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「現状維持=衰退」か?アスリートの生き方から考える「自律的な働き方」とは

「自律的な働き方」という言葉が一般的になったのはいつからだろうか。
終身雇用の時代は終わり、ビジネスパーソンは、会社に対する忠誠心よりも、「自立/自律」を求められるようになった。しかし未だ多くの会社員が、愚痴を言いながらも会社という組織に“消極的定着”を続けている。
今回、シュハリがスポンサーを務めているキックボクシング選手・山元剣心さんに、「アスリートという仕事」について話を聞いた。会社員とスポーツ選手、全く接点がないと思っていたそれぞれの働き方だが、彼の話を聞くと、ハッとさせられることばかりだ。今回のインタビューでは、山元剣心という一人のキックボクサーの生き方を通じて、真の「自律的な働き方」とは何なのか、今一度考えてみたい。

パッとしなかったキックボクシング人生の始まり
「全く才能がなくて、こいつはダメだろうなと思われていたんです(笑)」キックボクシングを始めたばかりの頃を振り返る剣心さん。当時身体が弱く、友人に誘われて初めてキックボクシングジムに行った日には、手足がガクガクで自転車のハンドルも握れなかったそう。そんな彼がなぜ今、プロのキックボクサーになったのか…。

社会人3年目、突如訪れた「漠然とした不安」
26歳のある日、ふと、「あれ?自分は誇れるものが何もないな…と思って」この剣心さんの言葉、身に覚えのある方は多いのではないだろうか。実は、私(筆者)も全く同じことを26歳で考え、転職をした。私の周りでも同じように、社会人3~5年目に「このままでいいのだろうか…」という“漠然とした不安”を抱く若者は多い。しかし多く場合、そういった不安を抱えながらも、会社に定着をするか、せいぜい転職をするか、に留まる。しかし剣心さんは違った。「自分が好きだと思えることをやろう」…当時会社員として勤務していた介護の仕事を続けながらも、キックボクシングの道に進む。17歳から趣味程度に続けていたキックボクシング。決して生まれながらの才能に恵まれているわけでもない。でも、好きだから、その理由だけで、仕事を続けながらも本格的にやってみよう、そう決意した。

仕事と両立しながら勝ち取った「日本一」の座
会社員として働きながらも、トレーニングを続け臨んだ初めての試合。結果は敗北だったものの、手ごたえは感じた。当時のジムの会長の後押しもあり、再度試合に臨みKO勝ち。そこから見事、アマチュアの全国大会で優勝、と誰も予想しなかった快挙を成し遂げる。

突如現れた壁。今もその壁を乗り越えている途中-
しかし、プロの世界は甘くない。プロに転身してから現在に至るまでの成績は、8勝8敗。今年に入ってからは負けが続いている。まさに壁に直面している現在だが、その壁をどのように乗り越えようとしているのか。
「とにかく、行動する、挑戦する。挑戦しないと壁は超えられない」
「今は8勝8敗。でも挑戦して9勝したら、10勝したら…負けの割合が薄くなる」
無邪気な笑顔で語る剣心さんだが、ビジネスの世界で8回も負けた経験を味わったことのある人は、果たしてどれだけいるだろうか。
そして、勝ち負けだけではない。キックボクシングは危険なスポーツだ。一歩間違えば大怪我に繋がることもあるし、何より屈強な人間が凄まじい形相で向かってくることは、相当な恐怖だ。
しかし、彼は「全く怖くない」と言い切る。
「試合の前の追い込み期間は、とにかく本番をイメージする。会場の雰囲気、肌寒さ、リングの感触、相手と向き合った時の自分の姿…それを繰り返すことで、いざ当日を迎えても“大丈夫、イメージ通りだ”、と落ち着いて試合に臨むことができる」…と。

現状維持は「維持」ではなく「衰退」。立ち止まったら置いていかれるだけ
彼のインタビューの中で印象的な言葉があった。
「勝利が継続することはない。ランクはすぐに置き換えられる。常に挑戦しなければ、行動しなければ、立ち止まったら置いていかれるだけ」
ドキッとした。私が以前勤務していた大企業では、過去の成功をひきずるような風潮があった。表向きは「変革」「イノベーション」といった掛け声がかかっていたが、挑戦=リスクとみなされる場面も多く“現状維持”が当たり前の組織風土になっていた。きっと、多くの日本企業がそうだろう。「現状維持=維持」と捉え、リスクをとってまで挑戦することを回避している。結果、時価総額ランキングの上位に日本企業の名前はない。この20年、現状維持をし続けてきた結果、いつの間にか海外の企業に置いて行かれたのだ。
現状維持=維持ではない、衰退だ。これはアスリートの世界だけの話ではない。

では、私たちはどのように壁を乗り越えたらいいのか
私たちビジネスパーソンもアスリートを見習って“とにかく行動する、挑戦する”必要はあるだろう。しかし、「この会社でやりたいことができない、やらせてもらえない」そう嘆く人も多いのではないだろうか。
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「やりたいことができて、応援してくれる人たちがいて、本当に自分は恵まれた環境にいるな、って。日々感謝しかないです」
剣心さんの口からは何度も“感謝”という言葉が出てくる。たしかに、彼には企業スポンサーがつき、応援してくれるファンがいて、支えてくれる仲間がいて…恵まれた環境に見える。しかし、その環境を作っているのは、他でもない、彼自身なのだ。しかも、たった一人で。

「応援したくなる」人の気持ちを動かすことも努力の結果
キックボクサーなんて自分とは全く違う世界の人、多くの人はそう思うだろう。しかし剣心さんと話すと不思議な気持ちになる。いつの間にか彼に親近感を抱き、応援したくなるのだ。なぜなら、彼は誰よりも“ちゃんとしている”から。
“ちゃんとしている”という言葉を使いたくなった背景には、こんなエピソードがある。
私は研修講師として、これまでいくつもの研修に携わらせていただいた。研修当日まで膨大な準備をし、緊張しながら当日を迎える。しかし受講者の中には、「これは研修だから…」とさぼる人がいるのだ。一方で「研修であっても」ちゃんと取り組む人もいる。そして、彼らの仕事の様子を見ていて気付いたのは、研修でちゃんとしている人は、どんなことでもちゃんとしているということ。ちゃんと人の話を聞き、どんなにつまらない仕事でもちゃんと取り組む。その“ちゃんと”した行動を繰り返していると、自然に人の信頼がついてくる。その結果、恵まれた環境が作られ、やりたいことが通りやすくなる。
この“ちゃんと”した姿勢が剣心さんにはあるのだ。自分で自分のゴールを設定し、それに向かってちゃんと努力し、ちゃんとした生活をおくり、ちゃんと人に感謝をする。試合の結果がどうであれ、彼を応援し続ける人が多いのは、きっとこの“ちゃんとした”姿勢のためだろう。
そして、そういった姿勢の大切は、私たちビジネスパーソンも改めて自覚する必要がある。会社という組織の中でぬるま湯に浸かりながら愚痴を言い続けるのか、もしくは、社内外に自分のファンを作り、スポンサーをつけて、やりたいことを実現できる環境を自ら作り出すのかー。

努力した分は返ってくる
現在昼間はジムのトレーナー業、夜は自分自身のトレーニング、休みの日は一日もない、という剣心さん。
「剣心さんから見て、“残業”ってどう思いますか?」と聞いてみた。「トレーニングして残業代をもらえるなら最高ですけどね!(笑)」と笑っていたが、「残業、というか、トレーニングは当然ですが自分のためです。目標に向かって、プランを作って、それに向かって時間をかけて努力する。努力した分は必ず返ってきますから」そう語っていた。
もちろん、アスリートのトレーニングと会社員の残業は違う。会社員にとっての残業は、概ね自分の意図とは反して課されるものも多く、無駄な仕事のために非効率に長時間労働することは悪でしかない。しかし、もしその残業が、少しでも意味がある仕事で、自分の成長に繋がるのであれば、決して無駄ではない。彼の言うように、努力は必ず自分に返ってくるのだから。

“負け”から学ぶこと
彼のインタビューの中で印象的だったのは、勝利の話よりも、敗北の話の方が圧倒的に多かったことだ。
勝利の気持ちよさなど武勇伝を語ることはなく、敗北からどう立ち上がるか、どうやって壁を乗り越えるかに終始していた。それだけ、
・敗北から学ぶことが多いこと
・勝利は決して継続しない
ということだろう。
「失敗から学ぶことは多い」耳にタコができるほど聞かされてきた言葉だが、実際に大きな失敗を何度も繰り返してきた大人はどれだけいるのだろうか。常に挑戦する、自分で自分のゴールを設定する、ゴールに向かってアクションプランを立てる、確実に実行する、失敗から学ぶ…このPDCAサイクルは、ビジネスの世界でも当然のように語られている。しかし、それを実際に体現している人は決して多くないだろう。
 
キックボクサーという特殊な職業の彼と話をしても、全ての話がすんなりと腹落ちし、何とも言えない説得力があるのは、私たちが普段耳にしている“理想論”を彼が体を張って体現しているからかもしれない。
私たちはどうしても、目の前のことに追われる。目の前の資料作成、5分後に始まる商談の準備、今月の売上進捗…しかし、目の前のことに追われて「現状維持」をすることは、決して「維持」ではない、とアスリートを見ると思い知らされる。ビジネスの世界で生きる私たちは、PCの前で手先だけを動かして何かを成し遂げた気になりがちだが、たまには自らの“全身”を使って、「自分のこれまで、そして今後の働き方」を改めて見つめ直してみたい。