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介護課題デザインマップから課題を俯瞰する(前編)

2018年の設立当初からSIIFが出資している「ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド(HNF)」(ヘルスケア領域のスタートアップ企業を支援するファンド)の社会的インパクトレポート第4弾が7月7日に発刊しました。同レポート内で制作した「介護課題デザインマップ」は、本レポートへの掲載だけが目的ではなく、今後多様なステークホルダーと介護における課題を話し合い、可視化し、共通認識を持つための土台となる情報として作成しました。本課題マップ作成のため のワークショップ参加者のうち、KAIGO LEADERS発起人でもある㈱Blanketの秋本可愛・代表取締役と、リハノワの河村 由実子・代表、そして同レポートの発行人である青木武士・キャピタルメディカ・ベンチャーズ(CMV)・代表取締役、SIIFの小柴優子・インパクトオフィサー、田立紀子・インパクトオフィサーが改めて集い、介護課題マップの活用法やワークショップで得た気づきなどについて話し合いました。

(クレジット)*SIIF以外50音順

秋本可愛 ㈱Blanket代表取締役、KAIGO LEADERS発起人
青木武士 CMV代表取締役
河村 由実子 リハノワ代表、理学療法士
小柴優子 SIIFインパクトオフィサー
田立紀子 SIIFインパクトオフィサー

課題意識を強くもち今の職に

小柴優子(以下、小柴):先日は介護課題デザインマップVer.0制作のために集まっていただき、ありがとうございました。まず、ゲストのお二人のバックグラウンドを伺わせてください。
河村 由実子(以下、河村):私は病院のICUで理学療法士として働いていましたが、のちにリハビリテーションに特化したメディア「リハノワ」を立ち上げ、そこの代表として今は日本全国の医療・介護・福祉の現場に足を運んで取材し、記事を書いています。
秋本可愛(以下、秋本):私は㈱Blanketの代表として介護・福祉事業所の採用や人材育成・定着の支援事業を展開しつつ、 介護に志を持つ若者が集まる日本最大級の介護コミュニティ「KAIGO LEADERS」を運営しています。
小柴:秋本さんはKAIGO LEADERSを学生時代に立ち上げていますが、きっかけはなんですか?
秋本:介護現場でバイトしていると人材不足や家族の虐待、ご本人と家族との意向のすれ違いなどさまざまな課題を耳にします。どうしたら解決できるのだろうと考えたとき、これからより深刻化する介護という領域に対し、自分と同じ 20・30代の若い世代が関心を持っていないことが最も大きな課題なのではと考えるようになりました。学生時代の私にとって2025年問題は遠く見えましたが、よく考えると2025年には私たちは社会の一端を担う年齢です。介護領域の課題をともに解決する仲間を増やしたいという気持ちで始めました。
小柴:10年が経ち、道は見えてきましたか?
秋本:当時飲み語ったメンバーは、学生起業したり、事業所を立ち上げたりするなど、それぞれの地域、領域で活躍しています。そのネットワークや力をどう連結して、この国をより良くしていけるかが今のテーマです。
小柴:河村さんが理学療法士としての資格をもちつつメディアを立ち上げようと考えたきっかけはなんですか?
河村:リハビリは患者さん側にモチベーションや目標がないと続かないのですが、リハビリが続かないと、機能の衰退や廃用がすすみ、最悪の場合、同じような病気や疾病を繰り返したり再入院を繰り返したりする状況に陥ります。また、 病気になったり事故に合ったりして身体が不自由になると、おそらく一度は死にたいと思うほど落ち込むと思うのですが、そこからどう這い上がって来たのか、実際に家に帰った後にどのような方法でリハビリを継続できているのか、当事者の生の声はとても大きい。1つの病院や施設の中だけではアクセス出来ない様々な情報をエンターテイメントのように提供することで、理論だけでは語り尽くせないリハビリテーションの可能性を広げることができるかも知れないと考えました。 そこでメディアを立て、専門家としての視点も交えつつ現場の生の声をお伝えしたいと思うようになりました。

介護課題デザインマップ

課題を見直すきっかけに

小柴:ワークショップに参加された理由は?
河村:病院に勤めていた当初から医療と介護の分断を感じていました。介護の現場に実際に取材に行くようになると、それだけでなく多くの課題があり、また複雑化していると感じました。今回のワークショップはそれを整理する良い機会ですし、ほかの方がどのような視点で介護領域の課題を見ているのか楽しみでした。
秋本:私も純粋に楽しそうだなと思いました。普段は目先の業務に追われ、どこがレバレッジポイントか客観的に 捉える機会 はあまりありません でした。今後2040年くらいまで介護の需要は高まり続け、今ある課題がより深刻化して いきます。 更に新たな課題が生まれる可能性があるなかで、改めて立ち止まって俯瞰し、限られたリソースで課題にどう向き合うべきか考えるきっかけになったと思います。
小柴:青木さんが、お二人をお誘いした理由は?
青木武士(以下、青木):介護業界で活躍していらっしゃいますし、現場に精通されていてリアリティある問題に接点があり、かつそれを俯瞰して考えられているため、今回のワークショップに是非参加して欲しいと思いました。
小柴:当日はさまざまなアイデアが出ましたが、予想外の意見や、気になった視点などありましたか?
河村:私は現場のスタッフや介護する家族の話は仕事でよく聞くのですが、介護制度については詳しくなかったので、そこにも多くの課題があるのだと学びました。
秋本:私のグループでは、これからを担うリーダー人材が重要だという話になり、自分たちのこれまでの活動の正しさを客観的に認めてもらったような気がして嬉しかったです。財源や人材が不足するなかでも事業所は生産性を上げなければなりません 。そうした環境下であっても改革を起こせるリーダー人材の不足が、多くの課題の起点となっていることに気づいたのです。今後、どうやってリーダー人材を育成していくのかも含め、考えさせられ、良い刺激になりました。
青木:多様な観点から多くの意見を聞けたことが良かったです。秋本さんが10年前にKAIGO LEADERSを立ち上げられたのは、 まさしく先見の明ですね。河村さんが仰っていたのはアドバンス・ケア・プランニング(ACP:患者本人が将来的な医療・ケアについて家族や医療者・介護者らとともに話し合い、共有する取り組み)ですが、在宅医療の分野でも問題となっています。このワークショップでは、未だあまり手を付けられていない課題も明らかになりました。
田立紀子(以下、田立):私自身には介護経験がなく、HNFの投資先企業の皆様とのやり取りを通じて介護業界を学びましたが、この課題マップを改めて見て、起業家の方の課題意識を理解するとともに、それぞれの事業内容の素晴らしさを実感しました。現在の介護業界の悪循環をどのように好循環に転換させることができるのかを考えるうえでも可視化は重要です。
小柴:私は介護業界の政治力の不足という課題をこのマップで初めて知りました。
秋本:一枚岩になれない弱さがあるのかもしれません。
河村:介護業界には、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、小規模多機能型居宅介護など多くの施設形態がありますが、それぞれが代表する団体をつくり、独自に動いているところはありますね。
小柴:実はこのマップの完成後、図解総研さん経由で経済産業省の方とお知り合いになりました。その方から、介護業界ではまだ多くの関係者が同じ現実を共有できていないところがあるため、意見のかみ合わないところがあるそうで、このマップを議論に使いたいと仰っていただけました。青木さんは、このマップの活用方法についてご意見ありますか。
青木:それはまさに 狙い通りですね。産業面から課題解決策をご提案いただけるのは非常にありがたいです。このマップが多くの方の目に触れ、これをたたき台に議論を進めていただければ、より課題が広範に整理できていくでしょう。

産業構造や人々の意識がネックに

小柴:これまでのご経験で、介護領域の課題でここがネックだというポイントはありますか?
秋本:介護保険制度は素晴らしいなと思いつつ、今は利用者さんの要介護度を下げず高 く保つ方が儲かるシステムになっていて、ケアの頑張りが報酬としては 評価されていない点が気になります。少しずつ変わってきてはいますが、 需要が伸びているにも関わらず、従業員の給与が伸びないという構造はほかの産業ではあまり見られません。
河村:私のICUで働いていた経験から言いますと、やはり介護の準備不足が大きな課題だと感じます。ある日突然、脳梗塞や交通事故で身内が介護が必要な状況になった時のご家族の対応を見ていると、どこにどう連絡すればいいのか、役所に行く必要があるのか、まったく分からず右往左往されます。事前にそういう事態になることを想定していれば、少しは違ってくるでしょう。
小柴:そこはまさしくメディアが発信し力になれるところですね。
河村:そうですね。介護の実態を知る機会が少ないというのも大きいです。介護を受けるご本人やご家族から、「こんなサービスがあることを知らなかった」とか「自宅の改修によってこれほど暮らしやすくなるとは思わなかった」などのお声を頂いています。今後も現場の声を届け、より多くの方に介護の実態を知っていただきたいですね。
秋本:少し質問とズレるかもしれませんが、私たちは短期的にはいま、介護・福祉事業所の人材採用・定着支援をしていますが、 「 全ての人が希望を語れる社会へ」 という会社のビジョンを掲げています。今回の機会を通じ、改めて事業拡大の必要性を感じています。自分たちらしく、新たにどこに踏み込むか、例えば家族という切り口でアプローチできないかなど改めて考えています。また、このマップを見ていると介護の前段階の高齢者の問題が実はものすごく大きくて、そこも含めるとあと3領域くらいあるのではないかと思えます。自分たちの活動によって、どのような新たな矢印が生まれるのか考えるのも楽しいですね。
小柴:確かに無限にアップデートできそうです。(後編に続く)

ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド 
インパクトレポート2021

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