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激突!新潟防衛軍vsアガキタイオン

 激突!新潟防衛軍vsアガキタイオン

 三島恵梨、ミッシーは頭を抱えて悩んでいた。衣装製作の作業場には、描いては破き、破いては描いたデザイン画の紙が散乱している。かたわらには、特撮番組の設定資料が山と積まれ、作業場のモニターには往年のヒーロー番組の動画がエンドレスで再生されていた。
「あちゃー。珍しくスランプなんだね、ミッシー。どう? 気分転換にちょっと飲みにでも行かない?」
 頼まれた生地の買い出しに出ていた関川真希、マキナは、床に散らばる紙を拾い集めてバサバサと纏めると、作業台に突っ伏して唸っているミッシーに優しく声を掛けた。
「うー。行くー。地元の日本酒飲みたいー。鮭の酒びたしが食べたいー。あとコシヒカリが食べたいー」
 泥のように椅子から立ち上がったミッシーは、ずり落ちたメガネを直しながらコートを羽織る。あ、こりゃ重症だわ。マキナはそう呟くと、作業台の上に置かれた企画書をチラ見した。
【NPO法人新潟防衛軍設立十周年企画 にいがたヒーローカーニバル】
 企画書を手に取り、軽い溜め息と共にマキナはスタジオの鍵を閉め、日も沈んだ東京の街へまろび出たミッシーの後を追った。

「だいたい、白紙の状態からキャラをデザインするのがあり得ないの。わかる? マキナ、ざっくりと『カッコいいマスコットヒーロー作ってください!』って依頼、今どきなかなか無いよ?」
 タァン! と猪口をカウンターに置くと、ミッシーは徳利から新潟の地酒をトクトクと注ぐ。カウンターには干した鮭の身を酒に浸したつまみと、握り飯、味噌汁が並んでいる。
「うんうん。そこはねー、もうちょっとコンセプト詰めてから持ってきて欲しかったよねぇー」
 既に四合は熱燗を飲み干したミッシーをなだめつつ、マキナは行きつけの新潟料理居酒屋「グッドメン」の店主にお冷を頼んだ。
「濁川さん、ごめんね、ちょっと今日は悪いお酒なの」
「いつもはクールなミッシーちゃんが珍しいね。理不尽な依頼でもあったのかい?」
 苦笑いを浮かべてお冷を差し出した店主の濁川は、マキナがひらひらと差し出したペラ1枚の企画書を代わりに受け取る。
「なんだこれ……『新潟防衛軍のカッコいいヒーローを作ってください。アガキタイオンにも負けないヒーローでおねがいします』……って、新潟防衛軍の依頼なの!?」
「あれ? 濁川さん、このNPO法人知ってるの?」
 マキナがハイボールを飲み干して言う。濁川は照れた顔で答えた。
「知ってるもなにも、俺、東京出てきて居酒屋開く前、このNPO法人のメンバーだったんだよ。懐かしいなぁ。でも、こんなこと考えるのはひょっとして……」
 その言葉を言い終わる寸前、居酒屋の引き戸がガラッと開いた。暖簾をくぐってスーツ姿の男性と、小学校低学年くらいの男の子が店内に入ってくる。
「……噂をすればなんとやらだな。久しぶり。加藤くん……と、宏昌くん。」
 六合目の徳利を空けたミッシーがギロリと鋭い眼光を向ける。「まさかここで会えるとはね。随分な企画書、ありがとうございました。加藤和宏さん?」
 男性の顔がみるみる青ざめた。そして深々と頭を下げ「この度は、申し訳ございませんでしたァァ!」と叫ぶ。
 いきなりの謝罪に、その場にいた全員の頭の上に?マークが浮かんだ。

「改めまして、確認不足で間違った企画書を送ってしまい、誠に申し訳ございませんでした……」
 翌日、事務所で頭を下げる加藤を前に、マキナは苦笑いを浮かべた。隣のコスプレ衣装展示スペースには、もの珍しそうにあちこちを見て回る男の子の姿が。
「まあ、事情は分かりました。息子さんの宏昌くんが自分で考えた企画書を印刷して、正規の企画書とすり替えちゃうなんて、ちょっとびっくりでしたけどね……」
 マキナはそう応対しながら、男の子に衣装の説明をして案内するミッシーの楽しげな姿を珍しそうに眺めた。
「だって、お姉ちゃんたちアガキタイオンをつくった人たちなんでしょ? ぼくも、カッコいいヒーロー、かんがえてみたかったんだもん!」
 持ってきた自作ヒーローの絵を掲げた男の子は、作業場に架けられたフォトフレームの中の記念写真を見て目を輝かせる。「わ……アガキタイリスもいる! すごーい! 」
「お子さん、特撮、お好きなんですね。」にっこりとマキナは加藤に微笑みかける。
「はは……親に似たのかハマっちゃいましてね。今回も、衣装製作の現場を見たいなんて言うもんですから連れて来ちゃいまして…それで、本来の企画書なんですが、十周年記念のゆるキャラマスコットのデザインがこちらで……」
「大丈夫です。もう、企画書は頂いてますから。すぐにデザインを起こして、制作に掛かりますね。」
 ミッシーは、不敵な顔で加藤に微笑んだ。

「足掻きまくるぜ! アガキタイオン!」
「足掻いて魅せます! アガキタイリス!」
守護まもれ新潟! シン・ガタイガー見参!」
 ドーン!怪人の大爆発を背に三人のヒーローが決めポーズをとった!
「うははー! 四回目の勾留なんざ怖くねぇぞ! みんな、撤収だ!」
 おー! という掛け声と共に撮影スタッフは慣れた手際で機材を片付け始める。それを呆れ顔で見つつ、自らも逃げ……いや撤収を始める青山と咲坂。
「誰だよ! またこの監督呼んだの!」
「怒ってる暇があったら片付け手伝ってください!」
「カッコよかったー! またやってね! お姉ちゃんたち!」
「マキナ! 後藤さん! 加藤さんも! スーツ着たままでいいから逃げるよ!」
 加藤は汗だくのマスクを外して息をつき、ひとり納得する。好きを引き継いでいくこと、大切なものを受け継いでいくこと。
「たしかに、怖がってちゃ出来ないなあ。」
 ガシガシと頭を掻いた加藤は、何かに吹っ切れたような爽やかな顔で、ロケバスに向かって走り始めた。

                        (終)

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