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はじめて食べたうどんの味は

誰にでもお気に入りのお店ってあるよね。僕にもたくさんあって、しょっちゅう行くお店が何軒かはあるんだ。特に麺類には目がない。

ラーメンはあそこ、つけめんはあそこっていう感じでラーメンマップが頭に作られている。

そして「そばといえばあそこっ!!」という1店があるんだ。群馬県の舘林市ってとこにある店なんだけど、めちゃくちゃ旨い。何回行ったか思い出せないくらい行ってて、いつも同じ「冷やし力そば」を食べる。

僕が住む東京から舘林までは車で高速に乗って1時間半はかかる。距離にして直線距離で約70km。なんでわざわざそんな遠くのそば屋までいくのだろうという疑問にまずはお答えしていこう。


僕は今営業職なんだけど、測量系の技術職に異動していたことがある。かれこれ技術職は2003年から2005年の2年間くらいの間の話だね。

入社当初は営業職で働き始めたんだ。でも、とにかくサボりまくってた。あまりにも成績が悪いから飛ばされた格好だ。左遷ってやつだね(笑)

技術職で働く先輩たちはいつも死んだ目をしていたから、とにかく技術職は嫌だった。毎日終電近くで帰って土日も出勤していた先輩たち。僕もあんな風に死んだ目になっていくことが怖かった。

会社を辞めようか悩んだ末、無性に悔しなってきて技術職を受けることにした。(サボりまくってた自分が悪いんだけどね)


そば屋の話に戻ろう。

仕事は広範囲にあったんだけど、舘林らへんに得意客がいて年に30日くらいは技術の誰かが出張していた。毎年暑い盛りの6月~9月頃に決まって仕事があるらしい。

東京から遠い仕事なのに日帰りで往復する。朝は7:30に会社集合となかなか早い。

みんな遠い仕事は嫌がるわけで当然下っ端の僕が任命される。当時、厳しいことで有名なY支店長兼技術部長と2人で初めて舘林に行くことになった。

厳しくて寡黙な上司だった。関西のヒトなので言葉尻も強い。残業ばかりしている先輩たちはY支店長からいつも怒られていた。(それも技術をやりたくなかった理由の1つだね)

そんなY支店長を乗せて、僕が運転して舘林まで行く。高速使って1時間半はなかなかの遠さだ。

午前中の仕事を9時から始めてようやくお昼。そこでY支店長は「そば屋に行こう」と自ら運転を買って出た。

どうやら付近には昼ご飯をたべる場所が全然ないらしい。確かになかなかの田舎だ。コンビニすら見当たらない。

Y支店長は行き慣れた様子で、右に左に運転する。大通りに出たら左手に大きな駐車場を備えたそば屋が見えてきた。

「舘林来るときには必ずここやねんな」

寡黙な支店長がぼそっと言う。

靴を脱いで店内に入ると意外と活気がある。4人掛けのテーブル席が10席程度と座敷席が4席程度でほとんど埋まっている。

地元のおばさんの優しい接客の声が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ~、こちらのお席へどうぞ~」

テーブル席につくとY支店長はメニューを薦めてきた。どうやらもう頼むメニューを決めているようだ。

そばとうどんと両方あって二列に表記されている。ざるそば・うどんで両方とも同じ値段だ。

種類がたくさんあって選べない。おろしそばもおいしそうだし、とろろそばも捨てがたい。

「ここに来るといつも冷やし力そばを頼むんや」

関西弁のボソッとした声が聞こえてきた。

「じゃあ、僕もそれにします」と答え、「すいませーん」と大きな声で優しいおばさんに注文した。

注文した冷やし力そばを待つ間、Y支店長は無言のままだ。僕も何か話そうと思ったが言葉が見つからず、やたら長い時間が流れたことを覚えている。


ぼーっとしていた僕の近くにスタスタと床を歩く音が近づく。優しいおばさんの足音だ。先に支店長に置かれた冷やし力そばに目をやる。

まず、大きなモチの天ぷら3つに目が奪われる。お膳の上にはモチの天ぷらがのったそば、赤く小さなおひつ、ネギ・大葉・わさびの薬味皿がのっている。

そばの上にはモチの天ぷらの他、カイワレ、わかめなどが綺麗に彩られている。現場仕事でおなかが空いているので、目ですでに元気が出てくる。

まずは、赤く小さなおひつを開けてみる。なかには茶飯が入っていた。油揚げと人参とシイタケが見える。

もう食べ始めているY支店長を見て、僕も食べ始めることにした。まずはそばを一口。

そばはのど越しを楽しむものとよくいうが、しっかりと歯ごたえを感じる。鼻を抜けるそばの香りはおばさんと同じくとても優しい。

次に食べるはやはりモチの天ぷらだ。モチの天ぷらっていうのは実はこれまで食べたことがなかったから新鮮だった。

汁につかった部分が茶色く変色していて、味がしみ込んでいるのが分かる。間違いなくあそこがおいしい部分だと分かるので、しみこみ部分を味わえるよう縦にかぶりつく。

モチの天ぷらは大きな一口を食べても半分に届かない。汁を吸った部分の歯ごたえと揚げたての衣が口の中で交わりなんとも言えない。

そばを一緒にすすりたくなるモチの天ぷらだ。そばと一緒に食べるとめちゃくちゃ旨い!

モチの天ぷら→そば→茶飯の順番で食べてみる。炭水化物をおかずに炭水化物を食べるのが幸せだということは誰しも分かるはずだ。薄味の茶飯が味をリセットしてくれる。

薬味で味変させれば飽きることはない。通はワサビを汁に溶かさないという持論を持っているので、そばの上にわさびをのせてすする。

ちょっとしたカルチャーショックだった。そばってのはどれだけ食べてもお腹が空くという印象をもっていたのだが、おなかいっぱいになった。

モチの天ぷらがおなかにたまるんだね。現場仕事との組み合わせは相乗効果もあるに違いない。


Y支店長と舘林に行ったのは最初の1週間だけだったが、Y支店長と僕は毎日冷やし力そばをすすり続けた。

舘林の現場に行くときには決まってこのそば屋で冷やし力そばを食べた。他のお店にも他のメニューにも目もくれず。

一緒に行くメンバーは毎回変わる。ダメな先輩の代表格のN先輩は毎回温かい「にしんそば」を食べていた。にしんそばは大きなにしんが一匹そばの上にのっている。

K先輩は毎回違うメニューを頼む。人によって好みは違うから当然だけど、僕だけは冷やし力そばを食べ続けた。

舘林には何度も行った。そば屋があるから立候補したこともあるくらいだった。

そして、2年が経ち僕は営業職に再度異動の辞令が出た。慣れてきた技術職に少し愛着があったけど、頑張ってきたことが認めてもらえたことが嬉しかった。

営業職になると舘林には行かなくなるだろう。頭の中で一瞬冷やし力そばがよぎったが、僕は異動を快諾していた。


何年もの間そのそば屋には行かなくなっていた。舘林って場所は申し訳ないけどそれほど観光地でもないので、目的地とするような場所ではなかなかないんだよね。

その間、僕は結婚し子どもが2人生まれた。それぐらいの間そば屋にいってなかった。

でも、数年前の正月に奥さんのお義母さんを連れて初詣に行こうという話になった。

お義母さんが佐野厄除け大師に行きたいとのことで、ドライブがてら佐野まで行ったんだ。佐野は東北道で舘林の次の佐野藤岡ICで降りる。

僕はこのときから決めていた。夕飯にはあのそば屋に行って、冷やし力そばを食べようと。

ネットで調べてまだ営業していることは確認できた。佐野から約30分そば屋に着いたんだ。

懐かしい。何年ぶりだろか?古い記憶が蘇る。違うおばさんかもしれないが優しいおばさんの接客の声も健在だ。

僕は当然冷やし力そばを注文する。家族にも冷やし力そばをおすすめした。奥さんはあまりそばが好きではないので冷やし力うどんを注文した。子どもたちはまだ小さかったので、かつ丼を頼んで分けさせることにした。

運ばれてくる大きなモチの天ぷらに奥さんもお義母さんも少し驚く。もちろんみんなおいしいと喜んでくれたし、僕も久々の味に感動していた。

食べながら奥さんが僕に声をかける。

「一口そばも食べさせて」

僕は食べ物のシェアが全然問題ない人だ。自然とそばとうどんを交換する。

うどんにしては細い麺で透き通っている。

ずるずるるるる

麺は細いのにしっかりとコシがある。そばよりも味を吸い込んだうどんはそばとは違うおいしさだ。


ここではじめて気づく。

これだけ通い続けた店で、うどん食べたのはじめてじゃね?と。

冷やし力そば以外食べたのはじめてじゃね?と。


どれだけ一途であろうとしても、浮気はこんなふうにして起こってしまうのかもしれない。

少しの罪悪感を感じながら、はじめて食べたうどんの味は・・・


旨いに決まってました!

ま、僕はこれからもそばにするけどね。

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