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とも動物病院の日常と加納円の非日常

東京大空襲<転> 

 スキッパーは田山ジュニアの屈託のなさに対して呆れ返ってしまった。

『怒りや恨み。

悲しみとか憎しみ。

およそ殺し合いをやっている敵になら、誰だって抱いて当たり前の感情がある。。

こいつはそんなカニファミにだってある負の感情を、何処かに置き忘れてきやがったんだ』

スキッパーはなんだか理屈抜きの腹立たしさで内心がモヤモヤしている。

ところがダラダラ続くジュニアの話を聞いている内に、いつしか呆れが腹立ちを凌駕した。

人を食ったようなジュニアの態度と、ニコニコしながら話を聞いているレノックス少佐を見ていると何もかもがバカバカしくなった。

一度脱力してみれば思うところもある。

『成る程こいつらみたいな能天気なホモサピは、案外何処にでもいるのかもしれない』

そんな気がしてきた自分が居る。

スキッパーはふたりに腹を立てた自分すらバカバカしくなり、なんとなくジュニアを理解した気になった。

納得では無く理解だった。

 スキッパーは田山ジュニアを好意的に解釈してみた。

おそらくジュニアはまだ若いのにも関わらず、鉄の意志を笑顔で隠した天性の楽天家なのだろう。

ジュニアには何処から来るのか分から無いが、不思議なくらいに揺るぎのない自負心がある。

恐らくは根拠なぞありはしないのだろう。

だがジュニアは実にあっけらかんとした自信に満ちている。

そんなジュニアのメンタルが、他者に対する僻みや妬み嫉みに象徴される卑しい悪意を心から遠ざけているのだろう。

だからこんなにもサッパリキッパリとした視線で世界と対峙できるのだろう。

考えてみればそうした視線はレノックス少佐も持っている。

ふたりとも互いを見る時まずは人間を見ていた。

スキッパーには納得できないことだが、敵国人であるという相手の属性など、ふたりには些末なことのようだった。

 同じカニファミであっても野犬と家犬は決定的に違う。

スキッパーは常々そう思っている。

自分は孤高のジャックラッセルである。

そうした自覚もある。

だからと言う訳ではないが、どいつもこいつも高慢で木で鼻を括った様なボーダーコリーと仲良しになれるとは思えない。

成ろうとも思わない。

まして猪突猛進しか頭にないハウンド系の阿呆共とはお近付きにさえ成りたくはない。

『それを偏見と思わば思え』

スキッパーはジュニアと少佐の性根を、自分にも当てはまるか勘案してみたがどうにもならない。

こいつらみたいな了見で生きることなぞ自分には到底無理だと悟って頭を振った。


 明け方近くに疲れた顔をした田山シニアが帰宅した。

知らぬうちにすっかり仲良しになっている倅と少佐を見て、さすがにシニアも眉根を寄せた。

田山シニアはジュニアの設置した副木を外すと触診をした後で患部に冷罨法を施した。

その後、倅とふたりで少佐に肩を貸して二階の入院室に連れて行った。

入院室はしばらく使われた気配がない。

それを田山シニアが帰宅するまでの間にジュニアがすっかり掃除していた。

ベッドには清潔なシーツと毛布がセットされた。

ただ、スティームヒーターの設えはあるのにボイラーに火の入ることは無かった。

階下も階上もひどく寒いままだった。

 食糧事情は非常に悪く、レノックス少佐とスキッパーは数日で程良く痩せた。

四日もすると少佐は少し歩けるようになり、全身の痛みも嘘のように引き始めた。

「失礼するよ」

病室に入って来た田山シニアは、驚いたことに帝国陸軍の軍服を身に着けていた。

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