月の帳①

 ホタルという名の少年が、羽の生えたシマウマの背で目を開くと、辺りはバケツいっぱいの金平糖を撒いたような星空だった。

 星々は針で突いたような小さなものからビー玉ほどもある大きなものまでひしめき合って夜空を埋め尽くし、時たま流れ星がその間を縫って走った。尾を引く箒星は、弧を描いて地平の彼方へ消え、残された星屑はゆっくりと中を漂いながら、天の川の本流に飲まれていった。

 星たちは静かな光と柔らかな闇をホタルに投げかけた。それは前途を祝福する壮麗なヴェールのように思われた。ホタルは両手を水平に広げ、そのヴェールを纏ってシマウマと共に月に向かって駆けていく。

 ホタルはシマウマの首筋に腕を回し、たてがみに顔を埋めた。鼻から大きく息を吸うと、豊饒な草原の香りがした。ホタルは右手でシマウマの美しい毛並みをそっと掻いた。円を描くように指を這わせ、毛の一本一本の感触を確かめた。シマウマは気持ちよさそうに喉を鳴らし、規則正しいリズムで躍動した。

 シマウマは月に向かって大きく嘶き、力強く跳ね上がると、翼を広げて更に飛翔した。ホタルは風圧から目を守るために、再びたてがみの中へと顔を潜らせた。風でホタルの髪は総逆立ち、麻の服は時化の海のように激しくはためいた。

 シマウマは見えない階段を駆けあがるようにしてぐんぐんと上昇し、ホタルが顔を上げると、巨大な満月が目の前にあった。それはあまりに巨大で、クレーターの一つ一つをはっきりと見て取ることができた。銀色の月光に照らされた風がホタルの体を抜けると、心臓が丸ごと洗われたような心地がした。

 ホタルとシマウマは月の引力に引かれるようにして、月の中心へと駆けた。いくつもの雲を超え、長い時間を二人は走り続けた。月は大きくも小さくもならず、ただ夜空を銀に染めるためだけに鎮座していた。

 下を見下ろすと、広大な雲の海が広がり、イルカの群れが跳ねるのが見えた。イルカたちは互いに声を発しながら、彼らもまた吸い寄せられるように月へと泳いでいく。

 雲のカーテンが幾重にも覆う向こう、月光が人際折り注ぐ場所に、小さな島が浮かんでいた。草原の広がる島で、宙を覆う千切れ雲の一つから虹が架かっていた。ホタルとシマウマは虹のスロープを減速しながら駆け下りて、草原の島に降りた。

 風は極めて緩慢に流れ、見守るように島を巡る。芝や野菊やすみれは銀色の輝きを受け、穂先をひょこひょこと揺らしながら、来訪者を歓迎した。

 島の中心は小高い丘になっていて、その更に中心に一本の逞しいねむの木が立っていた。ホタルはシマウマから降りて、歩いて丘を登った。草花がホタルの足をくすぐり、それがひやりとしていて気持ちが良かった。

 ねむの木の根元まで来ると、ホタルは幹にもたれかかって座った。地面にはねむの木の葉と月光が、銀のまだら模様を織り成して、その模様が風の仕業で波打つように動くので、まるで魔法の絨毯に乗っているような錯覚を見た。シマウマはホタルの近くに足を折って座り、草を傷つけないように甘く噛んで、露を吸って喉を潤した。

 とても静かだった。微風に揺れて草の擦れる控えめな音が、ホタルをまどろみの中へと誘う。瞼が下がり、銀の月明かりと黒の木陰が溶けて混じり合った。

 ホタルは月の帳に囲われた、名もない島で目を閉じた。

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