歩くということ
●歩行介入における運動量の重要性
脳卒中患者における運動療法が「学習」定義された以上、学習即に基づいた量の確保は大前提である。
運動量の確保は、脳卒中の運動療法においてもはや公理である。
出来るだけ高頻度。高強度で目的動作を続ける方法が最もエビデンスの高い戦術である。
●実用歩行獲得に必要な三つの要素
歩行速度、歩行距離(耐久性)、安定性(転倒)
実用歩行獲得のための最も端的な戦略は、出来るだけ難しい道を、出来るだけ長く、出来るだけ早く歩くことである。
●歩行介入における運動制御学的な視点
ヒトの随意運動は大きく、フィードバック制御(FB制御)、フィードフォワード制御(FF制御)に分類できる。
FB制御は感覚情報を前提とした運動制御であり、感覚器から入力される情報に基づいて、運動誤差を修正する制御方法。
この機能のおかげで真っ暗なでこぼこ道でも転倒せずに歩くことが出来るが、反面、感覚情報を運動に反映するのに時間遅れが生じる為、ゆっくりとしか歩けない。
そこでヒトは投球動作の様な素早い動きについては、時間遅れを避ける為、主にFF制御を用いた運動制御を行う。
FF制御は反復学習によって獲得された「内部モデル」と呼ばれる脳内の計算システムを利用して、目標軌道から逆算した運動指令を出力する、予測的な運動制御である。
健常者の歩行は左右交互に足を振りだす律動的な動作とみなせるが、通常一歩に要する時間は0.5秒程度であるため、FF制御を利用しなければ歩行出来ない。
したがって脳卒中患者の歩行介入においても、FF制御に働きかけるような戦術が必要と言える。
FF制御に働きかけるために留意すべき条件
・「素早い」動きであるという点
一歩に要する0.5秒以内に終了するような動作でなければFF制御のトレーニングとは言い難い。
・FF制御を司る回路(内部モデル)を脳内に構築するためには少なくとも数百回単位の反復が必要と言われる点
歩容改善を意識するあまり、ゆっくりとしたステッピング動作を反復しても、実際の歩行には汎化されない可能性がある。
●歩様は気にすべきか
歩様は歩行学習の結果が最終的に表出した「歩行の見た目」である。
患者の歩様を美しくすれば歩行機能が向上するのではなく、歩行機能を向上させることで結果的に歩様が整うと考える方が自然ではないだろうか。
少なくともPTが見た目でその人の「正しい歩様」を決め、型にはめるような歩行練習を行う事には疑問を感じてしまうかもしれない。
●歩行を再学習するということ
ヒトは生後一年で独歩を習得しその後2年の反復練習を経て、3歳ごろに安定した成人型歩行を獲得するとされている。
つまり、「猛特訓」しているのである。
しかし、この歩行の新規学習と、脳卒中患者が歩行機能の再獲得に向け再学習するということの違いに直面する。
例えば、
評価の結果、能力的に「揃え型歩行」が安全であると判断した場合も、患者が素直に適応するとは限らない。
意図せず「交互歩行」を表出してしまい、「揃え型歩行」ができない場合もある。
このような患者に「揃え型歩行」を習得させることが正しいのだろうか?
そして機能改善の変化に応じて再び「交互歩行」に移行できるのだろうか?
実際に患者の多くは、脳卒中によって身体機能が変化しているため、あらゆる動作において以前とは異なる動作を要求される。
したがって総合的には患者全員が新しい動作を制御するためのプログラムを新規に学習する必要がある。
ここで幼児との対比で明らかに異なる点がある。
幼児では白紙の紙にプログラムを書くような運動学習であるが、
成人では既に書かれたプログラムを横目に見ながら、残り少ない「余白」に新しいプログラムを加筆するような格好になる。
脳卒中患者における再学習は「書き換え」と称されることもあるが、原稿を書くときの様に、~中枢神経に構築された回路を消去し、さらに上書きをする~そんな手順が踏めるのだろうか?
参考文献 脳卒中患者の歩行介入についての一考察―歩行介入の戦術と運動制御・運動学習― 倉山太一
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