見出し画像

グランメゾン東京は、UXデザインの教科書だ

TBSの日曜劇場、『グランメゾン東京』が面白い。『半沢直樹』『下町ロケット』『ノーサイドゲーム』など、ヒット作を量産している、TBSのドラマ枠である。デフォルメされた悪役に、熱い友情と情熱で立ち向かい、最後は全体的にいい感じになる勧善懲悪が強めの王道ドラマが並ぶ。

今作の舞台は東京のフレンチレストラン。何もないところから仲間を集い、一歩一歩ハードルを乗り越え、ミシュラン三つ星レストランを目指すというストーリー。

特徴は、まずはなんと言ってもキムタク。ただ、いつもの完全無欠なヒーロー像とは一味違う。圧倒的な実力を誇り、パリの一流レストランで腕を奮っていたが、VIPの食事会でアレルギーショックを起こしてしまい失脚。仕事も、地位も、プライドもズタズタにされた、少し哀愁を帯びたヒーローとして描かれている。

それを支える面々も味わい深い。調理は凡庸だが人一倍優れた味覚を持ち、オーナーシェフとして土地と家を担保にしてまで融資を取り付けた鈴木京香。

加えてVIPの事件に深く傷つき、一度はキムタクと袂を分かつも、一人また一人と戻ってくるパリ時代の仲間たち。シェフとしての夢を諦めて一流の接客と店舗運営を極めた沢村一樹に、昔からの豊富なアイディアを活かして簡単レシピのカリスマとなったのち、知恵と工夫で安さを美味しさに塗り替えるレシピ考案のプロ・及川光博などなど。

みんな等しく欠けている部分があり、それでも譲れないプライドがあり、際立った個性がチームの躍進を支える瞬間が描かれる。

フレンチのコースは、言うなれば一つのプロダクト。お店に入った瞬間から、数々の美味しい料理を堪能し、『美味しかったね』と言い合いながら店を出る瞬間まで、優れた店ほど良質なUXがデザインされている。その時、一品一品の料理は点としてのユーザー体験(瞬間的UX)であり、プロダクトで置き換えると一つの仕様、一つの体験とでも言えるだろうか。

物語は、一品ずつコース料理を完成させていく工程を描いている。

前菜は、高級食材に拘っていたキムタクが、おそらく人生で初めて、自身の高級食材へのこだわりよりも仲間とのチームワークを優先し、安い国産食材を最大限の工夫と手間隙で圧倒的クオリティに昇華させた一品。その一品で、『僕は料理の味なんて信じない』と頑なに言い続けていた融資担当の心を溶かし、不可能に思えた融資を取り付ける。

メインディッシュはジビエを使った一品で、これまた敵役の妨害で最高の食材を仕入れられない中、知恵と努力で逆境を乗り越え、食材のうまみとポテンシャルを最大限に引き出した料理を完成させる、などなど。

こうして見ると、コースというプロダクトと一つ一つの料理、そしてレストランを共に作り上げていくチームは、明示的に全てが相似形となっている。

一つ一つの要素(料理・食材・人材)は良いところもあれば、悪いところもある。それを、組み合わせ方や、力の引き出し方をストイックに試行錯誤し続け、強みが120%生かされる状態を作ることで、全体(コース・料理・チーム)としての圧倒的なクオリティを実現している。

徹頭徹尾一貫しているのは、『食材・人材のポテンシャルを信じ抜くこと』であり、『弱みを補い、強みを最大限に活かす道を作り出す覚悟』であり、『最高の料理・レストランを作るための圧倒的な努力と創意工夫』であり、『支え合い、高め合える仲間・食材の存在』である。

逆境を乗り越える冒険譚としてのカタルシスを高めるために、本作は様々な制約がかなりデフォルメされて描かれている。キムタクは業界からとことん嫌われているし、そのせいで人も金も集まらないし、やっかむ同業の妨害は度々道を塞ぐ。

言うなれば、『万全な状態など二度と来ない』ことが常態化された中で、自分たちの手元にあるもの、自分たちに使えるものを振り絞って、環境や境遇は何一つ言い訳にすることなく、一人一人の実力とチームワークで苦難を乗り越えていくストーリーである。

おそらくそれは、ほぼ全てのスタートアップに通底するコンテキストであり、もっと言えば大企業も含めてほぼ全てのチームが直面する困難であり、それを『確かに腕前は超一流だが、一人では苦難を乗り越えられず、そのことを受け入れたことでさらに進化し続ける天才』がチームの力で乗り越えていく物語だからこそ、人々の胸を打つ。

『高級食材使わなきゃ料理じゃないだろ』『全てを捧げずに、三つ星なんか取れるかよ!』と、自分にとっての料理像やシェフ像が強かったキムタクが、少しずつ変わっていく姿が丁寧に描かれる。『パリの食材じゃなく国産の良さを生かして、日本人の舌に合う料理を作れば戦える』『自分は24時間365日料理に全てを捧げずにはいられないが、家族との時間や自分の人生を大事にする人も仲間にいていいし、そういう仲間に支えられてこそ自分たちはもっと遠くに行ける』などなど、キムタク自身は『ブレない圧倒的カリスマ』ではなく、『しなやかに自分の弱さと向き合い、仲間と乗り越えていくプロフェッショナル』として描かれる。

『ドラマだから』と言ってしまえばそれまでだが、
●「最高にうまいもんを食わせる」という最高品質のユーザー体験へのこだわり
●「ないもの」にとらわれることなく、「あるもの」で逆境を乗り越えていく創意工夫と努力
●互いの個性を尊重し合い、強みを信じ、引き出し、活かし合うチーム運営

などなど、参考にすべき点は多いように思う。

印象的なのは、そこそこの料理は誰が食べても『そこそこ』で、試行錯誤の末に常識を超えた料理は、全員が口にした瞬間に目を見開き、『これしかない』という感動が共有されていることだ。
これはどんな仕事もきっと同じで、壁を超えてないアウトプットは、『ほどほど』にはなっても、『最高』でないことは他ならぬ自分たちが誰よりも痛感している。SaaSプロダクトに『完成』はないので、完璧になる瞬間など来ないものだと思う。それでも、その時々のベストを尽くしながらも、まだ実現されていない『最高』の基準を遥か高みに据えて、愚直にその到達地点を目指して改善改良を重ねていくことこそ、プロダクト開発の唯一にして最大のミッションであるように思う。

まだ研修真っ只中で、プロダクト開発に全く携わってない中で、いささが大口を叩きすぎた感はあるが、自分の糧にしたいと思えることが詰まっているドラマで、このドラマ自体もまた素晴らしい体験がデザインされているように思う。
最終回まで、楽しみに見たい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?