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高校大学生活における広島弁の影響の回想

広島県というと映画「仁義なき戦い」を想像するのは、中高年層であろう。広島出身の有吉弘行は、この映画の話題を好んでする。30代以下になると見ている割合は低くなる。だが、広島は怖い地域という印象が漠然とあるのは、この映画のイメージがかなり使ったせいもあると思われる。

自分は、高校・大学の頃、好んで語尾に「・・・じゃ」を付けていた。地元は、遠く離れた北海道。これは、「仁義なき戦い」のせいではない。今では忘れ去っているが、漫画の影響と思う。最初は「・・・じゃ」という語感がおもしろくて使っていた。とくに相手の問いに肯定するときに「そう」と一見スマートに答えると、語調が弱くて聞き取ってもらえないこともある。「そうじゃっ」と強く応えると肯定感を相手に強く伝達できて、まぎれがない。大学時代の議論も「私は・・」と話すより、「わしの意見は・・」という方が押し出しが強いので、好んで使っていた。

ただ、1度失敗したことがある。ある質問をされたとき、「そうじゃ」と答えようとしたのだが、それは以前の出来事だったと思いなおし、過去形で言い直そうとしたのだが、途中まで発音していたので「そうじゃ・・・った」と言ってしまったのである。言ってから自分でも「あっ」と思ってしまったのだが「『そうじゃった』って、じいさんかよ」としばらく言いふらされてしまった。この後もしばらく言っていた気もするが、やがてやめてしまったのはこの辺の影響か(どうか判然とはしないが)


#広島弁 #仁義なき戦い #有吉弘行


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