「ブラックジャックによろしく」二次利用フリー化1年後報告 前編

2013年当時のブロマガ記事の再録です。

ブロマガの利用を停止したことに伴い、noteに記録を残しておくことにしました。

2015年現在の出版業界の状況とは異なる点や、現在の僕の認識とは違う部分もありますが、当時のまま再録いたします。


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2012年9月、僕は「ブラックジャックによろしく」の二次利用フリー化を実行しました。

「ブラックジャックによろしく」は紙のコミックスとして最終巻(2006年)が発行されて以来、一度も増刷がかかっていませんでした。

ある時、単行本が必要になり、版元に「20冊購入したい」と申し入れた所、「会社の倉庫にも、全国の書店の店頭にも在庫が1冊もない」と返答があり、著者ですら購入ができませんでした。
その後、出版社は出版契約に基づく流通の義務を果たしていないということで、出版契約を解除しています。

死にコンテンツとして、1円の経済的価値も生み出さなかった「ブラックジャックによろしく」は、そのデータを無償で公開し、二次利用を認めることでどのように拡散したでしょうか?
佐藤秀峰と(有)佐藤漫画製作所は、利用者に対して利用の事後報告をお願いしており、それによって各利用者から届いた利用報告を元に、作品の利用状況をまとめてまいりました。


そして、この度、二次利用フリー化から1年間の作品の利用状況がまとまりました。

こちらの記事では、どのような経緯でこの二次利用フリー化が行なわれ、どのような人々にどのように使われたのか、また、それによってどのような反響、効果があったのかをご報告します。

その前にまずは自己紹介から。




■「佐藤秀峰」とは?

1998年「週刊ヤングサンデー」(小学館)に掲載の『おめでとォ!』でデビュー。
代表作『「海猿」「ブラックジャックによろしく」「特攻の島」
2002年、「ブラックジャックによろしく」で第6回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞受賞。
2004年、「ブラックジャックによろしく」で第33回日本漫画家協会賞大賞受賞。

ピークを過ぎた漫画家です。



■「ブラックジャックによろしく」とは?

『ブラックジャックによろしく』は、佐藤秀峰による日本の漫画。

研修医が目にする日本の大学病院や医療現場の現状を描く。
2002年から2006年まで、講談社『モーニング』誌上で連載された。
2003年にTBS系列でテレビドラマ化。
2007年『新ブラックジャックによろしく』と改題し、掲載誌を 小学館『ビッグコミックスピリッツ』に移籍。
2010年連載終了。
続編シリーズ「新ブラックジャックによろしく」を含めた単行本22冊の累計発行部数は1700万部以上。
著者の佐藤秀峰により、2012年9月15日から商用、非商用の区別なく、作品のあらゆる二次利用が認められた。

作品の利用に関して、利用規約は下記の通りです。



利用規約

有限会社佐藤漫画製作所及び佐藤秀峰は、「ブラックジャックによろしく」作品の利用に関して、以下の通り規約を定めます。

【自由な利用】
本規約の条件に従う限り、「ブラックジャックによろしく」作品を商用・非商用の区別なく、事前の承諾を得ることなく無償で複製し公衆送信し、また、どのような翻案や二次利用(外国語版、パロディ、アニメ化、音声化、小説化、映画化、商品化など)を行うことも可能です。
二次的著作物に関して原著作物の著作権を弊社は行使しません。また、著作者人格権(同一性保持権)を行使しません。

【制限】
1.書籍の版面の複製禁止
漫画on webでダウンロードや販売された「ブラックジャックによろしく」第1巻から第13巻までの弊社作成のデータについては、複製、再配布することができます。
書籍の版面を自ら又は第三者が複製したものやデータ化したものについては、再配布を認めません。

2.「ブラックジャックによろしく」作品のみの利用
「新ブラックジャックによろしく」やその他の作品は、許諾の対象とはなりません。

3.タイトルと著作者名の表示
以下の事項の表示を作品毎に明示的に必ず行ってください。これらの内容の変更はできません。


【日本語版】

タイトル ブラックジャックによろしく
著作者名 佐藤秀峰
サイト名 漫画 on web


【英語版(日本語以外での利用)の場合の表記】

タイトル Give My Regardsto Black Jack
著作者名 SHUHO SATO
サイト名 Manga on Web

【免責】
1.利用者の利用行為については、弊社及び佐藤秀峰は一切その責任を負いません。

2.二次利用にあたってJASRAC等の第三者との間で権利処理が必要な場合は、二次利用者の費用及び責任においてこれを行うものとします。

*一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)管理楽曲 (該当頁はデータによって前後する場合があります)


・2巻/37頁、56頁、152頁、153頁、155頁/『ギター仁義』(作品コード024-0063-4)作詞/嵯峨哲平
・7巻/194頁/『明日があるさ』(作品コード000-0561-4)作詞/青島幸男
・11巻/79頁/『ジョーンジェットの犬』(作品コード066-3777-9)作詞/浅井健一


【禁止事項】
1.違法なサイトや違法取引目的での利用は禁止します。

2.自己の思想信条や政治的主張のために利用することにより、弊社若しくは佐藤秀峰の主張であるとの誤認を生じさせるような利用は禁止します。


【事後報告】
作品の二次利用については、弊社宛(http://mangaonweb.com/inquiryTop.do)に、公開後1ヶ月以内にご報告してください。
条件に従っている限り、事後報告によって利用を拒否することはありません。


制定日 2012年9月15日
改訂日 2013年9月15日




■僕が「ブラックジャックによろしく」を二次利用フリーにした理由

では、作者と作品の紹介に続いて、二次利用フリー化に至った理由をお話します。
その前提として、まずは出版、漫画業界の現状をご理解いただきたく思います。


1.出版の現状

市場規模(取次ルートを経由した出版物の推定販売金額 )  2012年 1兆7,398億円
前年比3.6%減(644億円減)、8年連続の前年割れ。
「書籍」は同2.3%減の8013億円、「雑誌」は同4.7%減の9385億円。

ピークは1996年の2兆6,563.8億円 。
ピーク時より9166億円の減少。
市場規模は65%に縮小。

見事なまでの斜陽産業、沈む泥船です。
今後、グラフが上向きになることは二度とないでしょう。

2.漫画の現状


では、漫画を取り巻く状況はどうでしょうか?
マンガ売上の統計が出始めた1978年からのコミックス(マンガ単行本)やコミック誌(マンガ雑誌)の売り上げ推移は下記の通り。

コミックスとコミック誌を合わせた全体売上を見ると、1978年に1841億円という売上統計が出て以来、順調に成長を重ね、最盛期の1995年には5864億円まで売り上げを伸ばしました。

しかし、その後は減少に転じ、2011年には3903億円とやはりピーク時の65%程度に縮小しています。

コミックス、コミック誌それぞれの売り上げはそれぞれ下記の通り。

1978年にコミックスの3倍の売り上げがあったコミック誌は1996年を境に減少傾向、2005年にはコミックスの売り上げを下回っています。

一方、コミックスは2005年にピークとなり、その後は横ばい傾向にあります。
そのため、「雑誌は売れなくなったが、単行本の売り上げは横ばいを維持できている」というのが通説となっています。

しかし、これは正しくありません。

下記のグラフは市場に出回っている雑誌の銘柄数の推移をまとめたものです。

雑誌銘柄数を見てみると、2012年は288誌。

銘柄数ピーク時よりは減ったものの、売り上げのピークの95年とほぼ同じ水準です。
不況、不況と言われながらも、その頃から雑誌は廃刊、創刊を繰り返して300誌前後を保っています。
しかし、売り上げは減っていると言うことですから、雑誌が売れなくなっているいるという情報は概ね正しいと言えるでしょう。

一方、コミックス(単行本)の新刊点数は現状維持とはならず、不況ということで減っているのかと思いきや、逆に増え続けています。

2012年の単行本新刊の点数は過去最高となる12,356冊。

コミックスとコミック誌を合わせた全体売上がピークの1995年のコミックス新刊点数は6721冊なので、新刊点数は95年の1.8倍に増えていることになります。
これはコミックス1点あたりの販売金額に換算すると、95年は1点あたり3億7300万円程度、12年は1億7800万円程度と差は歴然です。
廉価版や豪華版など単行本価格の差が激しくなっているため、単純な比較はできませんが、販売金額は95年の50%以下に落ち込んでいます。
つまり、1点あたりの販売部数で考えると、単行本はピーク時の半分以下しか売れなくなっています。

出版と足並みを揃え、漫画産業は絶望的な勢いで縮小を続けています。


3.一方、電子書籍の状況は…?

良いニュースが全くない出版業界において、唯一明るい話題と言えば電子書籍です。

日本の電子書籍は2002年頃のPCや携帯電話向けサービスから始まり、その後、携帯向けコミックを中心に大きく成長。2010年に入るとスマートフォン、タブレット、専用の電子ブックリーダーなどプラットフォームが多様化し、かつマルチデバイス化が図られ、 2012年度にはAmazonnやAppleなど海外事業者も日本市場へ参入しました。
これにより電子書籍市場は主要なプレイヤーが出そろい、いよいよ本格的なスタートラインに立ったと言えます。

2012年度の電子書籍市場は729億円となり、2017年度には2012年度の約3.3倍の2,390億円程度になるという予測もあります。
この予測の通りになれば、2020年代には電子書籍市場が出版市場を追い越すという事態も考えられなくはありません。

「出版はもうダメだ」という認識は、もはや業界共通のものと言ってよいでしょう。(認めたがらない人も多いですが)

どれだけ延命できるかがテーマの出版業界にとって、電子書籍市場は無視できない魅力的な市場であり、市場に自分たちがどのような影響力を持てるか、権利を確保できるかは大きな関心事です。



4.その頃、出版業界は…?

そのような出版業界にあって、出版社、作家はそれぞれどのような活動をしてきたでしょうか。
まずは2011年にこんなニュースがありました。


■出版社7社、作家・漫画家122人が「自炊業者」に質問状

http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1109/05/news070.html

(新文化通信社 2011年09月05日の記事)


自炊(=電子書籍に関する自炊)とは、自ら所有する書籍や雑誌を イメージスキャナ等を使ってデジタルデータに変換する行為を指す俗語です。
書籍を裁断・スキャンして電子化する全国の事業者100社以上に対し、角川書店、講談社、光文社、集英社、小学館、新潮社、文藝春秋の7社と作家・漫画家・漫画原作者は連名で質問状を発送しました。
これは自分たちの手の及ばない範囲で書籍のデジタル化が進んでいる状況に対して、危機感を抱いた出版社と作家が手を組み、自炊代行業者の活動を牽制したものと言えるでしょう。

上記の質問状に対して、「当社は今後、差出人作家の作品について、依頼があればスキャン事業を行う予定です。」と回答した2社がありました。

そこでこんな事件が起こります。


■東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴


http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/20/news100.html

(西尾泰三,ITmediaニュース 2011年12月20日の記事)


浅田次郎氏、大沢在昌氏、永井豪氏、林真理子氏、東野圭吾氏、弘兼憲史氏、武論尊氏の7名を原告とし、スキャン代行業者2社に対し原告作品の複製権を侵害しないよう行為の差し止めを求める提訴が12月20日に東京地方裁判所に提起されました。
自炊代行は著作権法で認められている私的複製の範囲を超えており、業者の活動は著作権の侵害であるとの主張。
判決によりそれらを明文化し、 著者の許諾のない書籍のデータ化は認められないという前例を作ることが目的のように思われます。
「ここは権利を主張しておかないと」ということでしょう。

また、作品の著作権は作家にしか認められていないため、著作権を保有しない出版社は原告となれず、この辺りから出版社は「出版社が作家に代わって違法業者を取り締まるためには、自分たちが著作権に準ずる権利を持つ必要がある」との主張を展開し始めます。


※その後の訴訟の結果はこちら。

■自炊代行業者業者を訴えた訴訟 知財高裁でも作家側が勝訴

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1410/22/news143.html



■出版広報センター設立、出版社は著作隣接権を要求


訴訟から約半年後、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本電子書籍出版社協会、日本出版インフラセンターの業界団体4者は、出版広報センターを設立します。
出版界が共通して抱える課題に関し、迅速かつ的確な広報活動を行い、関係者をはじめ広く社会一般における理解の促進を図ることを目的とし、2012年5月発足。
出版社に著作隣接権を持たせることを要求します。
下記は同センターの挨拶文からの引用。


「このところの出版物についての侵害行為は、音楽や映像のジャンルと同様、ますます巧妙かつ悪質になっています。
高性能ながら低価格のスキャナー、高速なデータのやり取りが可能になったネット環境、画像編集ソフトやアップロードのためのソフト、ファイル共有ソフト等の発達で、出版物の版面をデジタル化し、送信し、共有し、悪意のあるなしにかかわらず、海賊版やそれと類似した行為に行き着くケースが増えました。ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)は、掲示板、ストレージサービス、オークション、ネット広告モデル等で、利便性を向上させていますが、その陰で、悪意ある者の不法行為も蔓延しています。」

(同センターHPより http://shuppankoho.jp)

これは、巧妙かつ悪質化する出版物の侵害行為に対抗するため、法改正を行ない、出版社に著作隣接権を持たせるべきとの彼らの主張へつながります。
著作隣接権とは、伝達者の権利と呼ぶべきもので、「著作物=作品」の伝達のために重要な役割を担う者に付与されます。
現行の著作権法では、実演家、レコード製作者、放送事業者などに認められています。
同センターは、出版社が著作隣接権を持つことで、具体的に下記のようなメリットがあるとしています。

・出版物の違法コピーや違法スキャンに対抗することができます。

・インターネット上の違法配信に対抗することができます。

・海賊版を仕入れて販売する業者に対抗することができます。

・無許諾のレンタルブック業者に対抗することができます。

これに合わせ、日本書籍出版協会(書協)は権利付与が電子書籍市場に与える全般的影響を調査、文化庁は、法制面の検証会議を実施。
「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会(中川勉強会)」で「出版者に対して著作隣接権を速やかに付与することが適当である」との中間まとめ公表します。
活字文化議員連盟も「著作隣接権としての『出版物に係る権利』の法制化が必要」 との声明発表。

順調に隣接権獲得へ向けて動いていきますが、2013年に入り、 日本経団連が「電子書籍の流通と利用の促進に資する『電子出版権』の新設を求める」声明を発表。
事実上、出版社に独占的な権利を集中させることとなる著作隣接権に反対する声明を発表します。

一方、作家も黙っていません。


■電子化 マンガ家VS出版社 「著作隣接権」めぐり火花

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201206050180.html

(朝日新聞デジタル 2012年6月6日)
 「電子書籍時代をにらみ、出版業界が著作権に似た新たな権利を求め、マンガ家から反対の声が上がっている。
出版社はネット企業と作家が直接結びつくことを恐れ、マンガ家は著作者としての権利が弱まりはしないかと懸念する。
出版社側が求めるのは、「著作隣接権」という、著作物を流通させた人や団体に与えられる権利だ。(中略)これに対し日本漫画家協会は4月、「現段階での出版社への隣接権付与については否定的にならざるを得ない」との見解を出した。
これに対し日本漫画家協会は4月、「現段階での出版社への隣接権付与については否定的にならざるを得ない」との見解を出した。
協会関係者は「文字だけの出版物なら、段組みなど出版社の編集によるところが大きいが、マンガは、原稿がほぼ完成型。アシスタントの人件費など制作コストもこちら持ちなのに、固有の権利が主張されるのには違和感がある」と話す。
出版社の意向で作品が電子化されずに「塩漬け」される懸念も反対の理由だ。出版社の版面を使って著作者が別の企業から配信しようとすれば、出版社の許諾が必要になるからだ。」


自炊代行問題に端を発し、「海賊版や違法データをどのように取り締まるか?」という建前から発生した著作隣接権議論ですが、徐々に出版社の本音が見え隠れし始めると、結局は「電子書籍市場の権利を誰が握るか?」という議論に行き着きます。

そこには読者の利便性に関する議論は不在です。
そもそもこの議論が自炊代行問題をきっかけに始まったことを考えると、自炊とは紙書籍をデータ化し、所有し続けるための行為です。
日本の住宅事情を考えれば、本の保管スペースに限りがあることは明らかであり、そのような状況の中で読者が新たな本を購入し、古い本を捨てずにデータ化して所有し続けてくれるのであれば、それは本来、著者にとっても喜ばしい出来事のはずなのです。
しかし、自炊代行を違法と決めつけ、読者=顧客の利便性を無視するどころか泥棒扱いするのですから、当然、読者の共感は得られません。
読者の目には、電子書籍の利権をめぐって出版社と作家が醜く争っているだけに映ったのではないでしょうか。


経団連、作家団体から著作隣接権への反対を受けた出版広報センターは方向転換します。


■「電子書籍の権利、現行出版権の拡張で」中川正春氏ら提言
著作隣接権付与から方針転換 経団連の反対に配慮 

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0402V_U3A400C1000000/

(日経新聞 2013/4/5 )

「超党派の国会議員と出版社、著作権団体関係者などから成る「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長:中川正春衆院議員)は4日、電子書籍の権利に関する提言を発表した。
紙の書籍における「出版権」の規定と同様、電子書籍を発行する出版社に対し、著者と出版社との協議により電子書籍の出版権を設定可能にすることが柱。
出版社に著作隣接権を付与するという従来案から方針転換した。同勉強会は中川議員のほか、自民党の甘利明経済財政・再生相や河村建夫選挙対策委員長など複数の与野党議員が参加している。
今後、文化審議会に対して電子書籍の権利の法制化を議論するよう求めるとともに、並行して同勉強会でも議員立法を視野に入れた検討を継続し、早ければ2014年の通常国会で法改正を目指す。
提言では、著作者との契約により設定される現行の出版権が、原則として電子出版にも及ぶよう改正するとしている。」


現在(2013年当時)はこの辺りで議論が進んでいる状況です。



出版はもうダメだ!
   ↓

最近、電子書籍がキテるらしいよ!
   ↓

オレたちに権利よこせよ〜!(出版社)
   ↓

電子は紙と関係ねーだろ!(作家)

こんな所で綱引きをし合っているのが出版、漫画業界の現状でしょうか。


■電子書籍時代において、出版社に権利を集中させることが漫画家の利益につながるのか?

すでに述べたことですが、自炊は紙書籍をデジタルデータに置き換えるもので、データ化には紙の書籍が必要なため、自炊代行によって紙の書籍の売り上げが減ることはありません。
インターネット上に出版物の海賊版が増えているという主張も、電子書籍の売り上げが順調に伸びていることを考えると、海賊版によって電子書籍が深刻な影響を受けているとは言えません。
出版不況の原因が、自炊代行やネット上の海賊行為にあるとは言えない以上、出版社が著作隣接権や出版権を要求する目的は、彼らの利益拡大のためと言われても仕方がない部分があります。
また、出版社の権利を拡大することは、作家の利益を損なう可能性があるということも否定できません。

自炊代行訴訟のように著作権を盾に読者の利便性を無視するような行為は、読者が作品に触れる(触れ続ける)機会を損失させる行為であり、自ら作品の可能性に蓋をするような行為ではないでしょうか。
著作権は読者の著作物の利用方法を締め付けるためだけに運用されてはならないと思います。
時には権利を主張しないこともその行使の方法の1つです。

僕は作家自身が著作権を積極的に運用し、読者が作品に触れる機会を増やすことで、出版社を介さずとも作家の利益は増大できるのではないかと考えました。

「ブラックジャックによろしく」は、版元にして「会社の倉庫にも、全国の書店の店頭にも在庫が1冊もない」 と言わせる死にコンテンツでした。
そのまま眠らせていても1円にもなりません。
2006年から約7年間、出版社がマネタイズできなかった作品を使い、著者の手だけでどこまで拡散できるのか。
創作物の安易な無償化やダンピングはクリエイターの利益にはなりません。
しかし、創作物の経済的価値は一般に発表から時間が経てば経つ程失われていきます。
創作物としての価値は時間に比例して失われなくとも、経済的価値は失われ続けるものなのだとすれば、それに合わせて無償化していくのは合理的な判断に思えました。


まずは作品を拡散しよう。
データを無料配布しよう。
自炊代行は当然、認めるべきです。
海賊行為は著者自らが作品データを無償で配布すれば意味を失います。
さらに配布したデータを元に商用利用を含めたあらゆる作品の利用を認めることで、作品はよりスムーズに拡散され、思いもよらない利用方法が発見されるかもしれません。
経済効果については、実はあまり考えがありませんでした。
「ブラックジャックによろしく」は続編となる「新ブラックジャックによろしく」があり、そちらの売り上げが伸びるなど利益が出る可能性がありましたが、大げさに言えば、社会に貢献できれば社会から何かが返ってくるはずだと考えました。

以上のような経緯から、「ブラックによろしく」二次利用フリー化は行なわれました。



■フリー化を浸透させるための施策

単にフリー化を宣言しても、それが世の中に周知されなければ効果は期待できません。
話題作りが必要です。
まずは二次利用のための素材を配布して、「え?フリー化するだけじゃなくて、素材まで作者が配っちゃうの!?」と驚いてもらおうと思いました。
弊社が運営する電子書籍販売サイト「漫画 on Web」で、作品のデータを無料ダウンロードできるように整え、合わせて著作権に詳しい行政書士に利用規約を作成してもらいました。

著作物の利用に関するライセンスは、既存のものではクリエイティブ・コモンズ・ライセンスがクリエイター内では有名ですが、これも一般にはなかなか普及していません。
クリエイティブ・コモンズとは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)を提供している国際的非営利組織とそのプロジェクトの総称です。
CCライセンスはインターネット時代のための新しい著作権ルールの普及を目指し、様々な作品の作者が自ら「この条件を守れば私の作品を自由に使って良いですよ」という意思表示をするためのツールです。
CCライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、利用者はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができます。

そんな便利なライセンスがあるのですが、あえて既存のライセンスを使用しなかったのは、僕が無知だったことと、単に著作権関連の文脈で語られたくなかったからです。
賢い作家がライセンスをスマートに使いこなしても、玄人好みの業界話に終わってしまいます。

「一般人にもわかりやすいトピックを」ということで、原画展を企画しました。

「ブラックジャックによろしく」原画展

2012.09.20 – 10.02


日程:2012年9月20日(木)〜 10月2日(火)
12:00 – 19:00 ※水曜定休日

会場:pixiv Zingaro
入場:無料
企画:佐藤漫画製作所・pixiv
運営:Kaikai Kiki


下記は展覧会の案内文です。

■展覧会詳細

二次利用@FREE!!

この原画展は、「ブラックジャックによろしく」という漫画作品の二次利用の自由化を記念して行なわれるものです。

二次利用の自由化は2012年9月15日より行なわれます。

一言で「二次利用の自由化」と言っても、どのようなことを指すのかイメージできないかもしれません。
それは商用・非商用の区別なく、作品を複製し公衆送信し、また、どのような翻案や二次利用(外国語版、パロディ、アニメ化、音声化、小説化、映画化、商品化など)を行なうことも認めるということを指します。
原画データを使用して、日本国内に限らず世界各国で書籍を発行しても構いません。
アプリ化してデータを販売することも、アニメ化、映画化、テレビドラマ化を行ない商業作品として上映することも、関連グッズを制作して販売することも、同人で二次創作を行なうことも、あらゆる作品の二次利用をどなたにでも認めます。

そして、これらの作品の利用について、僕と有限会社佐藤漫画製作所は著作権を行使しません。ご利用に際して、事前にご連絡は必要ありません。
ロイヤリティ他、報酬は一切要求いたしません。

ご自由に作品をお使いいただければ嬉しいです。


こちらは準備中の様子。

床に置かれた原画の横にあるのは…。

原画展の会場の真ん中にはコピー機が置かれ、来場したお客さんが原画データを自由にコピーできるようにしました。
タダより安いものはないのです。
製版所に依頼して制作した原稿の精密データを格安で販売し、ついでにカラー原稿も売りました。

この原画展の開催によって、二次利用フリー化は報道などでも取り上げられました。

原画展の挨拶文では、このようなことを書きました。



■書店は知識を仕入れる場所ではない

ある日曜日の夕方、駅前のある大型書店に立ち寄りました。
店内にお客さんはあまりいなく、僕の著作本は最新作しか売っていませんでした。
書棚には話題の新刊ばかりがずらりと並び、そのラインナップは隣の駅の大型書店に行っても、さほど変わりがないように思えまし た。

僕が漫画家になった15年前、何か新しい知識を仕入れようと思ったら、まずは書店に向かいました。
店内には様々なジャンルの書籍が並び、雑誌の表紙を見ればその時の最先端の話題を知ることができました。
店舗によって商品のラインナップに個性があり、美術書であればA書店、漫画であればB書店、サブカルチャー系に強いのはC書店というように、欲しい本が特になくても何軒もの書店を渡り歩き、興味のある本に出会うまで書店という世界を楽しむことができました。
レアな本を持っていれば仲間内で自慢できたし、自室の書棚が趣味を表現するアイテムのひとつでした。

しかし今、街から個人が経営する小さな本屋さんは姿を消し、書店と言えば、大型チェーン店が駅前に数軒あるだけです。
少し古い本や流行に乗らない本は、電車に乗って専門書を扱う書店に向かうか、ネット通販で検索しないと手に入りにくくなってしまいました。
書店は知識を仕入れる場所でも、最先端の情報に触れられる楽しい場所でもなくなってしまったのだと思います。

僕は今、情報はインターネットで検索して手に入れます。
玉石混合の情報の中から必要な情報を見つけ出すスキルが重要で、検索で補足できない場合はSNSを利用して、直接、有識者に教えてもらえる場合もありますし、手頃な情報に行き着かなければ、いよいよ書籍を検索して通信販売でそれを購入することもあります。

でも、僕はできれば本は買いたくありません。

有料だからです。
タダでも情報が得られる場合に、それらにお金を払いたくないと思うのは、人間の自然な心理ではないでしょうか。
インターネットを利用するようになってから本を読む量は減りました。
一方で活字を読む量は増えた気がします。
僕と同じような方も多いのではないかと推測します。

事実、本の売り上げはもう15年も連続して前年を下回っています。
本は重いし、場所をとるので部屋が狭くなります。
もちろん、あの紙の手触りやインクの匂いには愛着もありますが。


■インターネットと著作権

15年前の僕に「2012年の本屋さんには誰もいないよ。最新情報はネットで手に入れるんだ」と言っても信じたでしょうか。
「だったら、僕は紙と運命を共にするよ」と悲しそうにつぶやくかもしれません。
事実、5年前の僕はそう思っていました。

紙の本に替わる物として電子書籍が注目を集めていますが、そもそも有料で情報を読む意味とは何でしょうか。
情報を書籍というフォーマットに閉じ込めて発信すること自体がもう古いのかもしれません。
僕は情報の受信者としてはネットに依存しつつも、発信者としてはまだまだ出版の世界に身を置いています。

インターネットはコピー&ペーストで1つの情報をどこまでも拡散することができるメディアです。
情報をより多くの人々で共有し、より便利に活用できるように設計されています。そして、この設計思想は著作権という考え方と真っ向から対立するものです。
著作権とは大きく言えば、著作者の利益を守るための権利です。
漫画であれば、多くの人に読まれれば読まれるだけ、著者に利益がもたらされるようにするのが著作権の考え方です。
多くの人にコピペで拡散できるインターネットとは相性が良くないのかもしれません。

では、漫画はインターネットに進出すべきではないのでしょうか。

僕はそうは思いません。
より多くの人に無料で拡散、共有されることで、作品の著者にも利益が入る仕組みができないでしょうか。
何千年、何万年も前から、人々が芸術やエンターテイメントを求めなかった時代はありません。
それはインターネット時代においてもそうでしょう。
著作権というのはそもそもが創作者が勝ち取ってきた権利で、例えば、土地とか財産とかそういう物の所有権とは比べるべくもなく弱いものです。
従来の著作権を振りかざして利益を得る方法は段々と古くなっていくはずです。

漫画がこの先も続いていくためにはどうしたらよいでしょうか?

著作権という概念に囚われずに、著作で利益を得る方法はないでしょうか。

僕は「ブラックジャックによろしく」という作品の二次利用フリー化を行ないます。
その結果、どのように作品が拡散し、利用され、著者に利益をもたらすのか、もたらさないのか、その調査をしたいと思っています。

その先に見えるものが、きっと次のヒントになると信じています。
次の価値観を創ることこそが、「創造する」ということだと思っています。


準備完了。
こうして「ブラックジャックによろしく」は二次利用フリーとなりました。

それから1年。

果たして結果は?



次回につづく



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