死闘ジュクゴニア_01

第59話「必殺のエシュタ」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 その禍々しき四字。それこそは……

 蛟 竜 毒 蛇 !!

 花びらと粉雪で形成された巨大なる七匹の長虫。それが、その巨大で凶悪なる顎を開こうとしている。
 しかし、それだけではない!
 花びらと粉雪は、さらなる四字を宙へと描きだしていく。それとともに、煌びやかな輝きが空に現れていく。それは爆発的な力を秘めながら、天空を埋め尽くすようにその数を増していった。そう──その四字こそは!

 星 旄 電 戟 !

「なるほどな」アガラは表情を変えずに呟いた。「面白い」その身体から光が迸り、鎧のごとくその身を覆っていく。その光は凄まじき四字を描き出していった。それは、すべてを打ち倒すであろう真に恐るべき四字である! それこそは──

 絶 対 無 敵 !

「ゲンコねえちゃん……こ、ここ、これっ!?」

 ゴンタは震え、ぺたん、と尻餅をついた。

 うぉぉぉぉおおおん……うぉぉぉぉおおおん……

 渦巻いている。叫びが、苦しみが、怨念が。すべてを覆いつくすように、大地から血のようにどす黒い何かが噴きあがっている。それはすべてを飲み尽くす勢いでゴンタたちに迫りつつあった。ゴンタたちは知る由もない。それこそは恐るべき屍山血河! 怨念渦巻く、瘴気の津波なのだということを。

(なんだよこれ……これじゃまるで……)

 沸騰する血の壁だ。どす黒く煮えたぎる壁が天までそびえ、四方から押し寄せている。亡者のごとき顔がその一面に浮かび上がり、その虚ろな目が一斉にゴンタたちを睨めつけていた。悲しくも不気味な叫びが虚ろな口から吐き出されていく。その叫びが、木霊している。

 ゴンタは恐怖した。
「う、うわぁぁあああっ!」
 そして、座り込んだまま後ずさった。

「ちっ、なんだってんだい、これは……!」ステラは傷ついた体を横たえながら、突き上げるような振動の中で舌打ちを繰り返していた。視線を巡らせれば、周囲にそびえているのは雄叫びをあげる血の壁、血の壁、血の壁だ。……バカげている。

 ステラは立ち上がろうとする。しかし、できない。「動け……私の体……動いとくれ……!」しかし、動けない。ステラには、もはや立ち上がる力すら残されていないのだ。「……くそっ」顔を歪め、荒野の土を握りしめる。もう、万事休す、なのか。

「ゲンコねえちゃん……」震えながらゴンタは振り返り、思わず声をあげていた。「えっ!?」

 そこには、微動だにしないゲンコの姿があった。

「カガリさん……わたしが必ず……わたしがっ!」

 それはまさしく一心不乱だった。冷たく横たわるカガリに向けて、己のジュクゴ力を注ぎ込み続けている。ゲンコはカガリだけを見つめていた。当然、ゲンコも周囲の状況はわかっているはずだ。しかしそれでも、決してその手を止めようとはしない。

「ハガネ……わたしは……!」

 ゲンコの脳裏には浮かんでいた。あの、決して立ち止まることのない少年の姿が。決して屈することのない、あの幼なじみの少年の勇姿が。その姿を思い浮かべる時、ゲンコの心は奮い立つ。その不屈の瞳を想う時、心の奥に、なにかが熱く宿っていくのを感じるのだ。

「わたしは……わたしだって諦めない……わたしだって負けないんだ……っ!」

 ゲンコは力を籠める。カガリの身体に元気のジュクゴ力が注ぎ込まれていく。ゴンタは俯き、呟いていた。「ちくしょぅ……」震えている。しかし、今度の震えは恐怖からではない。悔しい。己の小ささが悔しい。

「チクショー!」

 ゴンタは立ち上がった。その額に刻まれし根性の二字が、力強い輝きを放っていく! そして手をかざし、カガリへと向けて根性のジュクゴ力を送り込んでいく!

「オイラだって……オイラだって、負けるもんかっ!」

「ゲンコ……ゴンタ……!」ステラは涙ぐんでいた。不甲斐ない。子どもたちが頑張っているのに、自分だけがただ、力なく横たわっているのだ。

(わたしゃ……情けない……)

「んん……?」ステラはその時、地面に落ちる人影に気がついた。涙をぬぐい、顔をあげ──

「はっはー! いいじゃねぇか、お前らっ!」

「……は?」

 そこにはステラを見下ろす若者がいた。大胆不敵な笑み。燃えるようなくせ毛が風に揺らいでいる。そして、ギラギラとした目がこちらを見つめている。

 若者は緊迫した状況など気にする風でもなく、己の胸を親指でとんとんと叩いた。そして、三人に告げるようにして吠えた。

「レジスタンス諸君! 俺はリオ。造反有理のリオだっ! で、こいつが!」「神機妙算のジニ

 黒髪を揺らしながら、傍らの男が静かに応えた。

「は……?」ステラは事態が飲み込めない。ゴンタはカガリに力を注ぎ込みながら、唖然とした表情で二人を見つめた。

「はっはー、レジスタンス諸君! 俺らはまぁ、お前たちの同志みてぇなもんだぜ。……うん、そんな感じだ。だからよ……とりあえず、よろしく頼むぜ!」

「で……」リオは振り返り、ジニを見た。
「なんとかここまで辿り着いたわけだが……」
 周囲を見渡し、やれやれといった表情を浮かべる。
「この状況、いったいどうすれば打開できるっていうんだ? えぇっ、天才くん?」
「ふっ、案ずるな」

(なんなんだ……)およそ緊迫した状況にそぐわない、図々しくも楽天的な二人の振る舞い。ステラは混乱していた。(なんなんだ、こいつらは……!)

 その目の前で、ジニが確信に満ちた表情で右手をかざした。「俺の計算によれば……」その額に刻まれし、神機妙算の四字が輝いている。

「天の時、地の利、人の和は我らにある。見よ!」

 ──その言葉と同時!
 激しい地鳴りとともに、大地が揺れた。

「なんだ、なんだ!?」

 リオは叫んでいた。リオたちを中心に、囲むように地面が割れ、裂けていく。

「はぁ~?」

 ひときわ大きな振動が体を揺らす。凄まじい轟音が腹の底まで響く。そして、それは出現した──

 それは、大地を割って屹立していた。それは、天をも衝かんばかりにそびえていた。それは、地を割り天を衝く。それは、巨大なる剣であった!

 しかもひとつだけではない。大地を貫き爆風をあげながら、巨大なる剣が次々と出現していく。

「はっ……ははっ!」リオは呆れたように笑った。そびえ立つ巨大な剣の群れ。それはまるで、地獄の森だ。林立する巨大剣が、瘴気の渦を食い止めている。

「えっ、これって……!」

 ゴンタが目を丸く見開く。その眼前!

「グルグルグラァッ!」

 咆哮とともに、巨大な影が降り立った。

 それはまさに極限の力である!

 アガラの身体を、鎧のような四字のジュクゴが包み込んでいく。それはすべてを打ち倒す力であった。その凄まじき力の前に、敵などは存在しない。そう、その恐るべき四字こそは──

絶 対 無 敵 !

「「ゴォォォオオルォーン!」」

 渦巻く花吹雪と粉雪の中、七匹の巨大な長虫が鎌首をもたげ、咆哮している。

「俺に挑む? 無駄なことを」

 アガラの体は動かない。それは風花雪月。ミヤビの力によってもたらされた、強制的な静止状態である。しかし──「体が動かんことなど……」アガラは無表情なままで吠えた。

「些細なことよ!」

「「ゴォォォーォ!」」

 螺旋軌道を描き、アガラへと迫る長虫の群れ──圧倒的質量突撃! 「くだらん。この程度か?」アガラは吐き捨てた。その身体から、絶対無敵のジュクゴ力が迸っていく。

「「ゴォォォオオ!?」」

 それは凄まじき力の波動であった! その輝きに触れるや否や、長虫たちは粉微塵に砕け散っていく。それが絶対無敵! それはすべてを打ち砕く力──すべてを粉砕する力である!

 アガラは静かに吠えた。

「どうした……こんなものか?」

「ふん……」

 ミヤビは剣の柄を強く握りしめた。頭上では星旄電戟の輝きが天を埋め尽くすように瞬いている。アガラとミヤビの間を花弁と粉雪が舞い、そして、吹き抜けていった。静寂が流れていく。飆飆とした楽の音が、二人の体を包み込んでいく。

 ミヤビは見ていた──冷徹にすべてを。戦場を俯瞰し、この場にいるすべてのジュクゴ使いの力量を、特性を、見極めようとしていた。そして導きだしていた。今、己が何を為すべきなのかを。そして、己が向かうべき道筋を!

(ハガネ……私は迷わんぞ。もう二度と、迷いはしない!)

「何度でも言おう……貴様は我が相手ではない」

 ミヤビは剣を上段に構えた。

「私には、貴様の相手をしている暇などない!」

 ミヤビの剣が輝く! それとともに星旄電戟の瞬きが騎馬の軍団へと変容していく。それは、万をも超す強大なる軍勢である! 轟く鬨の声を合図に、軍勢はアガラへと向けて怒濤の進撃を開始した。

「ならば再び、俺も言わせてもらおう……無駄なことを!」

 その身体から絶対無敵の波動が迸る! 殺到する騎馬の軍団は、無残にも次々と打ち砕かれていく。ミヤビはその様を、冷静な眼差しで見つめている。

 星旄電戟の軍勢は途切れることなく殺到し続けた。次々と砕かれていくその煌めきは、爆発的な輝きと化していく。そしてその輝きは徐々にアガラの視界を染め──アガラは、いつしか光に包まれていた。

(む……)

 砕け散りゆく光の中で、アガラは、黒き小さな点を見た。その黒点は徐々に大きくなっていく。それは、アガラに接近しつつある人影だった。

(お前は……!)

 それは必殺のエシュタ! エシュタは光の中、アガラへと向けて疾走している!

「なぜ、お前は動けている……?」アガラは不思議に思い、動けぬ体で首を傾げようとした。エシュタはその問いには応えない。手に握りしめた鈍く煌めく刀が、その答えだ。

「よかろう。お前も……砕け散るがいい!」

 アガラの身体から絶対無敵が迸る! その力の奔流はエシュタへと向けて殺到していく。しかしエシュタは逃げない。むしろその奔流へと向かって、エシュタの疾走は加速していく! その黒髪が煌めき、流れるようにたなびいていた。そしてその刀が、下段へと構えられていく。

「!」

 アガラは見た。刀は、下段からまるで満月のような円の軌道を描いていった。その流れるような刀の軌道は──絶対無敵の奔流を受け流していた!

「バカな……!」

 アガラは目を見開く。その軌跡の跡に、三字のジュクゴが輝くのが見えた。それこそは!

必 殺 剣 !

「バカなっ!」

 アガラは叫んでいた。それは久しく感じたことのない感覚であった。己が死地にいるという実感! 斬り上げるエシュタの刀は! 「バカなぁっ!」叫ぶアガラの右腕を切断していた!

 飛びゆく右腕を視界に捉えながら、エシュタは想った。

(ミヤビって言ったっけ……あいつ、あたしだけを自由にした)

「その思惑に乗せられるのは、ちょっとシャク、だけどっ!」

 エシュタはそのままの勢いを駆り、アガラの顔面を踏み台にした。「……屈辱っ」呻くアガラを蹴り捨て、エシュタは跳んだ。

「本命は、君じゃない!」

 その跳躍の先!

「ぐふはっ!」

 瘴気に包まれ、凶悪な笑みを浮かべたフォルがいた。

「動く……動くぜぇ! なんか知らんが体が動く! ぐふふはっ!」

 フォルは宙に浮かんだままで、その手を拡げ笑った。瘴気の暴風が渦を巻き、その周囲を旋回していく。

「楽しませろ……俺を楽しませろぉ、小娘ぇ!」

 瘴気の暴風を纏い、フォルもまた、凄まじき勢いでエシュタのもとへと向かっていく。「ぐふははっ!」その視界の先で、エシュタは身を捻り、回転した。

「ぐは……?」

 フォルの主観時間が鈍化していく。その主観時間の中で、回転するエシュタとの距離が少しずつつ狭まっていく。身を捻り背後を向いたエシュタの顔がゆっくりと、コマ送りのようにこちらへと向いてくる──

「お……おおぉぉお……」

 フォルは震えた。それは死の予感だった。エシュタの顔。そこには見開かれた四つの眼があった。そしてその眼には刻まれていた。

見 敵 必 殺 !

 恐るべきその四字が! 四字のジュクゴは放っている。見るものすべての生命を奪う、必殺致命の輝きを! ──刹那!

「ぐふ……」

 フォルが失速し、落ちていく。

「これ……で……俺は死ねる、のか……?」

 落ちゆくフォルと交錯しながら、エシュタは応えた。

「そうだと……いいね」

「ぐふはっ……期待……してるぜぇ……」

 フォルの体は崩れ、灰となって散っていく。エシュタは囁くように呟いた。

「……命って、儚いね」

 回転し、ジンヤ最上層へと降り立つ。

「さよなら、可哀想な人」

【第60話「ミリシャとハンカール」に続く!】

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