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「自分が納得できた仕事だけが糧となる」

12月7日(月)発売の木﨑賢治著『プロデュースの基本』、最終章の第5章は、50年近く真摯に音楽をつくってきた木﨑さんが気づき、考えてきた、人生と仕事について。「なりたい自分が見えていたら、愚痴を言っている暇はない」「自分が納得できた仕事だけが糧となる」など、響く言葉が並びます。

[3 自分がうれしかったことを人にしてあげる]

「自分がうれしかったことを人にしてあげる」というのは、「自分がイヤだったことは人には
しない」ということとセットです。

感想文へのプレゼント
 昔、大好きな童話があって、読者ハガキみたいなのが付いていたから、感想を書いて送ったことがあるんです。すると、忘れたころに小さな小包が届いた。
 そのなかには、今でいうところのフィギュアっていうのかな、ガラスの蓋のついた木のケースに小さなお人形が入っていたんです。童話の主人公のお人形で、作家さんがつくったものでした。
 感想文のお礼として送られてきたものでしたけど、全員にプレゼントされたのか、抽選で当たったのかはわかりません。でも、とにかくうれしかった。それは、期待していなかったのに送られてきたといううれしさです。サプライズですね。
 そのとき、今度は自分もこういうことをしたいなあと思いました。こういううれしい思いを、誰かに感じてもらえたらいいな、と。

〝思いがけない〞が動かす人の気持ち
 槇原敬之くんがデビューする直前、販売促進のためにレコード店の店頭にサンプルCDを置いてもらうという話が持ち上がりました。五曲入りで、それぞれの曲が途中でフェードアウトするというもの。僕は反対したんです。「タダで何の努力もしないでもらったものには愛情が入らないから、ちゃんと聴いてくれないんじゃないかなあ」と。
 当時、槇原くんには宣伝の予算があまりなくて、せいぜいファッション誌のモノクロ3分の1ページの広告ぐらいしか出せませんでした。そこを槇原くんのことを伝えられるコーナーにしようと提案したんです。
 そして、レコード会社が〝はじめましてグリーティングカード〞というのをつくりました。広告に応募方法を載せて、欲しい人みんなに送りますという形でね。僕らはそれに最初からサンプルCDをつけるつもりでしたが、それを伏せて広告を出したんです。だって、思いがけずCDが届いたほうがうれしいじゃないですか。
 その後の追跡調査で、サンプルCDを受け取ったうちの何割かの人が、アルバムを買ってくれたということがわかりました。そもそもグリーティングカードに応募すること自体、興味がイあるという証拠だし、そこに思いがけないCDがついていたらやっぱり聴いてくれますよね。
〝思いがけない〞ことって、少なからず人の気持ちを動かすんです。

褒めるは間接、批判は直接
 そしてもうひとつ、僕が心がけているのは、相手を褒めたいときは第三者を介そうということです。
「○○さんが木﨑さんのことをすごいと言っていましたよ」と言われると、やはりうれしいですよね。本人を直接褒めるのもいいですけど、機会があれば他の人にも「彼は素晴らしい」「彼女には才能がある」と言います。間接的に褒められるほうが、案外リアリティがあるんじゃないかと思うんですよね。直接向き合って話すと、もしかしたらお世辞と捉えられることもあるかもしれないと思うからです。
 逆に、批判は直接言うべきだと僕は思っています。第三者から「○○さんが木﨑さんのこと悪く言っていました」と聞かされたら、そりゃあ気分が悪い。本当にイヤな気持ちになるものだと思います。だから僕も、批判や否定を伝えたいときは、必ず直接本人に言うようにしています。
「自分がうれしかったことを人にしてあげる」と「自分がイヤだったことは人にはしない」、
これは生きるうえでの基本ですよね。

[5 目標があればイヤなことも辛くはない]

 人の悪口を言ったり、会社への不満を言ったり、人のせいにする人は、目的や夢がない人が多いと思います。夢や目標がないと、人は現状に目が向き過ぎてしまうんです。そうすると不満や愚痴が出るんですね。
 サラリーマンでも、酒を飲みながら愚痴っている人がいますよね。ああいう人は夢がないか、夢を忘れているかのどちらかです。なりたい自分が見えていたら、愚痴を言っている暇なんかないはずなんです。
 未来のことを考えることでしか人間は生きていけないはずです。未来のことを考えるのが想像力ですし、創造力です。何もない真っ白なキャンバスに絵を描くことほど楽しいことはないはずなのに、みんな現実に負けてしまって、今のことでいっぱいになってしまいがちなんですよね。
 すべての発明や新しいものは、未来を考えた人からしか生まれません。

目標を持つのがいちばん
 目標を達成するためなら、イヤなことも乗り越えられるものなんです。そう辛くはないはずです。がんばれます。目標がなければ、ただ辛いだけですね。だから、アーティストにがんばってほしいときは、目標をもたせてあげることが有効なんです。
「樟脳舟」というオモチャがあるんだけど、若い人たちは知らないかな。プラスチックでつくった小さい舟のお尻に、防虫剤に使われる樟脳のカケラをつけると、水の上をすいすいと動き始めるんです。樟脳が水に溶けることで何らかの化学反応が起きるからですね。
 何か目標をもっている人って、樟脳舟みたいに急に動き出すことがあるんですよ。僕の仕事は、アーティストに樟脳をつけてあげることのような気がするんですね。
 人間は目標があるとまっすぐ進むから無駄がない。よく「勉強になるから何でもやってみたいです」って大人になってから言う人がいるけど、僕に言わせるとそれは無駄なんです。もう勉強している暇はないんだから、やりたいことを好きなようにやりながら、失敗したりしながらいろいろなことに気づいていくんです。そのほうがずっと勉強になります。

自ら退路を断つ
 昔、渡辺音楽出版の洋楽部門にいた人が、本当は制作がやりたかったということで、会社を移って念願の仕事に就きました。すごく喜んでいました。
 でも、その後、当時売れていたあるアーティストからマネージャーになってもらえないかと打診されたとのことで、僕に相談があったんです。もちろん反対しましたよ。「だって、やりたかった制作の仕事にありつけたばかりでしょ?」って。でも彼は「いや、でもやっぱり、いろんなことを勉強しておくのもいいかなと思っているんです」と。
 僕、すごく怒りました。だって30歳も過ぎて、目標に向かって動いているところを方向転換するなんて、もったいないと思いましたから。たぶん、彼はやりたいことより、必要とされることに魅力を感じたんでしょうね。
 ブレないためには目的が必要だし、哲学や自分らしい生き方を持っていないといけません。目的を曖昧にしてブレまくっていると、失敗した経験も次の肥やしにならなくなってしまいます。
 僕も30歳を過ぎたころ、もう一生音楽をやっていこうと思いました。それまではフラフラしているところがあったんですが、腹を決めるといろんなものが見えてくるものですね。
 要は、可能性のなかからひとつを選択する。目的を絞る。不必要なものを捨てる。自分で退路を断つことで、本当の意味で人生の目的に向かっていくことになり、さまざまなことを発見できて、より深い知識を得られるのだと思います。

[7 自分が納得できた仕事だけが糧となる] 

 沢田研二さんのレコーディングでのこと。アレンジについてちゃんと打ち合わせをして、いざスタジオで音を出してみたら、僕が打ち合わせのときに想像していたのと違っていました。でも、マネージャーや周りのスタッフは一様に「いいね」と言っているんです。自分の感覚とはちょっと違うけど、みんながいいと言っているんだから、これはこれでいいのかなと、そう納得しようとしました。

「面倒くさい」と思われても
 だけど、これが世の中に出て、売れたら売れたで自分に自信がなくなってしまうだろうし、売れなかったら売れなかったで後悔が残るだろうなと思ったんです。自分が納得していないからなんですよね。楽譜上ではもっと心地よいノリになるはずだったんですけれど、演奏された音はイメージと違っていました。
 自分が思っていたのと実際に出ている音とでは何が違うのか、それが解らないとアレンジャーやミュージシャンに説明できないので、スタジオを出て静かなところで、頭のなかで歌ってみました。そうしてやっと気づいたことをスタジオに戻ってみんなに説明しました。
 そのときは、ベースの人と僕との譜面の解釈が違うんだなというところに行き着いたんです。そもそも解釈の仕方が違う人に対して「こんな感じで」「こんなノリで」という抽象的な注文をしても伝わらないと思ったので、その人のところに行って「もうちょっと、こんなフレーズに変えてください」と具体的に言いました。すると、やっぱりどこか面倒くさそうに譜面にメモをするわけです。そりゃあそうですよね、彼だってプロなわけだし、腹も立つでしょう。
 事実、当時の僕はスタジオミュージシャンから〝おじゃま虫〞と呼ばれていたんですよ。何回も直しを入れるから、最終的にはもう譜面がぐしゃぐしゃになってしまうんです。
 スタジオに入ると「あっ、また来た」なんてよく言われたものです。自分が関わっていることに責任を持つと言えばカッコいいけど、自分の考えるとおりにつくれば、もっといい曲になると強く信じていました。
 そういう経験を経て僕も少しずつ、ミュージシャンのプライドを傷つけないように伝える方法を学んでいきました。

神様を怒らせた若造
 スタジオミュージシャンもだんだんと柔軟になったというか、みんなで一緒に作品をつくっている感覚があるので、今ではプライドが邪魔をするようなことは滅多にないですね。キャラメル・ママが出てきたあたりからそんな感じがします。
 彼らよりも古い時代のスタジオミュージシャンは、正直言って大変でした。まず僕が若いころに出会ったのは、ジャズをやっていた人たち。ポップミュージックを「こんなのは音楽じゃないよ」とどこかで思っていたんでしょうね、リハーサルで録った音のプレイバックを聴いてもらえないこともありました。
 その次に現れたのが、元グループサウンズのバンドをやっていた人たちで、音楽にも詳しい人たち。怒って帰ってしまった人もいました。
〝大物の編曲家の先生が帰っちゃった事件〞というのもありましたね。その方には、沢田研二のアレンジをいくつもやっていただきましたが、業界ではもう神様みたいな人でした。
 ある曲を録っているなかで、ブラスのダビングをやった日がありました。フレージングのつくり方に抑揚がないなと感じたので、僕はスタジオに入っていって編曲家先生に提案したんです。ブラスセクションのミュージシャンが七、八人いるところで「吹き方をこんなふうにやってもらえるといいんですけど」みたいに。
 その場ではわかったとか、わからないとかのやりとりをふつうにやっていたつもりだったんですが、本番を録ろうとしたら先生がいない。スタッフにどこに行ったのか聞いたら、「ちょっと家に用ができて、先に帰りました」と言うわけです。いや、そんな家の用っていったい何なのかとさらにたずねたら、「実は、ご立腹されて家に」と。
 彼はブラスセクションの人たちから〝先生〞と呼ばれていて、ものすごくリスペクトされていたんですね。その人たちの前で、たかだか26、7歳の若造にアレンジのことを言われて、プライドをひどく傷つけられたみたいです。
 僕は後日ひとりで先生の家に謝りに行きました。何がいけなかったのか反省したんです。それ以来、僕は人を傷つけない言い方や、言うタイミングについて、もっと考えるようになりました。

納得の仕事に伴うリスク
 ちゃんと謝りに行った後、次のまた次の作品ぐらいで先生に仕事をお願いしたんですが、やっぱり怖かったですね。
 大編成のストリングスが入っている曲で、リハーサルのときからスタジオの中に入っていけない雰囲気がありました。それはもう任せるしかないなと思って。それが彼との最後の仕事になりました。和解できたのか、できていないままなのか今でもわかりません。
 ただ、自分が納得いくまで仕事をするということは、それなりのリスクも伴うということですよね。それを学ばせてもらいました。自分が思ったことを貫くのと、ちゃんと趣旨を理解してもらうこととの両立は難しいです。

[12 わかった! という瞬間が好き]

 生きることは、わかっていくことだと思います。何かがわかると、次から次へと物事をどんどん深く知ることができます。
 アーティストが歌詞を書いていて煮詰まっているときに、ふと「木﨑さん、わかった!」みたいに言う瞬間があるんですが、それがすごくうれしいんですよね。
 同じように、スタジオでアレンジをどうしようか悩んでいたと思ったら、不意に「わかった、こうやればいいんだ!」となる瞬間もあります。
 あの「わかった」というときの空気が僕はとても好き。人間はやっぱり、わかっていくためにいろいろ考えたり悩んだり研究したり、試行錯誤していくものなんだなと思います。

「何だこれは!?」と思う人に助成金を出す理由
 リチウムイオン電池の開発が評価されてノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが、賞金の一部を若手研究者の支援に充てているんですよね。その際、助成金を希望する研究者に、研究計画を提出してもらうんですが、自分が「なるほどね」と思う人ではなく、「何だこれは!?」と思う人に研究助成金を出しているそうです。
 それには吉野さんの研究人生が影響しています。彼はリチウムイオン電池を開発するまでに、多くの壁にぶち当たったそうで、会社からもその研究はもうやめろと言われていました。それでも諦めずに研究を続けたことで、壁を突破できたんです。それは、誰ひとりとしてできるとは思っていなかったことでした。
 だからこそ今、ご自身も「こんなのできるの?」と思うような研究を応援したいんだと。それが僕にはとてもすてきなことだと思えたんです。
 吉野さんがこう言っていました、「20年前に今の世の中がこういうふうになると想像できた人がいますか? 誰もいないと思います」と。本当にそうだと思います。先進的な技術を生み出す人というのは、並の人間ではとても考えが及ばないようなことを何十年にもわたって研究し続けているんですよね。その結果として彼らが〝わかった〞画期的なものが開発されるわけですが、ほんの一握りの天才の発明、発見によってこの世界はできていて、ほとんどの人間はその恩恵にあずかっているだけなんです。

わかっている人の孤独
 スティーブ・ジョブズだってそうですよね。iPhone の完成形が見えていた人ってジョブズと他に数人程度で、それがいつしか世界中に広まって、僕らは今それを使っている。売れるとみんなが〝いい〞と言うけれど、それが何かわからないうちは「何わかんないことやってるの?」って感じだったと思うんです。
 吉野彰さんだって、研究過程では自分にしかわからないものを生み出そうとしていたわけだから、辛かったでしょうね。僕は彼らほどではないけど、それでも「ああ、理解してくれていないんだろうな」と思いながら音楽をつくることがあります。今までにないものをつくるは、
孤独にならざるを得ないんですね。誰もわからないことをやっているわけですから。
 まだ世界の誰もわかっていないことを突き詰めている人に対しては、やっぱりもっと謙虚にならなきゃいけないなと思うんです。
 イチロー選手に軽く質問をぶつける記者を目にするたび、「もっと謙虚に!」って思います。だってイチローは人類がまだ誰も到達したことのないところに行ってしまった人ですから。月にはじめて行った人とか、はじめてエべレストに登頂した人とかと同じです。僕ら経験のない人間が、経験している人間に教えを乞うわけだから、謙虚でなくてはいけないんですよね。

Spotifyプレイリスト
木﨑賢治『プロデュースの基本』
 

木﨑賢治(きさき・けんじ)
音楽プロデューサー。1946年、東京都生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。渡辺音楽出版(株)で、アグネス・チャン、沢田研二、山下久美子、大澤誉志幸、吉川晃司などの制作を手がけ、独立。その後、槇原敬之、トライセラトップス、BUMP OF CHICKENなどのプロデュースをし、数多くのヒット曲を生み出す。(株)ブリッジ代表取締役。銀色夏生との共著に『ものを作るということ』(角川文庫)がある。

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