スキスパムハンター_B

スキスパムハンター・B 〈欲望都市 脳都〉 第二話

前回

「なんで……なんでなのよぉ……!」

 彼女の名は堕駄打野怒怒子(だだだのどどこ)。煌びやかな世界に憧れ、最近になって脳都に移り住んできた女子大生だ。しかし──

「スキが……スキが全然つかないよぉ……」

 怒怒子は歩いていく。足を引きずりながら、薄暗い裏通りをまるでゾンビのように──

「ううっ……ま、眩しい!」

 日光に触れた吸血鬼がそうするように、怒怒子は顔をしかめた。路地の向こう。表通りから煌びやかな光が差し込んでいる。

「見て見てオラ野さん、わたし取ったよ、最スキバッジ!」
「すごーい」
「でもほら、オラ野さんの記事も公式おすすめになってるね!」
「すごーい」
「う……」
「ねぇねぇ、フォロワーが1万人越えたんだよ!」
「すごーい」
「うぅ……」
「オラ野さんは脳都酒場で「うおおおおおおおおーーーん!」

 表通りから漏れ聞こえてきた雲上人たちの会話。それが、怒怒子のハートに杭のごとく突き刺さっていた。「うおおおおお」怒怒子は号泣していた。胸が張り裂けそうだった。その瞳から噴水のように涙が溢れ出し、じょぼじょぼと地面に水溜まりをつくりだしていく。

「うぉお……悲しいよぉ……寂しいよぉ……胸にぽっかりと穴が開いてるよぅ……スキがつかないよぉ……誰か……誰かたしけてよぉ……うぉおおおお」

 脳都に移り住んで半年。きらきらとネオン渦巻く表通り。ただそこを歩くだけで、なんだか自分も華やいだようで嬉しかった。それだけで最初はただただ満足だったのだ。

 でも。

「自分も……自分もクリエイターになれるなんて思わなきゃ良かったよぉ……おおおお」

 最初のうちは満足していたのだ。自分で書いた文章をアップするだけで。それだけで本当に楽しかった。それだけで本当に良かったのだ……最初のうちだけは。

 街中にあふれるデジタルサイネージの煽り。脳都支給携帯端末、通称〈脳タン〉に溢れる数字。脳都が送りつけてくる勲章バッジ。それらが、怒怒子を少しずつおかしくしていった。

「我を誉め称えよ! もっとちやほやせよ!」

 怒怒子の裡に潜む承認欲求モンスターがそう叫んでいる。怒怒子の中に、いつの間にか怪物が育まれていた。そして怒怒子は──

「スキが……スキが全然つかないんだよぉ……」

 裏通りの薄汚い地面にくずおれる。涙で濡れた地面の泥が、怒怒子のミディパンツを染めていく。煌びやかなネオンは一転、怒怒子にとっての地獄と化していた。

「まるで……まるで失恋したみたいに……自分が全否定された気分だよぉ……わたし……わたしどうすれば……どうすればいいのよぉ……おおおおーん!」

「ねぇ」

 え……?

「キミ、どうしたの?」

 怒怒子が見上げた先。優しいまなざしで佇む、爽やかなイケメンが立っていた。

「どれどれ……」

 そう言いながらイケメンは慣れた手つきで怒怒子に〈脳タン〉をかざした。

『ピピッ……脳都クリエイターネームを受信……』

「へぇ……キミ、ドドエモンちゃん、って言うんだね」「ほえ……」

 脳都クリエイターネーム──それは脳都で創作する者に与えられるエイリアス(別名)だ。そしてドドエモンとは、怒怒子のクリエイターネームなのである。

「どれどれ」イケメンはぬるぬると〈脳タン〉をスワイプしていく。

「あっはは、なんだよこれ。おもしろ!」

 ピコン

 通知音。怒怒子の〈脳タン〉だ。怒怒子は恐る恐る端末を取り出し、そして目を見開いた。

『ナメナメさんがスキしました』

「え……?」

 驚き見上げる怒怒子の瞳を、イケメンの優しいまなざしが貫いていた。

 トゥンク……

「ドドエモンちゃんって、面白いね」
「え……///」

【続く】

この記事が参加している募集

noteでよかったこと

きっと励みになります。