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初めて人の優しさに触れたのは何時のこと?あなたは覚えていますか?

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昭二は叔父から書いて渡された住所を下に、通り掛かりの道行く人に、紙に書かれた住所を尋ねながら昭二はお婆さんの家へ向った。目的地のお婆さんの家の前まで何とかたどり着いた頃には、夕暮れ時だった。そして玄関を叩いてお婆さんが出て来るのを待った。

少し間を置いて「は~い」と返事をすると「ガラガラ~」と音を立てて玄関の扉を開けた。そして昭二を見るなり「何処の子だい、アンタは・・・」と昭二に尋ねた。すると昭二は、くしゃくしゃに成った叔父からの手紙を、お婆ちゃんに手渡した。するとお婆さんはニッコリ笑うと,お入りと優しく昭二を迎えた。

そしてお婆ちゃんは昭二をお風呂場に呼ぶと、昭二の着て居る服を全部脱がすと、温かいお湯を昭二の体に掛けて、石鹸とタオルでゴシゴシと洗いだした。
生まれて、物心付いてから、こんな風にお風呂へ入った事の無い昭二の体は垢だらけで、お婆さんはとても昭二が、まともな育てられ方をされずにここまで生きて来た事が、手に取る様に判った。

お婆ちゃんは何度も何度も昭二の体を洗い流してくれた。昭二は生まれて初めて人の優しさに触れるのであった。
だが昭二にはどうして良いのか全く判らず、只、立ち尽すだけだった。するとお婆ちゃんは、昭二を呼ぶとお腹空いてるだろう、ごはんが出来るまで、これでも舐めてなさいと戸棚の中から、綺麗な水色の飴玉を昭二の口の中へ優しく入れてくれた。
すると昭二は驚いた。何て美味しいんだろう、世の中にはこんな美味い物が有るんだと、飴玉を口の中でコロコロと嬉しそうに転がしながら舐めた。
その姿を見たお婆ちゃんは「美味しいかい」と昭二に聞いた。昭二は初めて口を聞いた。「美味しい、飴玉食べたの初めて」と答えた。その時昭二の眼に映ったのは、お婆ちゃんの優しい瞼の奥に光る涙だった。

「ねぇ、お婆ちゃん、何で泣いてるの、何処か痛いの~」と昭二に聞かれたお婆ちゃんは、堪らず昭二を抱きしめた。そして「辛かったろう、良く頑張って生きて来たねぇ、良い子だよ、もう心配要らないからね」と言うと晩御飯食べようと昭二をちゃぶ台の方へ誘った。
ちゃぶ台の上にはジャガイモの味噌汁と大根のお漬物、そして真っ白なご飯だった。
昭二が驚きながら聞いた。「お婆ちゃん、これ食べて良いの」と、するとお婆ちゃんは優しく微笑んで、「うん、良いんだよ~御代りも有るから沢山御食べ」と昭二の頭を優しく撫ぜた。昭二は生まれて初めて、人の優しさに触れ、生まれて初めて、温かい食事を口にした。美味かった。生きて居て良かったと幼心に感じた一瞬だった。
昭二は生まれて初めてお腹が一杯に成り、この日は歩き詰めで此処へたどり着いた事も有ってか、その場で眠ってしまって居た。
するとお婆ちゃんは布団を敷いてくれて、昭二を抱き抱えると、布団の上に寝かせた。
お婆ちゃんはその時驚いた。
余りの昭二の体の軽さに、「何て軽いんだい、こんなに痩せ細ってしまって、可哀そうに、何も判らず、只、必死で生きて来たんだね~」と昭二の今迄の人生を哀れに思うのだった。ニ、三日経ってお婆ちゃんは昭二を小学校に行かす準備をしてくれた。
そこには御近所さんから貰って来たランドセルと黄色い帽子とノートに筆箱、勿論筆箱の中には鉛筆が二本と消しゴムが入っていた。
それを見た昭二は不思議そうにお婆さんに尋ねた「お婆ちゃん、小学校って何する処」するとお婆ちゃんは「小学校は、御勉強する所だよ」「ふ~ん、そうなのか~」と勉強の意味は判らないが取り合えず昭二は答えた。
気が付くと昭二は普通に喋るように成って居た。と言うか昭二は今迄、誰とも喋る事無く生きて来た為か、人と話してコミニケーションを取る事に飢えて居た様だった。
お婆ちゃんを相手にひたすら色んな事を話し続けた。お婆ちゃんは昭二の顔を見て、ニッコリ笑うと、「昭二はお話するのが好きかい」と聞くと「うん、前の家で、テレビで男の人や女の人が話して居るの見ていたけど、自分には話し相手が居なかったから、誰とも話せなかったんだぁ……」
「そうかい、じゃ、これからはお婆ちゃんといっぱい、お話しようね」と話しかけると「うん」と元気よく答える昭二であった。
数日後昭二は小学校へ通い始める。
最初は同じ年代の子供達の多さに驚き、尻込みしていた昭二も少しずつ慣れて来て友達も出来、普通の子供と何ら変わりなく、育って行った。 
そんな昭二を眺めながら、「うん、うん」と頷きながら、昭二が普通の子供達と同じ様に成長して行く姿を見て、ホッとするお婆ちゃんだった。そして月日は流れ、昭二は中学三年生に成っていた。
立派な学生に成り、昭二は近所でも有名な優等生だった。お婆ちゃんが何を言う訳でもなく、只優しく見守って来ただけだったが、昭二は勉強する事が好きで好きで堪らなかった事も有り、中学を卒業する頃には学年トップの成績で学校側も大きな期待を寄せて居た。
そんな昭二は中学校の卒業をまじかに控え、卒業後は有名な公立高校への入学も決まっていた矢先の事である。

夕方学校から家に帰って見ると、何やら、玄関先でゴタゴタ揉めて居る声が聞こえて来た。玄関を開けて入って見ると、そこには昔、ここへ来る前に居た家の叔父が居た。
叔父は酔っぱらってお婆ちゃんに絡み、金をせびりに来ていたのだった。その叔父の顔を見た時昭二は一瞬にして、あの悪夢の生活を思い出した。
飲まず食わずの毎日で、人として扱われる事など無く虫けらの様に生きて居た、あの忌まわしい想い出が蘇るのだった。
昭二は「叔父さん何しに来たの、お婆ちゃんを虐めるのは止めてくれよ。帰ってくれよ」と睨みつけながら言うと「偉そうな事言う様に成ったじゃないか昭二、子供の頃、誰が食わせて遣ったと思ってるんだ。忘れたのか~」昭二は思った。

「食べさせて遣っただと、冗談言うなよ、飲まず食わずの生活で、お婆ちゃんの所へ来なければ間違いなく死んでいたじゃないか、おまけにお婆ちゃんの家へ送るでも無く、一人で長い道のりを歩いて行かせ、どうにか此処までたどり着いたのに、冗談言うな!」と心の中で叫びながら、余りの叔父の強引なもの言いに怒りを覚える昭二だった。
すると叔父は、お婆ちゃんに対して良いから早く金を出せと力ずくでお婆ちゃんの懐の中の財布を奪い取ろうとしていた。
そんな叔父を見て昭二は思わず二人の間に入り、叔父をお婆ちゃんから引き離した。
すると叔父は、ここまで来る道中で買って飲んで居たと思われる、コップ酒の瓶を昭二に目掛けて投げつけた。それを昭二は思わず避け様と思うが、避ければそのままお婆ちゃんに当たってしまうと判断し、避けずに自分の体で受け止めた。瓶は昭二の額に当たり、額からは真っ赤な血が流れ出した。それを見たお婆ちゃんが大声を出し、誰か来てと声を上げた。すると近所の奥さん達が集まって来て、如何したんですか~と伺いを掛けて来た。

すると叔父は「やかましい、お前らには関係ねー」と大声で叫んだ。集まって来た近所の奥さん達も昭二の顔面が真っ赤な血で染まって居るのを見て、黙って引き下がる訳には行かず、その場に立ったまま、見守っていた。そんな状況の中まだ諦めようともせず、お婆ちゃんに襲い掛かって来た。堪らず昭二は叔父に辞めろと言いながら、体当たりで叔父を突き飛ばした。叔父は酔っぱらっていた事も有り、足元がふら付き、バランスを崩してそのまま後ろへ倒れて行った。
そして玄関脇に置いてあった、置き石に後頭部をぶつけ意識を失った。
叔父の頭の後ろの方から真っ赤な赤い血が流れ出した。赤い血は、見る見るうちに地面一杯に広がった。近所の奥さんの一人が慌てて救急車を呼んだ。昭二は一瞬にして起きた出来事に動揺を隠せないで居た。少しすると救急車が到着、それと同時に警察も駆けつけた。

昭二はその場に立ちつくしたまま震えて居た。すると一人の警察官が昭二の肩をポンと叩くと、昭二をパトカーに乗る様に促した。
お婆ちゃんも一緒にパトカーに乗ると警察署へ向って車は走り出した。
現場に残った別の警察官が事件を見て居た奥さん達から事の次第を聞いて居た。
だが誰ひとり昭二を悪く言う人は、居無かった。むしろ全ての人達が昭二に同情し、この後の昭二の処分を気にする人が大半だった。ちなみに叔父の方は頭の打ち所が悪く同時に出血が多量だったせいもあてか、即死だった。お婆ちゃんはその日の夕方には事情聴取を終えて自宅に戻った。
昭二は叔父が死亡した事も有ってか、事情聴取に時間が掛かっていた。正当防衛でも有るし、まだ中学生と言う事で周りの見て居た人達の証言もあり、身家内のトラブルでの事故と言う事で納まった。これが初めて昭二が人を殺めた事件である。この時、昭二は初めて人の命はちょっとした事で、簡単に消えて無くなる物だという事を知った。

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