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「2024 Asia Impact Nights」参加報告〜東アジアからインパクト発信を目指す〜

2024年10月16日〜18日、韓国・済州島で第5回となる「2024 Asia Impact Nights」が開催されました。SIIFからはインパクト・エコノミー・ラボ所長の菅野文美、インパクト・カタリストの川端元維が参加し、合計4つのセッションでスピーカーを務めました。ここでは、イベントの雰囲気やセッションの内容、そこから見えてきた、アジアにおけるインパクト・エコノミーの課題や展望について報告します。

インパクト・エコノミー・ラボ所長 菅野文美
インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト 川端元維

済州島の庭園を巡るリトリートからスタート

ーーイベント初日はリトリートから始まったそうですね。

川端 希望者のみの参加でしたが、参加者一人ひとりに新たな視点をもたらそうとする、「2024 Asia Impact Nights」のコンセプトを体現するようなリトリートでした。

訪問先は Veke Garden というみかん農家をリノベーションした庭園で、造園と洗練された建築デザインが織りなす多彩な美を堪能しながら瞑想をしたり、参加者おのおのの価値観に根ざした深い言葉が自然に引き出されるような体験でした。具体的なアジェンダに取りかかる前に、限られた時間であってもお互いの人となりが感じ取れるコミュニケーションができたことはとてもありがたかったですね。
菅野 私はリトリートには参加できませんでしたが、カンファレンスが始まるときに主催者が3つのルール(・Bring your whole self, not just your job title ・Don't sell, but share your ideas plainly ・Everyone's voice matters - we're all here to learn.)を掲げてくれたことが印象に残っています。組織の利益代表としてではなく、個人と個人で向き合いましょう、という雰囲気が醸成されました。

日本から「インパクトIPO」ガイダンスに至る活動を報告

ーー菅野さんは、パネル「インパクトIPO」に登壇しました。これは2024年5月にGSG国内諮問委員会(現GSG Impact JAPAN)が公表した「インパクト企業の資本市場における情報開示及び対話のためのガイダンス第1版」を踏まえたものだったのでしょうか。

菅野 韓国でも、VCからインパクト投資を受けた企業が上場を果たす事例は現れているのですが、上場時や上場後に投資家からインパクトを評価されることはほぼない状況だそうです。それに対して日本では、インパクト企業が上場前から上場後の一連の過程において、インパクト創出と持続的な事業成長を実現するための戦略策定から情報開示/対話を実施しながら上場する「インパクトIPO」という取組みがあるというので、このセッションが設定されました。私からは、ガイダンス作成の背景やワーキンググループの活動について紹介しました。Asia Impact Nights でインパクトIPOを取り上げるのは初めてのことだったそうです。

登壇者はほかに、韓国で再エネ事業を手掛けてIPOしたベンチャー企業の創業者、サステナビリティ重視の投融資を行う韓国の生命保険グループの投資責任者と、日本からカディラキャピタルマネジメント代表取締役社長の坂本一太さんでした。

多くの参加者にとってはまだ新しいコンセプトのようで、会場から多くの質問が寄せられることはありませんでしたが、主催者や登壇者を始めとする一定の方々からは「韓国でもこれからは同様の取組みが必要になってくる。ぜひ日本のインパクトIPOの取組みやガイダンスを参考にしたい」と関心を寄せられました。登壇者からは、再エネ企業でさえESGやインパクトの視点で資本市場から評価されなかった切実な経験談も共有され、こうしたインパクト企業を可視化し、投資家が適切に評価する仕組みを構築する重要性が各登壇者の立場から強調されました。

韓国、香港、インドの先駆的投資家とインパクトを語る

ーーファイアサイド・チャットでは、どのようなことが語られましたか?

菅野 増大するアジアの富をいかにしてインパクトに振り向けるか、というテーマで、インパクト投資家同士が話し合うセッションでした。Asia Impact Nights を主催する韓国のインパクトVC、D3Jubilee Partners のCEOと、香港、インドの著名なインパクト投資家が同席して、おのおのがなぜインパクト投資に取り組むようになったのか、また現時点での課題意識や今後の展望について語りました。

ここでは、国による環境の違いが明らかになりましたね。オーディエンスから「インパクト創出と投資リターンが両立する投資先は十分に存在していると思いますか」という質問が出たとき、インドの投資家が間髪を入れず「ごまんとあります」と答えたのが印象的でした。BOP市場が大きいインドでは、マイクロファイナンスなど、環境・社会課題の解決が利益に直結するビジネスが次々と生まれ、そこに投資が流れる状況ができているのかもしれません。一方で、市場がある程度成熟している日本においては、投資先探しに困ることはありませんが、インパクト投資ならでは環境・社会的インパクトの創出と持続的な事業成長を両立させるためには、企業や投資家との対話において継続的な取組みが必要と実感しています。

主催者はほかに「あなたのお母さんや子どもに『インパクトって何?』と聞かれたら、どう説明しますか?」とか「アジアの文化や伝統から、インパクト志向を進めるためのマインドセットやツールを見出すことができるでしょうか?」といった設問を用意していました。残念ながら時間切れで取り上げられませんでしたが、機会があれば議論してみたい、興味深い問いだと思いました。

システムチェンジと触媒的資本をテーマにワークショップ

ーー川端さんが登壇した「システムチェンジ&カタリティックキャピタル」はワークショップ形式でした。

川端 インパクト投資に取り組むアセット・オーナーのネットワーク Toniic のマネージング・ディレクター、Dipti Prattさんが導入の講義とモデレーターを務め、韓国と日本から事例報告を行った上で、小グループに分かれてディスカッションしてもらう形式でした。

主催の D3 Jubilee Partners は「成長を再定義する(Redefining Growth)」をミッションとしていて「どうすれば課題を生む社会構造や原因に働きかけられるか」という、システムチェンジの概念を議題に掲げたい狙いがあったようです。「インパクトIPO」が上場株投資の文脈だったのに対し、こちらのワークショップでは、金融市場の力だけでは今すぐにはサポートできない領域も含めて、いかにして長期的目線を持って触媒的な資本を提供していくかという話題が中心になりました。

私からは、SIIFがインパクト投資の経験をもとにシステムチェンジ投資の取り組みを始めた進んだ経緯、システムチェンジ投資の考え方と実践について紹介しました。インパクト投資の優れた点と限界を踏まえたうえで、どうすれば社会のシステムを根本的に変えるようなお金の流れがつくれるのか。これまでの議論の内容や、SIIFが取り組んでいるシステムチェンジコレクティブ(SCC)事業についても途中経過を報告しました。

ーー菅野さんもワークショップに参加したそうですね。

菅野 川端さんたちのプレゼンを踏まえて「あなたにとって、システムチェンジはどんな関係がありますか?」というディスカッションテーマが設定されていました。ただ、機関投資家など複数のステークホルダーと連携をしながら企業の行動変容や政策提言などをされているような参加者たちの経験から比べると、このセッションで共有されていた事例の提供額は相対的には少額に映り「それでシステムチェンジはどのように起こせるのか?」と最初は疑問に思ったようです。

そこで、私から「今回の事例では一社が提供する触媒的資本だけでシステムチェンジを達成できると考えているわけではなく、今後後続の投融資を可能にしたり、各地で構造的な課題解決に取り組んでいる人たちとパートナーシップを組むことで、システムチェンジへの道筋を探っている」と改めて補足しました。すると、その方も腑に落ちたようで、自分たちも企業や政府に働きかけている、キーワードは「コレクティブ」「パートナーシップ」だね、と盛り上がりました。

このチームに参加していた他の方が投げかけてくださった「誰がシステムチェンジの意図を持つべきか?」という問いも重要だと思いました。起業家1人1人にシステムにまで届く視座を求めるのは難しい。システムチェンジを意図する投資家なりが、自らアジェンダを設定して、投資先企業や共同投資者を巻き込んでいく必要があるかもしれません。

「日本」分科会で日本の多様なインパクト投資を紹介

ーー川端さんはもう1つ、地域ラウンドテーブル「日本」の「戦略的インパクト・パートナーシップ」にも登壇しています。

川端 Asia Impact Nights そのものが「東アジアをハブにインパクト投資のムーブメントをつくっていきたい」という意図のもとに開催されていますが、特にこのセッションは、韓国と日本のコラボレーションに焦点を当てるものでした。登壇者は私のほかに、KIBOWの澁澤龍太さん、DGインキュベーションの堤世良さん、そして韓国でインパクト投資やインキュベーションを手掛けるMYSCのCEO Kim Jeong Taeさんです。

私からは、SIIFが2010年代後半からインパクト投資のエコシステムづくりに取り組んできたなかで、どのように市場が形成され、成長してきたかについて概観をお話ししました。インパクトと経済リターン、テーマ設定についての戦略や考え方が三社それぞれに異なるので日本におけるインパクト投資の多様性を紹介できたのではないでしょうか。MYSCのKimさんは、自らの事例紹介と同時に、日本との連携構想についても語ってくださいました。

各国の違いから学び合い、連携する可能性を発見

ーーAsia Impact Nights 全体を通しての気付きや、今後に生かしたいことがあれば教えてください。

菅野 まず、同じアジアであっても、インパクト投資を巡る状況は国によってかなり異なることが明らかになりました。

日本は、メインストリームの金融機関がインパクト投資を推進していること、政府とも連携していることが大きな特徴です。上場株のインパクト投資やインパクト企業のIPOも進みやすい環境にあります。他国の参加者からも、この点に関心が寄せられました。今後、革新的なインパクト事業の創出を一層推進するにあたり、より触媒的な資金を動員することが重要となり、その担い手として富裕層が期待されます。

一方、韓国の場合、独立系や政府系のインパクトファンドがリーダーシップを取り、インパクト投資の発展を支えてきたようでした。資本市場の多くの投資家は短期的な値動きを追う傾向が強く残る一方で、大手保険グループがサステナビリティファイナンスやインパクト投資への関心を高めるなど、今後、メインストリームの金融業界へのインパクト投資推進が発展領域の一つになる可能性があります。

香港では、富裕層が中心的な役割を果たしており、ファミリーオフィスやプライベートバンカーがインパクト投資を推進する構図になっています。

こうした違いから、お互いに学び合うことができそうです。日本はこれからファミリーオフィスを動かしていかなければならないし、韓国はメインストリームに訴求しなければなりませんから。

川端 韓国では、地方自治体がエクイティ投資できる仕組みがあるという話も聞きました。それなら、Place-Based Impact Investing(地域協働型インパクト投資、PBII)にも取り組みやすいはずです。日本では、まだ実践が難しい手法が使えるかもしれない。例えば少子高齢化のような韓国・日本共通の社会課題に、韓国でPBIIを使って挑戦して、そこから得られた学びやノウハウを日本や他の東アジア各国で共有する、といった試みもありえるのではないでしょうか。

菅野 それはとてもいいアイデアですね。Asia Impact Nights での交流を通じて、例えば「シンガポールのインパクト企業が日本に進出するから協力してほしい」とか「韓国のインパクトファンドに日本からの投資を募りたい」とか、投資・資金調達の両面で連携を求められる案件が、すでに数多くあることが分かりました。

こうした実質的な事業とエコシステムビルディング、それぞれのレベルで連携できるポイントが見えてきたのは収穫でした。

川端 私はこれまで、海外の資金を日本のNPOや社会起業家につなぐ仕事をしてきましたが、これからは逆に、日本の優れたソリューション、インパクト創出のモデルを海外に提供する仕事も考えられるなと思いました。そこから回り回って、アジア圏の金融リソースが日本に流れることもあるでしょう。実際、今回の参加者から「日本のインパクトスタートアップへの投資を考えているが、適切な投資先を知らないか?」という声掛けをもらったりもしました。Asia Impact Nights のようなカンファレンスに参加して、海外の多様なプレーヤーと顔が見える関係を築くことで、人、情報、お金などの資源の好循環を生むきっかけができるかもしれません。

世界に向けて東洋的な価値観を発信していきたい

菅野 世界規模でインパクト投資を考えるとき、西洋的な価値観だけでルールがつくられていいのか、という我々と同様の問題意識が、主催者にはあったようです。アジアの文化や歴史に根ざした価値観を発信していくべきではないか、と。そのために、例えば日本と韓国、香港などで共同リサーチをするのもいいよね、というアイデアもありました。

アジアにおいて、日本のインパクト投資は参照されるべきロールモデルになりつつあるし、各国から大きな期待を寄せられていることを肌で感じる機会にもなりました。

川端  欧米のカンファレンスに比べると、コミュニケーションの取り方が違うとも感じました。欧米では人が話している最中にも積極的に手を挙げて意見を述べる場面も一般的ですが、Asia Impact Nights では、みんなが話し終わるまで傾聴し、話し手の伝えようとしていることを最後まで聴いて理解しようとしている印象や空気を感じました。

立場の異なる人同士が、お互いを尊重しつつ、多様な視点や意見を持ち寄る。Asia Impact Nightsのなかでも見られた共同体的なコミュニケーションはアジア的といえるのかもしれません。関係性の中から生まれてくる意味、相互に共通項を探りながら発見に至る道筋、協調的な思索の方法は、「Sense-making」を大事にするシステムチェンジにもつながっていくのではないでしょうか。次の機会には、日本を舞台に、アジアの価値観を発見し、世界に発信する企画を開催するのもいいかも知れないと考え始めています。



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