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Puma Blue "Holy Waters"

Sep 1, 2023 / Blue Flowers

イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライターによる、約2年半ぶりフルレンス2作目。

最近のインタビューによれば、今作を制作する上で大きなインスピレーションの元となったのが The Beatles のドキュメンタリー映画 "Get Back" なのだという。映画の中でラフに音を合わせたり口論したりしながら曲を仕上げていく様子を見て、バンドアンサンブルには何かしらのマジックが存在すると感じたのだろう。前作 "In Praise of Shadows" は制作時期がパンデミックの最中だったのもあり、Puma Blue こと Jacob Allen がほぼ全てを自分ひとりの手で作り上げた作品だったが、対照的に今作では "Get Back" の手法を自身のライブバンドに持ち込み、他のメンバーが何気なく鳴らすフレーズを作曲の出発点とするなどでセッションならではのダイナミズムを重視。デモの時点でのアレンジ/印象をバンドの助力によってひっくり返すことを期待し、複数のテイクを編集で継ぎ接ぎすることも極力せず、楽曲に生々しい活力を注入することに努めた。

そう、「活力」。夜の淵にポツンと佇み、沈痛な面持ちでひどくか細い歌を聴かせ、憂いと内省に徹した彼の作風とはかけ離れた言葉かもしれない。しかし今作には確かに「活力」がある。ボーカルは相変わらずか細さを残しているが、前作でのダークで繊細な音世界が奥行きと幅を一回り拡張し、聴き手の肩をガシッと掴んで闇の中へ引っ張り込むくらいの、確かなダイナミズムがここには宿されているのだ。

例えば昨年リリースの先行トラック "Hounds" 。出だしから楽曲を先導するベースラインはひどくヘヴィな印象があり、その上をギターやサックス、そして Jacob の歌声がゆらゆらと遊泳する。やがてそれぞれの音がノイジーに膨れ上がって空間一杯を埋め尽くし、4分を過ぎてからのアウトロでは鋭く切り込むギタープレイから息の詰まるほどの緊張感も発せられる。例えるなら Massive Attack "Safe from Harm" と Radiohead "The National Anthem" の融合とでも言うべきか、しかしこのリズムセクションの強靭さと雰囲気のヘヴィさは前作にはない、明らかに Puma Blue の作風がネクストレベルに達したことを雄弁に告げるものだ。

また、もうひとつのリード曲 "O, The Blood!" 。こちらは古ぼけた音像がますますホラーテイストを増し、後半にジャズブルース調の乾いた音色のドラムが入ってくると初期の Portishead をダイレクトに連想させる。創作の原動力となったのは The Beatles ではあるが、そこかしこに垣間見られるのは90年代頃のリバイバル要素なのが面白い。同じくサイコホラー風の MV の中で演奏する彼らを見ても分かるが、重く圧し掛かるムードでありつつ、しっかりダンサブルでもある。こういったリズム面の強化は今作の最たる特徴のひとつだろう。

もう一曲挙げたい。中詰の Gates (Wait for Me) はジャムセッションで音を重ね合わせているうちに完成した楽曲とのこと。ボーカルのみは後から録音し直したようだが、演奏は最初の一回目、まさしくファーストテイクをそのまま採用したのだと。簡素なギター弾き語りのリフレインから始まって、時が経つにつれて音の起伏がポストロック的に高まっていき、後半はバンド陣による完全な即興演奏で構成される。前半部の歌の静かな気迫もさることながら、後半部でのメンバー全員が同じ視点で同じ風景を目指し、闇の空気感をさらに深いものへと醸成させていく、このある種のバイブスの高さは今作における一番のハイライトである。これ見よがしの技巧的なプレイが繰り広げられているわけではないが、音の隙間にある豊かな無音も含めて実に説得力のある演奏であり、バンド全体の呼吸を重視した今作のコンセプトならではの魅力と言える。

孤独や喪失、死に対する考察を書いたという楽曲群は、以前よりもさらなる切迫感をまとい、ともすればパワフルで、なおかつこれまでのデリケートな感触を失わずに表現力が拡張されたものだ。正直、ここまでの飛躍を見せるとは思っていなかった。"In Praise of Shadows" とは別の側面を大胆に開示して見せた今作は、彼の持つポテンシャルがまだまだ底知れないことを示唆している。

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