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「インパクト志向金融」という概念をどれだけ日本に根付かせることができるか

SIIF

投融資を通じて社会課題の解決を目指す“インパクト志向金融”の推進を掲げて、2021年11月に発足した「インパクト志向金融宣言」。賛同する機関は徐々に増え、これまでに33の金融機関(2022年8月現在)が署名を行っています。事務局を担当するSIIF小笠原由佳が、ここまでの成果と今後の課題を高崎経済大学学長であり、SIIFの顧問も務める水口剛さんに聞きました。

水口剛 高崎経済大学学長
小笠原由佳 インパクト・オフィサー

インパクト志向を「日本発」で宣言できたという意義

小笠原 インパクト志向金融宣言の発足から約8カ月が経過しました。水口先生には、発足前からいろいろご相談させていただき、経緯もよくご存じだと思いますが、改めてこのイニシアチブ発足の成果についてどのようにお考えでしょうか。
 
水口剛 実際にインパクト志向金融宣言が発足して、署名する金融機関が増えてきたこと自体、非常に大きな成果だと思います。ESG投資や脱炭素の動きが盛んになる中で、それだけでは不十分であり、社会にインパクトを与えなければいけないという機運が高まったことが背景にあると思います。
 
特に宣言によってインパクト志向の裾野を広げた効果があります。地域金融やVC、そして大手の金融機関やアセットマネジメント会社という、さまざまなタイプの金融機関がインパクト志向金融宣言という1つのコンセプトを共有できたことは大きな成果です。
 
小笠原 いろいろなタイプの金融機関が1つに集まる機会というのはあまりなかったことですね。
 
水口 2011年に発足した「21世紀金融行動原則」(持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則)など、いくつかありますが、多くはないですね。その当時から今日まで、社会が変化し、そのために「インパクト志向」という考え方が必要になった。さらにいえば、日本発でこういう動きを行うことはあまり例がありません。日本で独自に考えたということは非常に大きな意味があると思いますね。
 
小笠原 宣言によって、これまでと何が変わったと思いますか?
 
水口 金融がリターンと同時にインパクトも目指すという考え方がより明確になったと思います。金融機関がこういう宣言をするとき、どうしても金融の論理に縛られることが多いですが、インパクト志向を前面に出したことは大きなことだと思います。

「やらされてる」感のない分科会の活動

小笠原 現在までに7つの分科会が始動し、少しずつ活動が進んでいます。金融機関の皆さんの取り組みや動きについてはどうご覧になっていますか?
 
水口 印象的なのは分科会に参加される方は皆、自分たちのやりたいことが明確にある人だということですね。「やらされてる」人は1人もいない。上から降ってきたものや義務感ではなく、自分たちがやりたいという意志が感じられるのが特徴です。熱心な人が多いですね。
 
小笠原 金融機関で働く若い方を中心に意識が変わってきたということですか。
 
水口 若い人が熱心に見えますが、考えてみると2006年にPRI(責任投資原則)が発足した時も熱心に動いた人たちがいて、当時、彼らも若かった。その人たちが今も金融機関の中にいて、何人かは今回の運営委員会にも入られています。今は社会全体でソーシャルな課題への理解が進んだし、若い人たちが動きやすい時代になった。それはPRI発足時に活動した人たちが開拓してきた成果かもしれません。
 
小笠原 当時の方が社内で責任のあるポジションに就き、インパクトファイナンスの考え方を広めたということですね。そういう意味では中長期にインパクトがあるのは、人材の輩出かもしれません。おかげで今、分科会が自律的に動き始めています。
 
水口 分科会と運営員会が共同して進めるのは、良い方法だと思います。宣言の全体としての方向性を維持しつつコンセンサスを得るためには運営員会が必要ですし、幅広いテーマに関心を持つメンバーが参加意識を持つためには分科会が有用です。分科会にいろいろな人が参加することでダイバーシティが上がりますよね。

プログレスレポートをどうまとめるか?

小笠原 確かに分科会ができてから動きがダイナミックになってきました。今後、活動を息長く継続していくための工夫や知恵があれば教えてください。
 
水口 分科会がうまくいくかどうかはメンバーによるところが大きいのですが、大切なのは世代の連携ですね。次々に若い人が入る仕組みにしていくことが大事だと思います。分科会の活動を見ていて私が感じるのは、海外との垣根が低い人が多いということです。海外にも発信できるし、交流できる人が多い。それはインパクト志向金融宣言の分科会のよいところだと思います。
 
小笠原 たしかに、いわゆる“インパクト村”は少ないプレーヤーで始まっているので、みんなフレンドリーで海外のプレーヤーも頼めば情報提供に協力的です。だから海外との垣根が低いのかもしれません。特にリモート会議が当たり前になってからは海外との距離が近くなりましたね。
 
現在事務局を務めているSIIFへのアドバイスは何かあるでしょうか。署名機関も33社となり、事務局の人員は増えていないので、自転車操業になってきましたが…。
 
水口 事務局はバランスが大事だと思います。事務局が強くなりすぎると署名機関は事務局任せになり、単に署名しただけになりがちですが、弱すぎるとバラバラになってしまいます。なるべく分科会の自発性を大切にしつつ、全体としての方向感を維持すること、いわば手綱を握るような感覚ではないでしょうか。分科会の方はそれぞれやりたいテーマがあると思いますが、宣言自体の目的に向かっているか。そこはコントロールする必要がありますよね。
 
小笠原 年内にプログレスレポートをまとめるべく、作業していますが、インパクトファイナンスの金額を集計する際の算入基準も、どこで線を引くかは悩ましいところです。

長期的な時間軸に立って参入基準を考える

水口 インパクトファイナンスの算入基準を考えるとき、何がそろえばインパクトファイナンスと呼べるのかという考え方を整理することは重要だと思います。金融機関としては数字を多く計上したいと思うでしょうが、3年後、5年後という長期的な時間軸を持って考えてみてほしい。かつてはESG投資でさえ受託者責任に反すると言われた時代がありましたが、今ではESGを考慮するのは当たり前になった。
 
2022年の時点では算入基準のハードルが高いと思われるかもしれませんが、5年後に世の中の常識がどうか変化するかは分かりませんよね。逆にハードルを下げ過ぎてしまうと、インパクトファイナンス自体の信頼感を下げてしまう。ESG投資も本来はインパクト志向だったと思いますが、ハードルを下げたことによって、裾野は広がる一方でインパクトという視点は弱まった。だからこそインパクトが着目されるようになったのだと思います。
 
 もう一つの難しさは、同じ基準であっても、金融のタイプによってハードルの高さが違うということ。地域金融やベンチャーキャピタル、大手金融など、形態が異なる中でも同じ水準が求められます。組織の規模によっても難しさが違ってくるでしょう。
 
小笠原 その方向性の位置づけが難しいですね。今年中には決着して、プログレスレポートを出したいと思っています。
 
水口 今後のあり方として、インパクトファイナンスが広がるということだけでなく、「インパクト志向金融」という概念が広がることが大事だと思っています。インパクトファイナンス宣言ではなく、インパクト志向金融宣言だということです。署名機関が増えると同時に、署名したことがインパクト志向金融とどうつながるか。社会全体にインパクト志向を根付かせることが課題だと思います。

インパクトファイナンスがもたらすアウトカムにこだわる

インパクトファイナンスがこれだけ増えたというだけでは不十分で、インパクト志向金融という考え方や行動規範が市場にいかに浸透したかが重要です。個々の投融資がインパクトを与えたという個別的な成果だけではなく、インパクト志向がもたらした全体的なアウトカムも問題にしてほしいと思っています。もちろんインパクトがないよりは、あったほうがいいのですが、結果として世の中の問題がどれだけ解決したかに着目していきたい。例えば、貧困や経済格差を緩和したり、救済したりする手法はいろいろありますが、全体として問題がどのくらい解消したのか。そこを検証していかないと、インパクトファイナンスの残高は増えたけれども、世の中はちっとも良くならないということになりかねません。
 
小笠原 SIIFでも、課題解決のための効果的なポイントはどこか、議論することを始めています。そのためには課題の構造解析が必要ですよね。なぜ地方で貧困がおきやすいのか。私の担当は地方創生ですが、そこを分析して課題の解決を目指していきたいと考えています。
 
水口 まさにそうですよね。課題の根本的な原因は何かが分かってくると、そこを押すことで課題の解決に向かっていけます。私も別のところでESGの「S」の指標の研究会に関わっています。そこでの議論を通して見えてきたことは、貧困やジェンダー格差の一因は、正社員の働き方にあるということです。日本の正社員は欧米に比べて労働時間が長く、転勤をいとわないなど、企業拘束度が高いと言われます。そうすると、家庭でケアを担うことと正社員で働くことは両立しなくなる。だから女性に非正規が多く、格差がなくならない。
 
つまり、女性の貧困問題を解決するには「正社員の働き方を変えること」が大切なのです。企業拘束度の高さは、同一労働同一賃金と言いながら正社員と非正規の賃金が違うことの理由付けとして使われています。でも、その結果市場には、報酬は高いけれど拘束度の高い働き方と、拘束度は低いけれど報酬も低い働き方しか選択肢がなくなってしまいます。その状況を是正しないと、女性の貧困問題は解決しないと考えています。
 
小笠原 そういう議論を分科会でも話しあっていきたいと思っています。
 
水口 社会全体の問題の解決度合いが宣言自体の目標になったらいいなと思っています。そのためにどうしたらいいかは難しいですが、インパクト志向が市場に根付いて、社会の歯車の向きが変わることを期待しています。

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