思いもかけぬ展開

霜先麻李

 2020年東京大会の誘致が決定したのは2013年9月であり、今から8年以上前になります。当初は都心でのコンパクトな大会として開催予定でしたが、紆余曲折を経て分散開催となり、開催経費が膨張してその縮減も求められることになりました。

 ただ、いざ開催という時に感染症が拡大、そこで一年延期を決定し、その間に状況が好転することを期待し、一時期は収束しかけたかに見えましたが、感染症の変異の力が、事態を改善し、東京大会の開催機運を盛り上げようとする関係者の努力を押し戻し、妙手なく、効果があるのか定かでない対応が取られ続け、ここに至りました。

 単なるスポーツ記録会と捉えれば、開催さえすれば目的は果たせるのですが、実際のところは、開催地となることによる国の経済浮揚とか国民意識の高揚が重要で、オンラインで屋内開催メインの記録会を観戦するだけならどこの国で開催しても構わないわけで、もともと、厳しい財政と限られた人的資源を重点投入しての、国の傾けてのイベント開催なので、関係者の徒労感を含め、ダメージは小さくないと思います。

 とはいえ、開催決定後から、東京大会の経済効果は、すべてをゼロベースから計算しての効果額であり、大会開催中、通常のインバウンド需要が押し出されることでの相殺を考えると、経済効果はそこまで大きいものではなく、東京以外の開催地の知名度アップも、サーフィン以外はほとんどないだろうという声もありました。そういう冷静な向きからは、多くの国民が大会を肌で感じ、生で観戦することができたことや、その後のパラスポーツの定着のようなものが重要との見方がありました。

 そういう点からも、東京大会の意義はいよいよ失われてしまうわけですが、これまでの間、多数の関係者が開催に向けて努力してきたことは事実であり、その人たちの証言、どのような気持ちで受け止めているのか、については、丁寧に取材し、後世の記録に残しておく。この国の転換点の出来事なのかもしれませんし、後世にとってのケーススタディとなるかもしれません。

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