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あらゆる人間や権力や団体から嫌われている一人の人間がいた。草も花も馬もコンビニの自動ドアでさえも彼のことが嫌いだった。

「あいつは最低だよ」

とみんなは口を揃えて言った。

「顔も見たくない」

ただ一人僕は彼を違う感情でとらえていた。僕は彼のことが嫌いではなかった。好きでもなかった。代わりに彼のことを理解していた。彼の話す言葉、彼の行う動作、彼の表現する感情について一切の判断をやめることにしていた。僕は空き地の真ん中に大きな穴を掘った。ティラノサウルスがつがいで入ってもまだ余裕がありそうなくらいの大穴だ。僕は彼から受け取った言動のすべてを受け取ったそばから次々にこの穴へ放り込んでいった。来る日も来る日も彼と穴の間を往復した。次第に穴はかさを増していって、ある日とうとういっぱいになった。その時僕は彼のことを理解した。

詩集『南緯三十四度二十一分』収録作

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