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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #189

第十二章 逢着:23

 「あんたが無事に戻ってくれて本当に嬉しいわ。

アリーの手紙を持ち帰ったことはお手柄よ。

軍の作戦なら勲章ものね。

今回、勲章は無しだけど後で提督から特別なご褒美が出ることは確実よ。

でっ、ダイとアリーの二人は?

いまどうしているの?

あんたまさか二人を見捨てて一人で逃げ出して来た訳じゃないでしょうね?」

ブラウニング艦長の瞳が青く輝き目が細められた。

犬ながらスキッパーはクルーの一員であり、白兵戦の時は海兵として戦闘に参加することが義務付けられていた。

自由意志が重んじられる海軍とは言え、怯懦からくる敵前逃亡は軍法によって裁かれる重罪だった。

「ルート、そんな言い方はないだろう。

なぁ、スキッパー。

スキッパーの事情が分かっていてそんな言い方したら、意地悪が過ぎるぞ。

スキッパーは二人の当面の無事を確認して、救援要請の為に断腸の思いで報告に戻った。

そんなところだろ?」

スキッパーはブラウニング艦長の弾劾を受けて、心臓が急に鼓動を早め、肉球がドッと汗ばむのを感じた。


『艦長はよりにもよって何という事をいうのだろう。

この歴戦の勇士たるスキッパー様が、臆病風に吹かれて部下を見捨てたですと?

侮辱にも程がありゃしませんか?』


スキッパーはここは断じて抗議をしなければと強く思った。

しかし尻尾は心を裏切れない。

あの時あの状況で戦線を離脱するとした自分の判断は正しかった。

それは今でも確信している。

だが垂直に立てて振られていた尾は徐々に下がり始め、しまいには股の間に入り込んでしまった。

「あら〜スキッパー。

あんた肉球に大層な汗をかいているわよ,

尻尾も下がっちゃったし」

しゃがみ込んだブラウニング艦長は嫌な笑いを浮かべ、スキッパーの両前足を手に取り目を覗き込んだ。

「わふっ」

スキッパーは慌てて視線を逸らし、理解者たるモンゴメリーの姉御を見上げて助けを求めと。

「ルート。

それ以上スキッパーを責めないでやってくれ。

サイカ衆からの情報じゃ親衛艦隊の海兵隊。

それもお前の心配した通り、強行偵察班が相手だったんだぞ。

無謀な戦闘を仕掛ければそれこそ犬死だ。

歴戦の甲板犬が犬死だなんて洒落にもならん。

首尾よく脱出を果たし、こうやって救援要請と報告の為に生還したんだ。

私に言わせれば、戦争なんて勝とうが負けようが生き残ってなんぼさ。

今回のスキッパーの働きはさっきお前が言ってくれたように、戦時なら本当に勲章。

それも金星章か議会名誉賞ものの働きだとおもうぞ。

なあ、スキッパー」

モンゴメリー副長が今にも笑い出しそうな顔で助け舟を出してくれた。

「わっ、わっ、わん。

・・・ばふっ」


『流石モンゴメリーの姉御。

良き海兵の働きのなんたるかを、ちゃんとご存じでいらっしゃる』


スキッパーはしぼみかけていた傲岸不遜な自信を瞬く間に取り戻した。

股に挟み込んでいた尻尾もシャキッと立ち上がりキビキビと振られた。

「そうね。

あたしが少し言い過ぎた様ね,

ここはルーシーの意見を飲むわ。

疑って悪かったわね、スキッパー。

後でダイとアリーの報告も聞いてから、あんたの働きを改めて評価するとしましょう。

あんたが歴戦の古参兵として下した判断を取りあえずは良しとするわ。

もちろん二人の居場所に案内できるわね?」

スキッパーはできれば口頭で報告したかった。

人間の言葉は理解できるし実は読み書きもできるのだが、こちらの知性をダイレクトに示すことは禁じられている。

ライブラリーに課せられた禁則事項と言うやつだ。

多次元リンクの利用ができない人間とは、なんと不便な生き物だと憐れみさえ感じていたが、さりとて禁則事項を破る訳にもいかない。

スキッパーは黒板が使えれば話も早いのにと残念でならなかった。

しかしスキッパーは気持ちを素早く切り替えた。

『わんわん』と、まるで無教養な犬の様に吠えながら走り出し、三人組の方を振り返った。

「スキッパーは、ちゃんと案内できると言ってますわ」

「そのようね」

「スキッパー、頼んだぞ」


『合点承知の助。

ロージナにおける知的生物の代表足る我にお任せあれ』


スキッパーは目に見える多様な臭跡の広がりから、自分がマークしてきたゾーンを選びながらトコトコ歩きだした。

最終的なナビゲートは多次元リンクを使う事になるだろうが、とりあえずは先祖伝来の能力でこと足りる。

まれに鈍重な人間の中にも音を色に変換できる優れ者がいるらしい。

だがお犬様が生まれつき持つ、臭いを映像で認識する、嗅覚と視覚を連動させる共感覚と言う機能に比べれば、及ぶべくも無かろう。

スキッパーの足取りは『間抜けなホモサピを導くカニファミの代表たる我が名はスキッパー!』と、瞬時に妄想できるいつもの自信を取り戻していた。


 遠くで短銃の発射される音が響き渡り、しばらくすると続けて三本の鏑矢が放たれた。

ヨナイ兵曹長とタケオは、開け放った窓から入り込む朝霧の意外な冷たさに震えつつ、音響探査のため川の方向に調音器を向けていた。

そこに届いた銃声と鏑矢の悲鳴だった。

聴音機を使うまでもなく耳に届いた戦の予兆は、ふたりの間に驚きと緊張を走らせた。

「どこの馬鹿だ。

いきなり発砲した奴がいるぞ!」

「鏑矢のツェー音三連。

音響信号箭です!」

タケオの声が突然の出来事に少し震えている。

「強行偵察班の緊急信号だよ。

散開してる兵に注意喚起を促し状況報告を命じたんだ。

会敵でツエー音みっつなら指揮官はハンコック海佐だな。

という事は第一連隊の本部付き強行偵察班か。

いやー、親衛艦隊でも一番手強いところが出てきてるな。

・・・しかし何処のどいつだ。

中立地帯でこんな朝っぱらから。

それも市民の耳目がある場所で発砲するなんて。

タケ、動きが早くなるぞ。

ハンコック海佐なら土地の官憲が出張ってくる前に、サッサと障害を排除して島から脱出するだろうからな」

「戦闘が始まりますか?」

「おそらくはな。

タケ。

パパゲーナとパパゲーノを出してくれ」

タケオは伝書鳩用のバスケットを急いで持ってくると蓋を開けた。

すると中から目を輝かせた二羽のキジバトが飛び出して来た。

「パパゲーナにパパゲーノ。

お仕事の時間だ。

最後に真打のお前たちを残しておいて正解だったよ。

厄介なことに前方にハンコック海佐の部隊が展開してる」

パパゲーナは右目をパパゲーノは左目をヨナイ兵曹向けて力強く頷くと、早く任務について説明しろと先を促した。

ヨナイ兵曹は地図を取り出すとふたりに向けて説明を始めた。

「ちょっとヤバ気なことになりそうだからふたりとも気合を入れていけ。

今回の任務は二つだ。

第一に港の宿で待つうちのクルーに連絡。

ハーロック兵曹長が指揮を執っている。

その後沖に停泊しているインディアナポリス号に連絡だ。

地図を見てくれ。

昨日の偵察飛行でランドマークは頭に入ってるな?」

パパゲーナとパパゲーノは何をいまさらと言う目線でヨナイ兵曹長をチラ見した。

「現在位置はここ。

クルーはドンブリ港に近い帆立屋という旅籠で待機している。

この位置だ。

大きなホタテ貝の形をした看板が掛かっているそうだ。

インディアナポリス号が停泊しているのはこの辺りのはずだ。

急いで連絡文を作るから、しばらくふたりでルートの確認と段取りを考えておいてくれ。

スピード重視の戦闘飛行だ。

今回は余裕かました寄り道観光なしで頼む」

ヨナイ兵曹長はパパゲーナとパパゲーノに持たせるレポートを手早くまとめ始めた。

「ふたりともそうやって額を突き合わせているとハート形になるんだねぇ」

片や左目、片や右目で地図を覗き込んでいるパパゲーノとパパゲーナの姿は確かにハート形に見えなくも無かった。

調音器に集中する傍ら、時折ふたりに目を向けるタケオだった。

連絡業務ではなく、戦闘配置で任務を任された伝書鳩の同僚が物珍しかったのだ。

タケオの一言にパパゲーノが素早く反応し、左右の羽を上げて尾羽を振り振りおどけて見せた。

間髪を入れず、パパゲーナの嘴で文字通り鋭い突っ込みが入った。

「飛行計画がまとまったら夫婦漫才は程々にして、すまんが早いところ出掛けてくれ。

レポートはこれだ。

ハンコック海佐が本気モードに入った可能性が高い。

この後は艦長以下俺たちも、へたを打ちゃ戦死なんてつまらんことになりかねない。

一刻も早い後方への連絡が作戦の成否を分けるんだ。

ふたりとも頼りにしているぞ」

パパゲーナとパパゲーノはそれぞれ左翼と右翼を振って『合点承知、お任せあれ』そう答えると勇躍、窓から飛び出して行った。

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