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僕が大好きな“インド人流・物事の捉え方”―Hinduism―

「神様がわざわざやって来てくれたんだ」

意識範囲をどかんと広げていこうぜ

 仲の良いインド人の友達シュレヤシュ(名前呼びにくくないですか?)が話してくれてずっと印象に残っている話がありまして。シュレヤシュの地元はインドの田舎町なのですが、大切な生活資源の水を運んでくれる川が流れており、水不足が深刻なインド国内においては比較的恵まれているんですね。

 そんな恵まれている環境にも少しだけ弊害がありまして、ご想像通りだとは思うのですが、インドのインフラはあまり普及が良い状態とは言えず、シュレヤシュの地元地域も大雨が降った日には川が氾濫してしまうんです。その氾濫した川が何をもたらすかというと、床上まで浸水してしまうほどの水害です。

 ここで水害に見舞われた際の彼らの考え方が、僕(たち)と違うのが、

「水害?これは喜ばしいことなんだ。川の神様がわざわざ家までやって来たんだぜ?」

そんなスーパーポジティブなリアクションに加えて、

「もちろんみんな手を合わせて拝むよ」

なんとまぁ、めちゃくちゃインディアンな考え方。すごい、すごい好きです。彼らは自分の家が床上浸水している状況下で「ありがとう」って手を合わせて穏やかな心でいるんですよ。一気に僕の中の意識レベルがドカンと広がった瞬間でした。

心と体は意識範囲に影響されている

 例えば、もし自分が床上浸水程の水害に遭遇したら、「自分の家も物も体も汚れてしまった…」【体レベル】とか、「片づけに時間も体力も精神も削られて嫌だな…」【心レベル】とか、さらには「なんで自分がこんな目に合わなくちゃいけないんだ、こんな世界なんて…」【意識レベル】というように、自分が置かれた環境だけでなく、土地や自然現象やタイミングというこの世界を悲観的に見てしまうだろうな、と。もしくは、世の中を悲観的に見るから心も体も廃れていくのか…。もちろん双方向に影響しているでしょうね。

 世界とか世の中とか表現したんですけど、それを意識する段階に「自分の生き方」みたいなものも含まれるのではないかなと思っています。

 (上図)ここで言うところの「意識範囲を拡大すれば、心の状態も体の状態も捉え方が変わってくるんじゃないか」のイメージです。意識レベルとか、物質レベルとか、はたまた話題の「ティール経営」とか、いろんな事象を基準化して分かりやすくかつ濃厚に説いている、おすすめの参考本はこちらです
 INTEGRAL SPIRITUALITY(インテグラル・スピリチュアリティ), Ken Wilber (松永太郎 訳), 2008

 きっとインドの人たちって無意識にこういうことをしているんだなぁと思ったのですが、(宗教とか神様についてとかはここでは言及しませんが)どうせ変わらぬ事実【川の氾濫と浸水】がそこにあるのなら、それを自身の生きた方の中に良いものとして変換・吸収すること【川の神様がやって来てくれた】により、体や家が濡れちゃった…【体の健康】とか、なんでこんな目に合うんだ…【心の健康】という考え方にネガティブな要素は全くありません。

 インドのイメージであるガンジス川(という神様)のように、各地域に流れる川というものは、水不足が深刻なインドにとって本当に本当に貴重な存在なんです。


私は宇宙であり、宇宙は私である―

  梵我一如っていう言葉があるんですけど、要は「世界は思ったことでできている」としている考え方です。例えば、夕暮れ時に街角で恋人を待っている人からすれば、ふっと視界の隅に現れた電信柱の影が恋人の登場に思えたりするけど、スリ/強盗に怯える人からすれば、電信柱の影が急に現れた強盗に見えちゃってビクッとしてしまったり。

 電信柱の影はあくまで電信柱の影であり、それ以外の何でもないんですけど、その時に「なにを思っているか」とか「置かれている状況」によって目の前の事実って少しずつ(もしくは大きく)変化しちゃうっていう考え方です。

 ナポレオンヒルさんも「想像は現実化する―」っておっしゃっていますね。

 ヨガをしている人は是非、「梵我一如(アハン・ブランマ・アスミィ)」って覚えていただくとヨガの勉強がきっと楽しくなりますよ。

心とか体とか、健康について考えるけど、あなたの「生き方」とは

 セラピストの仕事をしていると、常にお客様の健康状態を考えるんですけど、そもそも健康ってなに?という話です。いわゆる一般的に正常/健康とされる概念についてのお話はここではしません。その代わりに、「健康」という考え方をいわゆる「心」と「体」と「物事の捉え方(意識レベル)」で考えてみようというお話でした。

 ざっくりイメージしていただくと、「そう鬱性がある」「好き/嫌いがある」等は心の話で、「怪我/病気をしている」「太っている/筋肉質である」等は体の話です。いつも「心」と「体」の健康については議論されますが、その二つがいわゆる世間一般の健康状態であれば、その人の人生は豊かなものか?をいつも考えています。


「自分らしさ」を求めた時には、心も体も生きるためのツール

 個人的には、人それぞれの“生きた方に適した健康状態”というものがあると思っています。一般的にネガティブと思われる要素は、人によって長所であり、人生を豊かにしてくれる大事な特徴だと考えています。結局、自分の健康状態を自分で理解することができて、自分の「こういう風に生きたいな」を実現できるように自身の「心」と「体」を上手に使っていければいいのではないかな、と思っています。


平岡充乃介とヨガについて

コラムとかエッセイとか

 いやぁ、近いし横浜までヨガの話を聞きに行きたいなぁとか、ヨガを受けてみたいなぁ、という方は、是非横浜までお越しくださいませ。チャイを淹れていつでもお待ちしております。

 ヨガやアーユルヴェーダについてのあれこれはこちらに書いてあります。
ヨガに興味があるぞ、アーユルヴェーダって言葉ならなんとなく知ってるぞ、そんな方から、すでに指導をなさっているインストラクターの皆さままで、是非ご一読くださいませ。

 既にインストラクターの資格をお持ちの方を対象にしたインドっぽいコースもございます。

studio Sahana

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