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私に取り付いた二人の『死神』 A

私の前に『死神』があらわれたのは、一週間ほど前だったと思います。いつものようにnoteを書き終えて、暇をもてあましたように酒を飲み始めるとやつは突然画面の中から出てきました。

始まりモロ『LOSER』やんけというツッコミを抑えつつ、MVを見ているといつのまにか彼の『死神』に魅入られていました。『Loser』に近いマクラは恐らく人間の同じような面を表現しているからだと思います。本題に入る前に洗練された解説を一つ。

概要欄にもある通り、この曲は古典落語の演目『死神』をモチーフとしたものである。

0:34『なんか死にてえ気持ちで〜』
甲斐性なしで女房に家から追い出されてしまった男が、死に場所を探してブラブラ外を歩いている。

0:41『アジャラカモクレン テケレッツのパー』
ふと眼の前に死神が現れて、この呪文を男に教える。これを唱えて2回手を叩けば病人に憑いた死神を追い払うことができるらしい。ただし、死神が病人の”枕元”に憑いてる場合は、決してこの呪文を使ってはいけないそうだ。

0:51『やってらんねえ与太吹き〜」
男は自分が医者であると嘘をつき、この呪文を利用して次々と死神を追い払い病人を直していく。

0:53『悪銭抱え〜』
呪文のおかげで大金持ちとなった男は、贅沢三昧の暮らしをするようになる。

1:00『(手を2回叩くと観客の米津玄師が席を立つ)』
観客の米津玄師は恐らく男に追い払われた死神たち。

1:08『飛んで滑って〜喚いた顔が見たい』
おそらく死神の心理描写。この後男がとるであろう行動を見越してほくそ笑んでいる。

1:20『目が眩んだだけなんだわ〜』
男は金に目が眩み、ついに枕元に憑いた死神まで追い払ってしまう。すると例の死神が再び現れ、男をどこかへ連れて行く。

1:27『けったいなことばっか言わんで〜』
そこにはたくさんのロウソクがあり、その一つ一つが人間の寿命らしい。男のロウソクは約束を破ったせいで今にも消えかかっていた。男は死神に泣きつき必死で命乞いをする。

1:32『ああ火が消える』
死神は新しいロウソクを男に手渡し、このロウソクに火を移し替えればその分だけ寿命は延びると伝える。しかし男は手が震えてなかなか上手くできない。

1:45『(もう一人の米津玄師が火を吹き消す)』

この『死神』という演目には色々なサゲ(話の結末)があって、

1、結局うまく火を移し変えることができず男はしぬ
2、火は移しかえられたが、死神が意地悪をして火を吹きけし、男はしぬ
3、普通に成功して死なずに済む

大きくこの3つに分けられる。1が一般的だが、このMVでは死神と思われる米津玄師が火を吹き消しているので、恐らく2。

by 田中太郎さん(動画コメント欄より)

この解説を見たら、もう一人の『死神』を狂ったように探し始めます。それは当然、古典落語の『死神』。『死神』を見つけたのか、私が見つかったのか、一度出会ったらまとわりついて離れない。

米津玄師さんの『死神』

私にまとわりつく彼の『死神』は、人の扱い方を古典落語の『死神』に手ほどきしてもらったようです。しかしながら、彼の『死神』の人への取りつき方はもう一人の『死神』とは違うようです。

彼の取りつき方の特徴は、その「はやさ」にあります。

米津玄師さんはやはり、現代のトップアーティストなのでしょう。彼の現代性はその『死神』がまとわりつくはやさにあらわれています。

大きく三種類のはやさがあって、一つは「つかみ」のはやさ。次に、「まとわりついてから全体を見せるまで」のはやさ。そして、「オチ」のはやさです。

「つかみ」のはやさは、『Loser』に似た主人公の浮浪の入りからきます。MVが暗転して、彼の寄席が始まるとそこから流れるのは出囃子のようなAメロです。そもそもこの幾重にも意味が重なり合うMVが天才的な『死神』のあらわれ方をしています。

そうして始まった寄席は、一切の無駄なく進行していきます。一席本来であれば40分程度でゆっくり全体像があらわれる『死神』を、2分(フルは3分)で見せるのだから当たり前なのですが、彼の『死神』はポイントを外さずされど無駄なく進行していきます。

そして、最後の「オチ」の速度。「面白くなるところだったのに…」という省略法は、死神の鎌が人の首を切り落としています。あえて続く言葉を省くことで、スパッと曲を終わらせ『死神』をより魅力的にしています。

このはやさが現代的な死神であることは、MVを見る人を主人公に例えると浮かび上がります。娯楽をはじめとした情報量が爆発的に増えた現代人は、いかに時間を少なく体験をできるかという点を無意識の内に重要視します。彼の『死神』はそこに(いい意味で)つけこみます。圧倒的な速度で自分の鎌の間合いに、「つかみ」でひきこみ、無駄なく「姿を見せ」、スパッと「オトす」。このクラスの現代的な『死神』は向こう100年現れないでしょう。

もう一人の『死神』のお話しをする前に、米津玄師さんの『死神』の鎌をお見せしましょう。それは起承転結がAメロ①、②、Bメロ、サビできっちり分かれていることです。これが、「つかみ」を明確にし、「姿」を余すことなく見せ、キレのある「オチ」につながっています。

もう一人の古典落語の『死神』「やるな、小僧」

『死神』は『死神』から生まれます。米津玄師さんの『死神』で主人公と多くの死神を彼一人で演じたことが暗に示していますが、米津玄師さんの『死神』を見た瞬間に、彼が人間だったときに取りついてきた『死神』の存在があり、私はもう一人の『死神』を探し求めました。

桂歌丸という落語家をご存知でしょうか?まさに『死神』のような(そしてもうお亡くなりになっているので死神になっているのかもしれない)風貌の落語家でした。彼に取りつかれた『死神』が一人います。六代目三遊亭円楽です。

歌丸さんという『死神』が興じる「笑点」が好きだった私は、言わずもがなそこでの円楽さんやお二人の死神の戯れが好きでした。しかしながら、寄席というのは見たことがありませんでした。まだ、死神がとりつくには早かったのでしょう。

歌丸さん亡き後、笑点を見ることもめっきりなくなってしまい(ちなみに春風亭昇太さんは個人的に面白いと思います。)円楽さんを映像で見ることも少なくなってしまったのですが、先の米津玄師さんの『死神』を通じて探し出会った『死神』が円楽さんでした。

古典落語の『死神』は、米津玄師さんの『死神』を認めていると思います。それが今笑点で活躍されている林家木久扇の息子さん、林家木久蔵さんがYoutubeで語っています。

しかしながら、伊達に200年以上『死神』をやっているわけではありません。そこには、現代でもなお米津玄師さんの『死神』と渡り合って互角以上に人に取りつく『死神』の姿があります。

円楽さんの『死神』は歌丸さんという死神に取りつかれています。それは40分の一席の中の「まくら」で見られます。彼の寄席は歌丸さんを中心に笑いを起こすところからはじまります。

そして、「アジャラカモクレン テケレッツのパー」という呪文は彼の鎌によって「アジャラカモクレン北朝鮮 テケレッツのパー」と変わります。その時代時代に合わせて古典は変化していくのです。

そして、最後やはり出てくる『死神』のモデルは歌丸さんです。一席全体を通して歌丸さんに取りつかれている彼の『死神』は、間違いなく彼と歌丸さんの関係なしには姿を描くことはできません。

寄席素人意見ながら最後に申し上げますが、3分では味わえない40分で聞くからこそ面白い落語がそこにはあります。落語家の間の関係性をも笑いに変えてしまう圧倒的な技術、そして時代の流行を取り入れるしたたかさ。古典落語が古典落語として今なお他の『死神』と一線級に渡り合っている理由となります。

おわりに 創作の背後には幾重にも『死神』が取りついている

スパッとオトしましょう。創作の背後には幾重にも『死神』が取りついています。(よろしければ私という『死神』にスキとフォローで取りついていただけないでしょうか?)

米津玄師さんの『死神』に古典落語の『死神』が取りついていたり、円楽さんの『死神』に歌丸さんの『死神』が取りついているように。

人の前には先人という人がいるように、創作という『死神』の前には人々に取りついた『死神』がいます。

そして、この文章もまた人々に取りつく『死神』なのです。

この『死神』に取りつかれて新たな『死神』となる出演者の読者みなさんに向けて

「おあとがよろしいようで」

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