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「クィア・アイ」ファン必読!ジョナサン・ヴァン・ネス『どんなわたしも愛してる』試し読み(前半)

日本でも人気急上昇中の、Netflix超人気番組『クィア・アイ』。5人のゲイ(正確には4人のゲイと1人のノン・バイナリー)である〈ファブ5〉が依頼人の人生を変える――自信を失った人々を助言とともに励まし、依頼人と視聴者にも自己肯定を教えてくれるリアリティ・ショーです。昨年11月には5人が来日した『クィア・アイ in Japan!』も配信されました。

9月4日、〈ファブ5〉のひとり、美容担当のジョナサン・ヴァン・ネスのメモワール『どんなわたしも愛してる』を発売します。ひときわ明るく、輝く笑顔のジョナサンはいったい、どんな人生を送ってきたのか――。刊行を記念して、試し読みを一部抜粋で公開します。

帯あり『どんなわたしも愛してる』

『どんなわたしも愛してる』
ジョナサン・ヴァン・ネス/著 安達眞弓/訳
2400円+税
四六判ソフトカバー 集英社刊

欠点があるってすばらしい。
もう立ち直れないと悩んでる、傷ついた人に、この本を捧げます。
仲間はずれにされても、「甘ったれるな」と言われても、あなたはあなた。
ひとりの立派な人間だから。

第1章 今のわたしを作り上げてきたもの

 植物は必ず光のある方を向くって知ってた? すくすくと育つのは難しそうなところに生えていても、植物は光のあるところを探して伸びていき、やがて立派な姿に成長する。それがわたし――わたしの人生。幸せそのものでもなく、べつに輝かしくもなく、それにね、ずっとゲイだった人生。七年生(注:日本の中学一年生)のわたしって、こんな感じだった。まんまるくて、前歯が少し出てる子で、モップみたいにボリューミーなカーリーヘアをまっすぐにしたくて、ジェルを何度も塗ってはキーキー言ってた。当時人気のハンソン兄弟みたいに、さらさらで、センター分けで、鎖骨レングスの男の子向けボブヘアにしたくて。モノクロ系のアウター、ゴツいドクターマーチンのショートブーツっていう、お気に入りのコーデで自転車に飛び乗り、モールにまっしぐら。週末のお休みの日、イリノイ州スプリングフィールドっていう、州都なのにとってもちっちゃな町に、いつかショービジネス界のスカウトが来るって信じてた。家族は兄さんたちとサッカーの試合を観戦中、クレアーズっていうアクセサリーショップの前でみんなを待ってるわたしを、だれかが芸能界の晴れ舞台に連れていってくれるの、って。そのころ憧れてたオリンピック選手のようになりたくて、リビングルームでフィギュアスケートのルーティーンを練習してた。金メダルを取る日が来たら、どんなに誇らしいだろうと考えながら。とってもキュートな衣装を身にまとい、アイドルにふさわしい身のこなしをマスターしたら(スケートも、宙返りも、歌の才能もなかったけど)、フィギュアスケート界ならミシェル・クワン、女子体操界ならドミニク・ドーズ、ショービジネス界ならクリスティーナ・アギレラ級のスターになれるかもしれない。たぶん、きっと、いつかはイリノイ州クインシーから飛び立つ日のことも夢見ていた(わたしの考えてた“いつか”って、“今すぐにでも”とイコールだったんだけどね)。

 地元のモールで才能を見いだされ、手の届かない、はるかかなたの栄光をつかむ日をずっと夢見ていたけど、2017年には地に足が着いた理想を追い求めるようになった。努力すれば達成できる、身の丈に合ったゴールを決めた。わたしはロサンゼルスとニューヨークに顧客を抱えるヘアスタイリストになった。これはもう感謝しかない。ふとしたきっかけで、ヘアスタイリストをやりながらミニ動画シリーズ『ゲイ・オブ・スローンズ』を配信することになった。この年の春、わたしはアトランタに飛び、4人の新しい仲間と、夢みたいなプロジェクトの撮影に入った。わたしたちはゲイの世界で羨望の的とも言える五つの椅子を手に入れたけど、それが畏れ多いほどのチャンスなのは、ファブ5自身が一番よくわかってる。公民権運動に携わった詩人のマヤ・アンジェロウから学んだこと、最高の瞬間を目指しながらも、最悪の時期への備えを忘れなければ、きっと足をすくわれることはない。“たったひとりのゲイとして後ろ指を指される、トウモロコシ畑だらけの小さな町”を離れるミッションを達成し、今では、トレーダージョーズでお買い物してたって、わたしのレギンス姿に眉をひそめるような人なんていない、ゴージャスな大都市で、堂々とクィアな暮らしを営む自由を手に入れた。わたしは今、とても、幸せ。

『クィア・アイ』の配信がはじまってから1年後の2月、わたしは打ち合わせのため、『タウン・アンド・カントリー』誌のオフィスに向かっていた。雑誌の打ち合わせってどんなことするかって? わかるわけないじゃん! でも『アメリカズ・ネクスト・トップモデル』はテレビで何シーズンもがっつり観てきたし、自己アピールには自信があった。

 約束の時間より早めに着いたので、時間をつぶそうかなってコーヒショップに入ったら、手間暇たっぷりかけて髪を編みこんだマイクロブレイズに、大きなサングラスをかけた女性がわたしを呼び止めてから、大声でカウンターのスタッフに言った。「ちょっと、あんたが接客中のこのホモのオーダー、わたしに全額ツケといて!」

 最初はちょっと、理解できなかった。この人、わたしをホモって言った?でも、彼女の笑顔、びっくりするほど打ち解けた態度から考えて、この人はわたしの大ファンで、憎めない人なんじゃないかと思った。失礼な人? いい人? ダブルで理解不能になっちゃった。約束の時間はまだ先、知らない人から声をかけられた。ちなみにこのとき、朝の八時十五分、ゆうべ吸った葉っぱ がまだ残ってて、軽くぼうっとしてたし、それ以前に、今日飲むコーヒー、まだ決めてないんですけど! だからわたしは「どうもね、クイーン」ってお礼を言ってから歩きだした。

 で、二歩も歩いたかな、女の子ふたりにまた声をかけられた。『クィア・アイ』がなかったら生きていけないって感じの大ファンで、自撮りするから一緒に写ってほしいって頼まれた。「もちろんよ、お嬢ちゃんたち!」って応じたら、外にいた女の子たちも自撮りに写り込もうとしてお店に入ってきたから、すっかりファンミーティングっぽい雰囲気になっちゃった。最初に声をかけてきたブレイズの彼女も自撮りに加わって、結局わたしが、プチ・ファンミーティングのフォトグラファー役を務めることになったの。新しくできたお友だちにお礼を言って、コーヒーショップを出ると、『タウン・アンド・カントリー』誌のオフィスにコーヒー抜きで向かった。結局買いそびれちゃった。でも楽しかった。わたしってそんなに人気者? って、びっくり。

 打ち合わせ先に向かう途中、横断歩道を渡ってたら、とっても感じのいい男性に呼び止められて、わたしの人生とか、番組のこととか、いろいろ、二十種類ぐらい質問された。立ち止まって、最後まで答えた。基本、人に喜んでもらえるとうれしい方だし、彼に恥をかかせたくなかったからだけど、約束の時間より早く着いたはずだったのに、打ち合わせに遅刻しそうな時間になっていた。そんなこちらの事情を彼にわかってほしくて、わたしはゴージャスなガゼルみたいに華麗なジャンプを決めて、ハースト社のビルの入り口に飛び込んだってわけ。

 アトランタですてきな仲間たち(ファブ5)と『クィア・アイ』を撮影していた2017年、番組のことはごく一部の人たちをのぞいて、だれも知らなくて、プロデューサーや、10年前に人気を博した番組がリブートすることを知っていた関係者たちから「これから人生が変わるけど、覚悟はできてる?」って言われた。わたしはその都度「やだ、もちろん! 番組の情報が解禁になる日が待ち遠しい、今までも年に一度のゲイの祭典〈プライド〉に顔を出したら、1日で3回から7回ぐらいはファンに声をかけられ、一緒に自撮りしてきたんだし、覚悟なんてできてるに決まってるじゃない!」って答えていた。まさかこんなに変わるなんて思いもしなかった。それまで以前と変わらない、いつもどおりの生活を送ってきた。ところが配信から一夜明けたら、180度変わった。どこに行っても、みんながわたしのことを知っていた。


(中略)


 人生が変わる覚悟があるかって聞かれたとき、わたしはその意味をちゃんと理解してなかった。わたしがどんな人間かを知らないのは、赤の他人だけじゃない。わたしの中で違和感が生まれた。だれかと目が合うと、小さな疑問の声が聞こえるようになった。

 ほんとうのわたしを知っても、ファンでいてくれるの? わたしの人生をすべて知っても? わたしの人生にどんなことがあったか、すべて知ったあとも?

 自分でもとことんポジティブだと思う。でも、それはわたしの一部にすぎない。華やかな自分、強い自分は大切にしたいと思っている。けれどもわたしには別の顔がある。打ち明けるには少し怖い、秘密にしていた部分がある。たとえば、ポジティブでありたいのに不安定な心を、ドナルド・トランプの石頭をトウモロコシ色の毛髪が覆うよりも姑息に、なかったこととしてごまかしていた。それに、たくさんの男性と寝てきた――身も心もひとつになりたいなんてぜんぜん思えない相手と、山ほどセックスしてきた。働き者で人気者のわたしにとっては、とうてい耐えられない自分ね。過食症のエピソードとか、できれば触れたくなかったエピソードがあるのに。アニメ『アナスタシア』の舞台となった、帝政ロシアのロマノフ朝のことや猫のこと、減税や規制緩和のことなら、断固とした主張をするし、望まない妊娠をしてしまった女性たち、マリファナを吸うことの是非、根強いレイシズム、連邦刑務所制度改革については知らん顔を決め込む共和党政権への批判となると、話がエンドレスになっちゃう。ジョナサンったらしゃべりすぎ、喉でも痛めて、ずっと黙っててくれないかな――って思われてそう。自分のプライベートにこれだけ踏み込んだ話をすると、心の奥底にあった不安が浮上してくる。これまで秘密にしてきた話を打ち明けたら、みんな、わたしをきらいになるかもしれない。もう、わたしを愛すべき新しい仲間として迎えてくれなくなるかもしれない。

→(後半につづく)


※書誌情報、ご予約はこちらから。

https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-773505-5

タン・フランス『僕は僕のままで』好評発売中!

https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-773502-4

OVER THE TOP by Jonathan Van Ness
Copyright©Jonathan Van Ness, 2019

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