなぜか?答えはものすごく簡単だった。
「防虫剤」だ。
衣装ケースの中に入れる防虫剤の匂い。衣装ケースの整理をしてやっと気づいた。「タンスに○○」的なやつの匂いだったんだ。
結局匂いの説明はできない。防虫剤独特の匂い。これが奥さんの実家の匂いの正体だったのだ。
今ではもはや奥さんの実家の匂いではなく、僕の家の匂いになっているかもしれない。衣替えのたびに防虫剤の匂いがしてくる。
でも、匂いというのは不思議なので慣れたら分からないもの、その空間にいるとわからないものなんだよね。
最近では昔のように奥さんの実家の匂いがするなあとは思わなくなったから。
そして、誰か防虫剤の匂いを文章で表現して欲しい。僕には文章にすることができない。あの独特の匂いは何に近いのだろうか?
近いものが見当たらない、「もわっとした化学臭?」
うーん、防虫剤は言葉として表現できる人がいたら教えていただきたい。これを言葉で表現できるようになれば、きっと芥川賞も狙える。
ちょっとだけ話は変わるけど、最後に「匂いは慣れると感じない」を根拠づける最たる話をしよう。
自分のトイレって全然匂いはしないのに、他人が入った後のトイレってやたら臭いよね。
でもね、自分がトイレ行った後1分後にトイレに行ってみ。
めっちゃ臭いから。めっちゃ他人の匂いがするから。
過去の自分も結局は他人なんだとそのとき気づくはずだよ。
そして、う〇こについてはよく嗅いでいるから、匂いの表現はしやすいかもしれない。
ここでは、食欲をなくす言葉しか出てこないから差し控えるけどね。
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