すぐそこにある《陰謀論》 （SS；1600文字）

ユウタ、また成績、下がってるわね ── 特に算数。どうしたの、ゲームばっかりやってるからじゃないの？　やっぱり塾に行った方がいいんじゃない？

「ほうら、そう来た」

え？　何よ？　そんな目をして。

「まったく、敵の思う壺じゃないか。ぼくの算数の成績が悪くなってるの、どうしてだかわかる？」

だから、ゲームに夢中で、全然勉強しないからじゃないの？

「違うよ。もっと深刻な問題なんだ」

どういうことよ。どうしたの？　……カーテン閉めちゃって。

「ぼくの成績が悪くなったの、いつからか憶えてる？」

うーん……と、去年、４年生に上がった頃だったかしら。分数とか習うようになって、急に難しくなったから？

「そんなの関係ないよ。……去年の初め、新しく塾ができたこと、知ってるよね？」

塾……って、駅前にできた「黒影塾」のこと？　あんたの成績とどんな関係があるの？
なによ、キョロキョロして……隣の部屋なんかに誰もいないわよ。

「いや、どこで誰が聞いているかわからないから。……いい？　これは『ディープスクール』の《陰謀》なんだ。あの塾に行っていない子だけ、成績が下がったんだよ。塾生を増やす策略なんだ」

え？　ディープス……（昔、そんな映画があったわね）……意味、わからないんだけど。

「担任の鳩山先生はもう、敵方てきがたなんだよ。ぼくみたいに塾に行ってない子だけじゃない、他の塾に行ってた子の成績も下がってるんだ。『黒影塾』に行っている子にしか『５』はつかない、っていう噂だよ」

……まさか。
それ、「黒影塾」の教え方がうまいから、塾に行ってる子の成績が上がって、他の子を下げなきゃならなかった、ってことじゃないの？

「やれやれ。……まったく、人がいいっていうのも考えものだね。世の中はお母さんが考えるほど単純じゃないんだ。この世界は、腹黒い連中が動かしてるんだよ。ほとんどの人間は彼らの思惑に従って右に左に動かされてるんだ」

じゃあ、鳩山先生は塾からお金もらってクラスの子の成績を書き換えてるってこと？

「そうじゃない。わかってないな、そんなことしたら収賄罪になるでしょ？　鳩山先生は洗脳されて、自分から進んでそうしてるんだ。『ディープスクール』にコントロールされているんだよ」

はあ……そんな風には見えないけど。
……ホントにそうなら、校長先生に話さないと。

「無理だよ。校長先生も洗脳されてる。職員室も、先生の３分の２はもう、敵の手に落ちてるらしい」

……何バカなこと言ってるの！　塾に行きたくないからって、作り話してるんじゃないの？

「いや、ぼくだけじゃない。ウチのクラスの人間はみんな知ってる。……ただね、『黒影塾』に通う子の数はどんどん増えてて、敵の手に落ちた連中はみんな、ぼくらを《陰謀論者》と呼んで鼻で笑ってる。敵・味方がはっきりしてきた上に、どんどん包囲網が狭せばまってるんだ」

はあ？　陰謀論ごっこもいいけど、とにかく塾に行った方が良さそうね。お父さんが帰ったら相談しましょ。

「ふっ……お父さんは今日遅いよ、たぶん。……いや、もう帰って来ないかもしれないな」

……変なこと言わないでよ。何よ、……なんだか……顔色、悪いわよ。

「実はね……お父さんはもう『ディープスクール』の手に落ちてるんだ ── ハニートラップってヤツ？　組織にはサラリーマンを『落とす』専門の女工作員がいるんだって」

何言ってるのよ！
（……そういえばこの頃、あの人……そんなわけないわ！）

「だから、お父さんがもし今夜無事に帰ってきて、ぼくを塾に行かせるべきだ、と言ったとしても、それは本当のお父さんじゃない、── 組織にコントロールされて、言わされてるんだ。だから、真に受けない方がいいよ」

どうしたのよ、泣いてるの？
……いいわ、塾の方は、もう少し様子を見ましょう。お父さんにも言わないから。
（そんなことより、あの人……ハニートラップ？）

＜初出：2022年7月29日＞