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週報『海のまちにくらす』(2022-2023)

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2022年春から大学を休学して東京を離れ、新しい土地で生活をしています。相模湾に面した小さな半島です。ここではじぶんは土地を通過していく観光的旅行者でも、しっかり根をおろした恒久…
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2022年9月の記事一覧

海のまちに暮らす vol.33|かの犬がたちあげる、ない町

海のまちに暮らす vol.33|かの犬がたちあげる、ない町



(文章を書くことについて僕が想うのは、やっぱり、今まさに起きていることよりも、もう失われてしまったものごとのほうにいくらかの作用点があるのだろうということだ。なので少し前の話を書く)



 西武沿線に住んでいた時に通っていた古本屋のことをたまに思い出す。その頃僕は6畳のアパートに住んでいて、おそらく店の敷地も同じくらいだった。中年の女性が個人でやっている店らしく、彼女はいつも入って右奥の

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海のまちに暮らす vol.32|小さな人をみたことがある

海のまちに暮らす vol.32|小さな人をみたことがある

 8月の真夜中に、友人のKと福浦港まで歩いて行ってみたことがあった。Kとは同い年である。誰もいない真っ暗な下り坂を二人で降りてゆくと、少しずつ水の気配がしてくる。脇の民家にはごく控えめに灯りがある。音のない23時をまっすぐ下へ下へ、サンダルで下る。100メートルほど下ったかもしれない。僕たちは病弱な街灯が瞬く三叉路に出る。「おれ、小人みたことあるよ」とKが言った。

***

 Kがまだ幼く、祖父

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