B Market Builder JapanとSIIFが読みとく、B Labの「セオリー・オブ・チェンジ」
2024年3月、日本におけるB Corpムーブメントを推進するため、B Corp認証制度や基準の作成・運用を行う「B Lab」の公式パートナーとして、新体制でスタートしたB Market Builder Japan(BMBJ)。
B Labは、どのように社会を変革しようとしているのでしょうか。キーワードは、B Labのビジョン「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済の実現」です。
今回はこのビジョンをひも解きながら、B Corpにおける「セオリー・オブ・チェンジ(=社会を変えるためのフレームワーク)」を探っていきます。
そもそもB Labはなぜ誕生した?
田村 前回の記事でB Corpとして認証される企業が世界的に急増している現状をうかがいましたが、そもそもB Corpを認証しているB Labはどんな経緯で設立されたんでしょうか?
鳥居 B Labは2006年にアメリカで設立され、翌2007年に初のB Corpが誕生しました。興味深いのは、B Lab創業者たちがみんな営利企業出身だということ。「AND1」という営利企業の共同創業者であるジェイ・コーエン・ギルバート、社長だったバート・フラハンと、アンドリュー・カソイというプライベートエクイティの業界で働いていた人物です。
田村 彼らはなぜB Labを立ち上げたのでしょう?
鳥居 AND1はもともと現在のB Corpのようなビジョンを持って経営していました。なのに、株主が変わったことで全く異なる方向に進むことになってしまった。それがB Lab誕生のきっかけです。
とは言っても、みんなバリバリの営利企業出身者なので、当初は非営利組織としてどのように目標を実現していけばいいのか非常に悩んだとか。悩みながら、周囲のポリシーメイカーや非営利組織などさまざまな人たちの協力を得て、セオリー・オブ・チェンジという考え方にたどり着いたそうです。
つまり、もともと「色々な人たちが協力しながら経済のしくみを変える」というような発想があって、そこから「じゃあどういう理論にしようか」という流れでセオリー・オブ・チェンジを作り上げていったんです。
B Labのシステムチェンジとは?
田村 B Labのセオリー・オブ・チェンジのベースにあるのは「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済の実現」というビジョンですよね。
野田 はい。「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済の実現」を端的に言うと、株主資本主義からステークホルダー資本主義へのシステムチェンジです。
現状は、ビジネスが社会・環境にポジティブなインパクトを与える可能性があるにも関わらず、その可能性を引き出せていません。個人の幸福の低下、社会的なつながりの損失、環境の劣化と資源の収奪、そして社会的・経済的な構造的格差といった課題があると捉えています。
戸田 システムチェンジはSIIFやインパクト投資にとっても重要なキーワードなのですが、B Labにおけるシステムチェンジはどのような意味合いですか?
鳥居 ニュアンスとしては、まず、現状がインクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済になっていないという問題意識があって、その状況を「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブな経済」に変換することを、システムチェンジと表現しています。
インパクトエコノミーとB Labのアプローチ
戸田 システムチェンジと同じくらいSIIFが重視している言葉として「インパクトエコノミー」があります。インパクト投資の世界的なソートリーダーであるロナルド・コーエンさんが定義した言葉で、具体的には、社会と環境におけるインパクトを測定し、その結果に基づいてマネジメントする、それが投資、ビジネス、消費、政府における意思決定の中心となる経済を指します。
ステークホルダーという観点で言うと、SIIFのステークホルダーは投資家だけではありません。ここ1、2年は大企業、上場企業との関わりが増えていますし、創設当時から政府との関係も深い。
鳥居 今後は商品やサービスのユーザーも重要になってきますね。
戸田 そうですね。インパクト投資が行われ、インパクトフルな資金が市場に供給され、それに基づいてインパクト企業がインパクトフルなプロダクト・サービスを公正なプロセスで作るようになったとしても、それが選ばれるようにならなければ価値を生み出しません。
5年先を見据えると、開拓していくべきステークホルダーとして消費者が重要になってきます。
しかし、現状としては、多くの消費者は物価高で賃金上昇の恩恵を受けていないために、価格が高いか安いかで判断するという形で消費選択を行わざるを得ない状況になっている。今後は、消費者の判断材料として、インパクトに関する情報やデータ、B Corp認証といったラベルが機能していく必要があります。
B Labにおけるセオリー・オブ・チェンジとは?
田村 B Labにおけるセオリー・オブ・チェンジとは?具体的にどんな活動をしているのでしょう。
野田 B Labのセオリー・オブ・チェンジは4つのセクションで構成されています。「プログラム」「ステークホルダー」「ストラテジー」「アウトカム」です。
その中で、「ストラテジー」は、5つの柱から成る「ビジネスにおける構造・文化・行動を変え、社会をよりよくするための力となるための活動」で構成されています。
中心にあるのが「(認証)基準」で、ほかに「認証制度」「コミュニケーション」「アドボカシー(政策提言)」「コミュニティの醸成」があります。認証基準は特に重要で、2006年の活動開始以来、既に6回の改定が行われており、現在も新たな基準策定に向けた改定作業が進んでいます。
田村 BMBJはまだ設立間もないですが、現状はどのような活動をしていますか?
野田 新基準に向けての意見提出や、日本企業への情報提供を行っています。また、審査プロセスの一部をBMBJが担っていたり、イベントでの登壇、SNSでの情報発信などを行ったりしています。アドボカシーについてはまだ着手できておらず、これからという状況ですね。
このほか、B Labの「ブランドブック※」の翻訳を進めており、セオリー・オブ・チェンジの説明も含めた日本語版の作成を予定しています。
※ブランドブック:B CorpがB Labと協働したコミュニケーション戦略を推進するためのガイドライン。
日本における課題
田村 活動を展開する中で見えてきた課題はありますか?
野田 大きいのは言語の壁ですね。BMBJが設立されたものの、認証プロセスは英語で行う必要があるなど、まだまだハードルが存在します。また、地域による文化の違いも大きいですね。私は京都に住んでいるのですが、大阪や京都ではB Corpとして認証されている企業の数がゼロ。地域によっては独自の認証制度が存在するなど、グローバルな認証制度の受け入れに抵抗感があるようにも思います。
鳥居 日本企業にとってB Corpムーブメントが必要である理由の「意味づけ」が、まだ十分にできていないと感じます。日本にはもともと「三方よし」の考え方があるから新しい基準は必要ないという見方があるのかもしれません。
ただ、B Corpはそれらと対立するような存在ではなく、むしろ三方よしの世界観をアップデートできるものなんです。そこの意味づけをうまく変えていけるといいなと思っています。
海外が注目「なぜ日本に創業100年超え企業が多いのか」
鳥居 グローバルのB Labとの関わりについて、最近興味深い変化が起きています。例えば、何かプロジェクトを始める際、「ここのメンバーにアジアから誰も入っていない」という指摘があり、アジアからの参加を積極的に求められるようになってきました。
先日シンガポールで開かれたB Corp関連の会議で、ある企業の方が「自分たちはシステムチェンジを実現するためのイネーブラー(実現者)だ」と表現していました。個々の企業がB Corpになることはもちろん重要ですが、それ以上に、企業同士が協力してシステムチェンジを実現していくためのツールとして基準があるという認識を共有できました。
戸田 私たちSIIFもそうですが、インパクトエコノミー界隈ではいま、海外から事例を輸入して学ぶというより、日本から新しい価値や考え方を発信していきたいという機運が高まっています。
B Labが目指す世界観は、インクルーシブでエクイティのある、そしてリジェネラティブなものですが、それは日本のこれまでの歴史とも関連性があるのではないでしょうか。例えば、味噌作りなどの発酵食品の文化は、まさにリジェネラティブな食文化の一つと言える。麹菌を使った発酵のプロセスは、自然と調和した循環型の食文化を象徴しています。
そういった日本独自の価値観や事例を、より積極的に発信していけたらと思います。
鳥居 日本からグローバルのB Corpコミュニティへの貢献は、BMBJにとっても重要なテーマなんです。
というのも、実は、日本に100年以上の企業がたくさん存在することが、グローバルで注目されていまして。東洋的な思想やビジネスにおける関係性重視、長期的な思考といった点も、多くの関心を集めています。
システムチェンジが実現できれば企業の長寿にもつながるという点で、日本の事例は重要な示唆を与えてくれるはずです。ビジネスの思想や関係性の重視、長期的な視点といった日本の特徴を、グローバルのコミュニティに還元していきたい。そういったことも含めてSIIFさんとご一緒できれば、効果も高く、面白い取り組みになると思います。
目指すべきは「社会課題の解決」ではない
戸田 私たちが目指すべきなのは社会課題の解決ではなく、社会課題が生じにくい世の中を作ることだと思うんです。そのためには、健全にビジネスを行い、社会課題の原因そのものを生み出さないような経済システムが欠かせません。
企業が生産活動や価値創造をするうえで、そもそも自分たちのビジネスが何に拠って立っているのか。そこを考えれば、本質的なアプローチにたどり着くと思うんです。
鳥居 それは重要な指摘ですね。B Corpは認証取得時に必ず、「相互依存宣言(Declaration of Interdependence )」に署名します。ビジネスがすべての人やものにとってベネフィットとなる社会を実現するために、お互いに依存関係にあり、お互いと未来の世代に対しての責任があることを理解しながら、あらゆる行動を起こすことを誓約する。これはB Labが目指すセオリー・オブ・チェンジと密接に関係する考え方です。
それと、B Corpというのは、特に社会課題の解決を目指していなくてもいいんです。私が経営しているバリューブックスも先日B Corp認証を取得しましたが、社会課題の解決を目指しているわけではありませんし、世界のB Corpを見てもインパクトビジネスとは関係ない企業もたくさんある。そこがとても重要なポイントだと思うんです。
つまり、事業の目的が社会課題解決でなくても、経営の仕方、ビジネスの仕方を「インクルーシブかつ公平でリジェネラティブ」に変えることで、社会課題が生まれにくい社会をつくることができるんです。
戸田 そうですね。日本の企業構造は99.7%が中小企業で、労働人口の6〜7割が中小企業に雇用されています。鳥居さん、野田さんのお話を伺っていると、中小企業も含めた普遍的なビジネス全般にアプローチしようとしている点もB Labの大きな特徴だと感じます。
SIIFがテーマとしているインパクトエコノミーは市場全体のごく一部ですが、B Labは普遍的なビジネス一般にアプローチしていますよね。その意味で、SIIFが推進しているインパクト系ムーブメントと相互補完的に連携できるのではないかとあらためて感じました。
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