愛しく高めて生きていく。〜アナウンサー古賀静華さん 編集後記〜

私が感じたあなたの魅力を切り取り綴る shutter。

この連載は、エッセイストあそゆかからみた「あなた」を感じたままにご紹介する企画です。ご依頼者様ご自身が感じている、知っている姿だけではない、「私(あそゆか)があなたを見て、対話して、感じたあなたの素敵なところ」を、ご依頼者様に遠慮なく書かせていただくというもの。


2021年最初の公開となった、スピーチコンサルタントであり、アナウンサーの古賀静華さんの編集後記。

本編はこちら


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「声で生きていきたい」

そう願い、その人生を選択してきた静華さんの

ラジオな1日を取材させていただいて何より強く感じたのは

「好きに素直に、

 好きからの選択で生きることが及ぼす幸せの大きさ」で


だからこそ


好きなことを楽しみながらやることで生まれているだろう、

喜びの循環を感じたのですが


あの日、極々自然に、気負うことなく、友達と話すようにして行われた、番組収録。

ぶっつけ本番で収録されたゲストさんとの対話は、番組時間の20分をゆうに超えた時間となり、

それを静華さんがご自身で編集しています。


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番組の時間内に収まるよう、録音された音声を1秒単位でどこを切り取るか決めて細かに編集。

そうして出来上がった番組は、ちゃんと18分の番組に、なっている。

そして、その出来上がった番組を聞いた時、

私が改めて気づいたのは、

楽しさと好きの裏に積み重ねられたであろう、

アナウンサーとしての静華さんのプロの技量でした。


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「好き」だからこそ、高めたもの。


あの日、さりげない、何気ないおしゃべりのような打ち合わせをして

時間になったらさて行きますか、とこれまたごくごく自然に、気張ることなくスタジオに行き

では、行きまーす、と始まった収録も

何気ないお喋りを楽しくしているようで

どこにも、力みや、真剣!なモード、緊張感は

一切感じられなくて。

静華さんはどこまでも、軽やかに楽しんでその時間を過ごされているようで

何かをこんなにも好きで楽しんでいるって、素敵だなぁ、と私は、微笑ましく、あたたかな気持ちを抱いていたのだけれど。


編集後の、放送される番組になるものを聞いて

びっくり。


時間オーバーしていたあのトークを編集したものは

どこにも会話が途切れている感じがなく、実に滑らか。

何度聞いても、編集したもの、と言われなければ、18分通して話したとしか思えないもので

正直、どこを切り取ったのか、わからない。

その息遣いも、ストーリーも見事にひと繋がりになっていたのでした。


それをじっくりと聞いて、気づいたこと。

静華さんは、どこを切って編集しても違和感がないように

発する言葉の間合い、その息遣い、話の流れを、実は丁寧に作り込んでらっしゃった。

じっくり聴けば聴くほど、枕詞の一音目を発する中にも、声音がクレッシェンドになっていることに気づかされます。

それらの作り込みがなければ、ぷつっと会話が途切れる、切り貼り感が出てしまうはずなのに、それが一切ない。


驚きました。


どこまでもさらりと流れたあの時間には

繊細なまでの、声と話し方に対する、

静華さんの技量が散りばめられている。


そう気付き、静華さんご本人に聞いてみたところ


対話の際には、相手の息遣いを感じている、とおっしゃるのです。

そして質問は「相手が息を吸ったタイミングでスッと入れ込む」と。


息を吸ったタイミング??!

私にはそのタイミングが、まずまず、わからない。

それを見ていたら、対話そのものができなくなってしまう。笑


ラジオが、チューニングを合わせることで声が聞こえるように

誰かの話を聞いたり、インタビューする時も、相手にチューンすることを意識されているそうで

声のトーンやペース、息遣い、そういったものを、肌感覚で捉えて、ペースを合わせていく、とのこと。


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その感覚はおそらく、これまで、、、、、


20代でアナウンサースクールに通い始めた時から重ねてきた、スキルそのもの。


ただただ、好きだから、楽しむ、だけではない


好きだからこそ、育んできたこと、ずっとずっと、積み重ねてきたものがあり

さらにいうなら、

特別なこととしてではなく、ごく当たり前のこととしてできるまでに、そのスキルを身につけてらっしゃるのですよね。


だからこそ、

あの日私が体験した時間は、どこまでも楽しげで軽やかでスルスルと自然で、

そう、違和感を感じるような突っかかりが全然、なかった。



  

これまでいろんなプロの方を見てきて思うこと。

  

すごいことをすごいと感じさせず、当たり前のようにさらっとやってのける

当たり前のレベルの高さ

(だから、なんてことないことのように素人は感じてしまうし

 自分にもできそうと思わせるし、なんなら、プロとすら感じさせない。)


それが、静華さんのあの日には、みっちり、詰め込まれていたんだ。


実際、このご縁をいただいてから

静華さんが主宰されるグループにも参加したけれど

声、話して伝えることのためのスキルを

静華さんはいくらでももってらして

それを日々、1日5分でできるスピーチトレーニングとしてシェアしてくれている。

一つ一つのそれは、決してすごく難しいことではないけれど

その、決してすごく難しそうではないことが、私は簡単にできないし、

それを静華さんはハキハキとパキパキと楽しそうに、画面の向こうでお手本として見せてくれる。

圧倒的な違い、差が、ここにはある。


声に救われ癒され、魅せられ

そうして大人になり、アナウンサーを目指したあの時から


アナウンサースクールで、ラジオの仕事で

もう、20年以上、ずっと、静華さんは、積み重ねてこられた。


声で生きていきたい


だからこそ、ずっとずっと重ねてきたこと

育ててきたこと。

確かに、確かに、高めてきたこと。



時代の変わり目だったらしい、この数年

私たちの目に多く飛び込んできたのは

「好きで生きる」「好きを仕事に」「自由に生きよう」

心の向くままに、好きに、生きたらいいじゃないかということだったと思うけど


つい目先の好きそうなものに飛びついては

あれ、なんか違ったかも、なんてことを私はついしてしまう。苦笑

そしてまた探し出したりする。

「私の好きはどこにあるんだろう」と。



心から慈しむからこそ

時間を重ねられるもの、育てられるもの。

できるかできないかじゃなく

うまくいくか行かないかじゃなく


育んでいけるもの。


(もしかしたら、時にはご本人にとっては期せずして育んできたもの、でもあるかもしれない)


これまでいろんなその道のプロの方を見てきて

そして今回静華さんを取材させていただいて改めて思うのは


好きと育むは、セットなのかもしれない、ということ。



なんか、子育てと一緒だなあ。


可愛いし、大好きだし

出会えてよかったなあって心から思うし

でもイライラもするし、いうことも聞かないし

そんな自分と我が子を見つめて

時には抗い、時には喧嘩し

時には拗ねて、

でもそうして

それでも、諦めきれず、捨てきれず

やっぱりやっぱりと抱きしめ受け入れていくし

そうして重ねた日々と存在が愛おしい。

もう嫌いと、時には言いながら

その実、嫌いになる選択肢なんて、どこにもない。



好きなら好きと言って

好きならうまくいくはず、だなんて


インスタントな考えをついしてしまう愚かな私ですが

きっと、違うんだよね。



そんな存在やものがある人生って、やっぱり、いいし


きっと、誰もがもうそれを、すでに持っているような気もします。


好きだけど、大好きだけど

うまく行かなくても行っても

苦にならず、時には抗っても、腹を立てても

上手にできなくてガッカリ、しても。


手放せないもの、握っていたいもの

やっぱり、その喜びに、出会いたいと思うもの。

やっぱり、しちゃうこと。

やっぱり、いいなって思っちゃうもの。こと。



静華さんにとってのラジオも、声も

そんな、もう一人の我が子のような存在であり、

愛しい分身でもあるのかも、しれないな。


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愛しきものを育みはぐくみ、ともに生きていく。


プロになるってきっとそういうことなのでしょうね。


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静華さん、この度は本当に、ありがとうございました。


静華さんの

【5min.スピトレ】1日5分で!話し方美人になるスピーチトレーニングサロン♬ 

はこちらからどうぞ。



私が感じたあなたの魅力を切り取り綴るshutter







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