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辺境の人

「ノーベル経済学賞に最も近い先生」とも評されていた経済学の大家、故・宇沢弘文先生。

時代がやっと追いついてきたのか、宇沢先生の提唱されたコンセプト「社会的共通資本」は以前にも増して注目される場面が増えているように感じる。スティグリッツが「宇沢先生の思想は30年後に理解される」と言ったそうだが、その時がコロナで早まったのかもしれない。

その宇沢先生を父に持ち、「社会的共通資本」の考え方を世に広める医師、占部まりさん。ここ数年、親しくおつきあいさせていただいているが、先日久しぶりに勉強会でお話を伺う機会を得たので、メモ。

「今、このコロナに対して、父は(もし生きていたら)何を言ったのかなと思って過ごしています」という占部さん。宇沢弘文先生は、鳥取県の米子で育ち、お寺に住んで和尚さんと交流を持ったこともある。『貧乏物語』を読み、数学から経済学へ転向。論文がケネス・アローに認められ、スタンフォード大学へ。英語が苦手だったので、当初アローは偽物が来たと思ったらしい。38歳の若さでシカゴ大学に教授として赴任。当時のシカゴ大学にはミルトン・フリードマンもいた。宇沢先生は学者としては一つのことを突き詰めていくことに真摯だった。スティグリッツなども大学院生として宇沢先生の講座に出ていた。ベトナム戦争があり、日本に帰る。給料は20分の1に。水俣病などの公害問題も抱え、決して豊かにはなっていなかった日本社会。

葛藤の中で書いたのが、『自動車の社会的費用』で、この本はいまだに再版されている。なぜかといえば、「人の命をお金に換算することから離れている」ところが非常に重要なのではないか、と占部さんは考えている。その当時は、交通事故で失われた命をお金に換算するような社会環境があったが、宇沢先生は「そうではないでしょう」と。なるべく交通事故が起こらないようにする工夫にも車の恩恵を受ける人が払うべき。そのようなアイデアは、当時先生の講義を聞いていたジェフリー・サックスにも受け継がれたに違いない。「誰一人取り残さない」を掲げるジェフリーのSDGsにも、社会的共通資本というアイデアが入っている。SDGsのカラーホイールは社会的共通資本の象徴。豊かさや、豊かな社会の定義もしっかりされている。

社会的共通資本の3つの軸は、自然環境、制度資本、社会的インフラストラクチャー。自然環境を取り入れたのは宇沢先生が初めてではないか。研究者には前期宇沢・後期宇沢と分ける人もいるが、宇沢先生は晩年にも数学で社会的共通資本を記した。「古典物理学でアインシュタインが相対性理論を生み出した。古典経済学においてはこれはそれに相当するものかもしれない」とご本人が語られていたとか。比例型炭素税の発想。『自動車の社会的費用』は韓国語、『社会的共通資本』は中国語に翻訳されている。

以下は、そのような「社会的共通資本」の発想を踏まえた、占部まり医師による医療に関するお話からのメモ。

・医療は信任である。「病を治す」ことを目的とするサービスとしてみると、(人間誰しも死が避けられないのだから)破綻する。しかし、信任であれば死も許容される。医療は専門家集団によって高い倫理観で運営されるべき。「病院が多ければ人々は健康になるのか?」そうではない。病院は、そこにあるだけでいい。

・社会保障は高齢者が少ない時代に作られた。今は全く違う人口構成でプラトーに近づいている。今こそ新たな社会保障制度を再検討すべきとき。

・75歳以上の急性心筋梗塞の患者の生存率、お見舞いに誰も来ないと69%が死亡するが、1人お見舞いに来ると43%、2人以上お見舞いに来ると26%へと死亡率が下がる。いかに救急体制を整えても、治療が進歩しても、これ(お見舞い)を超えるインパクトを出すことができないと言われている。高齢者がいかに元気で健康かということは、人との「つながり」が左右する。

・「弱者を切り捨てると自分が辛い」ということ。占部さんの友人のお子さんは、医療ケア児。コロナ禍において、その子がインドのデリーで幸せに笑って暮らしているということを知っていることが、大きな心の安らぎになった。何ができるの?ではなく、その子がいるだけで支えになる。

・健康は状態ではなく能力である。オランダ発のポジティブヘルス「社会的・身体的・感情的問題に直面した時に、適応し、本人主導で管理する能力」が注目される。ガンになったとしても、それができる人は「健康」であるということになる。

・今の診療報酬制度は人々が病院にかからないと収入がない。なので「人頭払いと距離」によって診療報酬を支払うべきではないか。地域ごとにケアする人数と距離で報酬を設定すれば、過疎であっても医療が可能になるのでは。

・郵便局や公民館を活用した診療所を作る。医学知識のあるナース、あるいはそれを補完する「コミュニティナース」がいることで、実現できるのではないか。

・ロボットのオリヒメも活用できる。法人だけでなく個人にもリース開始。

分身ロボット「OriHime」OriHime(オリヒメ) - 分身ロボット「OriHime」 | OriHimeは人工知能ではありません。OriHimeorihime.orylab.com

・イギリスは社会的処方の導入で医療費が下がった。

・フィンランドの「ネウボラ」は妊娠から小学校までずっと同じ人に相談できる仕組み。

・実際の患者さんたちにどのように伝えるかという通訳者としてかかりつけ医が大事な役割を果たすのだけど、必ずしもそのように機能していないのは要改善。

・人は楽しくないと動かない。恐怖で動かせるものは長続きしないし、いい方向に行かない。自分で物事を考えることでドーパミンが出る人たちはいいけれど、そうではない人の方が多い。わかっちゃいるけど、動けない。楽しい仕組みを作ること。

・訪問診察・緩和ケアなら、佐々木淳先生がトップランナー。意識の高い医療者をみつけたければ、訪問診療に取り組んでいる人には多いだろう。訪問診療は保険点数が高いので、意識の高い先生はそこで得た余剰金を他のことに回している。人を雇い、訪問歯科とも連携する。

在宅医療のトップランナー 佐々木 淳が語る「在宅医療のいま」vol.1 - 読む | 栄養指導Navihealthy-food-navi.jp

・社会的処方のテーマでは、神奈川県の西智弘先生が活躍。著書『社会的処方』にも注目。

・優れた高齢者施設の事例としては、神奈川県藤沢市の「あおいケア」が有名。地方自治体なら、農園付き老人施設なども有望では。畑で歩いて転んでも、骨は折れない。

以上、学んだことメモの共有でした。

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