月の帳②

そこは、地平や重さがあるような無いような、朧げな場所だった。白く澱んだ空気の中を、体がふわふわと漂っている。ホタルは軽い目眩を覚えた。誰かの夢の中に間違って迷い込んでしまったような感覚だった。

振り返ると、シマウマがいた。シマウマはホタルのように頼りなく浮遊することはなく、彫刻のようにバランス良くきちんと立っていた。やがて美しい翼を孔雀のように広げた。それは何かに祈るような仕草に思えた。

突然、ホタルの目を黄金の強い光が眩ませた。ホタルは反射的に手で目を覆った。押し寄せる熱風がちりちりと肌を刺す。息を吸うと、沸騰したような空気が肺の中で煮え、むせ返った。ホタルは指の間から、恐る恐るその光源を見た。

シマウマの体が燃え上がっていた。天を衝くような激しい炎が、シマウマを包んで踊っている。炎はくるくると舞い、シマウマは動かない。炎を纏った体は竜の鱗のように鮮やかで、垂れた頭は復活を遂げる不死鳥のように厳かだった。

炎はやがてシマウマを呑み込み、白い灰に変えた。白い灰はあっという間に風にさらわれて消えた。ホタルは動くことができなかった。肌には、炎の圧倒的な熱がまだ燻っていた。ホタルはシマウマがいた所に手を伸ばした。その手は何に触れることもなく、ただ空を切るのみだった。

体を支える浮力が消えた。ホタルは落下した。

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