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接触確認アプリ「まもりあいJapan」において、UXとUIのデザイナーたちが大切にしたいと思っていたこと

皆様、はじめまして。Goodpatch Anywhereの大橋と申します。Goodpatch Anywhereは2018年にスタートした、日本各地にいる専門家がフルリモートで仕事をしているデザインチームです(Goodpatchというデザイン会社の事業部門のひとつです)。

私たちGoodpatch Anywhereは、Code for Japanが中心となって有志チームが開発を進めてきた、接触確認アプリ「まもりあいJapan」の設計において、ユーザーとなる皆さんが触れることになるアプリの画面デザイン、機能、通知の内容、お伝えすべき情報などについてエンジニア、公衆衛生や感染症の専門家と連携し、関係者にお話を伺いながらデザインやユーザーテストを重ねてきました。

既報のとおり、日本では今後、接触確認アプリを公的に導入することが決定されたため、本チームではサンプルコードや仕様の公開を通じて、接触確認アプリの開発と普及をお手伝いしていくことになりました。これまでの経緯については、Code for Japanの関さんのnoteなどをご参照ください。

現在、様々な方が、接触確認アプリに期待や不安を寄せていると思います。このnoteでは、デザインの過程で私たちが大切にしたいと考え、取り組んできたことをお伝えしていきたいと思います。

アプリのデザインだけでは解決しない課題はたくさんあり、その多くには、社会的な取り組みや、民主的な意思決定プロセスが欠かせません。どのようにすれば、より多くの人々が安心して生活や文化を立て直せるのか、広く考える一助になれば幸いです。

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まず、メリットはなんなのかを見出す

本アプリの普及と適切な運用が進めば、保健所の濃厚接触者調査(積極的疫学調査など)が機能しない状態だったり、接触した相手が誰だったかわからないような、聞き取り調査では把握できない接触が起きていたときに、自分が濃厚接触をした可能性をいち早く知ることができます。

加えて、以下のような展開の可能性について検討を重ねてきました。すべてが実装されているわけではありませんが、今後の議論の下地になることを期待し、いくつかを例示しておきます。

「濃厚接触」の具体的な感覚を実感できるようにすることで、見えない怖さを一定程度、見えるようにすること
もしこれが感染者の方との接触だったら危険だった接触の可能性を通知し、毎日の行動を振り返り、適切な対処を行うためのサポートになる情報を、継続的に提供すること
お子さんなど、自分では自覚や症状の説明が難しい方の接触可能性をいちはやく見つけること

プライバシーと
向き合う

デメリットとしてまず思い浮かぶのは、プライバシーに対する懸念だと思います。最終的に決まった本アプリの仕様案ではGPS、電話番号、住所、氏名などの個人を具体的に特定できる情報を取得しないことになっています。

また、接触可能性の判定はアプリの中だけで行われ、結果のデータもアプリの外に送信されません。たとえ接触の可能性に関する情報であったとしても、この情報をどう取り扱うか決定する権利はユーザーが持っているからです。接触可能性の判定はアプリの中だけで行われますが、そのデータはどこにも共有されないため、あなたが接触した可能性を、たとえ保健所であっても勝手に把握することはできない仕様になっています

2020年5月18日追記:本アプリの技術的な解説について詳しくは、以下の記事をご参照ください。

このように、セキュリティの専門家が最大限プライバシーを保全する仕組みを作っていたとしても、実際にアプリをインストールするユーザーがどう受け止めるか、何を想像するか、不安に思うのか、このようなテクノロジーを導入することによって、私たちの想像力の向こう側でどんな変化が起きてしまうのか、虐げられる人々が出てきてしまわないか、私たちは常に問い続け、広く解決の道を模索していく必要があります。

今回のようなアプリの安全性については、東日本大震災(福島第一原子力発電所事故)の事例を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。絶対的な安全性をうたいコミュニケーションの門を閉ざすのではなく、広く開き、考え続けなければなりません。このアプリは、ダウンロードしてもしなくても、すべての人が当事者です。

接触確認という言葉から受ける印象と、実際の仕組みとの乖離をお伝えする

接触確認アプリと書いてあるわけですから、ちょっと見聞きした印象からは、濃厚接触の定義(このnoteを書いている時点では、1メートル15分以上)に沿って確実に検知しているのだろう、と感じますね。でも、アプリには限界があります。いくつかの例をご紹介しましょう。

多くの人が入れていなければ、
機能しにくい

AppleやGoogleがOSレベルで対応するとはいっても、アプリをインストールしない限りは機能しません。仮にあなたが100人の人と実際に接触したとして、その100人がアプリを入れていなければ、検知することはありません。でもアプリを入れていたら、心のどこかで「今日はアプリが反応しなかったから安心だ」と思ってしまうことでしょう。実際には、そうとは限らないのです。この課題を解決する方法はひとつで、「とにかく多くの人がインストールすること」です。

そのためには、透明性のあるやり方で、アプリをインストールしてもプライバシーが脅かされない(あなたの尊厳や、生活を守るのに必要なものが脅かされない)ことを、接触確認アプリに関わるすべての組織や人々が約束し、実際に守り、課題があれば絶え間なく修正していく必要があります。

検知したからといって、
確実に接触したとは限らない

もしアプリで「接触通知」がきたとして、それは何を意味しているのでしょうか。この通知は感染したことを意味しているのでしょうか?実際は、そうではありません。検知の精度はそこまで厳密ではないと想定されていますし、接触したからといって感染するとは限らないためです

このアプリでは「他のユーザーと接触したかどうか」を判定するのに、Bluetooth(BLE通信)を使っています。これはいわばコロンブスのたまごに近い、発想の転換によって可能になったやり方です。

本来、Bluetoothは無線のヘッドホンや折り畳みキーボードなど、近くにある機器をケーブルを使わずに接続するために用いられるものです。信号強度などから距離を推測しているので正確な距離を測っているわけではありませんし、様々なメーカーが出している端末ごとに違いがあります。

センサーが取得するデータには誤差があるのです(開発チームはなるべく高い精度を出すべく、現在も調整を続けています)。ですから、検知したかもしれないし、しないかもしれません。危険な距離だったかもしれないけれど、ついたてを隔てて、実際には安全な場所にいたかもしれません。そういったことまではアプリではわかりません。

接触通知がくるまでには、時間差がある
(だが、入れていたほうが発見が早い可能性がある)

アプリに通知がきたその瞬間には、数週間が既に経過しているかもしれません。このアプリは、確かに新型コロナウイルス感染症に罹患した方との濃厚接触の可能性を通知しますが、濃厚接触をしたあとすぐに判明するわけではないので、必ず時間差があります

それならば、その間に体調が悪くなっていなければ大丈夫と思いがちですが、症状が出ないからといって感染していないとは限りません。可能な限り、適切な感染拡大防止の手だてを講じる必要があります。

あいまいさと明確さの間で最適解を探るために

以上のように、このアプリには様々なあいまいさがあります。なにができて、なにができないのか、ユーザー自身が適切な判断を下せるよう情報を提供する必要があります。

しかし、そうした情報はユーザーにとって、大きな負担になります。理解を求めるのではなく、できるだけ情報を受け取る負担を軽減し、自然に理解できるよう、一定の明快さとのバランスを探る必要があります。

また、なんであれ「濃厚接触があったかもしれません」と表示されれば、心理的にはものすごく不安に思ってしまうことでしょう。病院や保健所に連絡を取りたくなるかもしれませんし、なんとなく気分も悪くなってしまうかもしれません。通知を受け取ったユーザーの隣には、子どもや基礎疾患をお持ちの方がいるかもしれません。

あるいは表示がないことで、逆に安心してしまうことも起きうるかもしれません。アプリが一体何を伝えているのかを適切に理解できなかったり、正常化バイアスや認知的不協和、不適切なインセンティブが発生することによって、推奨されているのとは別の行動を促してしまう可能性もあるのです。

設計の過程では、不安や疑問に寄り添うことを目指し、情報提供の基準をガイドラインとして定めながら、様々な状況にある方が、このアプリをインストールしたときに疎外感や強い不安を感じずに、アプリをいわばお守り代わりに、その人にとっての適切な行動がとれることを目指して、インターフェイスの設計に取り組んできました。

ですが本来的にはそれだけでは十分ではなく、このアプリに対する理解と役割、接し方については、専門家の知見を踏まえた社会的合意を地道に形成していく必要があると私たちは考えています。

適切な支援体制の構築が不可欠

今後アプリが普及し濃厚接触の可能性を知らされる人が増えていった場合を考えると、そうした方々への情報提供の適切性の検討だけではなく、支援についても検討が必要です。

お仕事を続けなければならない方、学生さん、妊娠中の方、基礎疾患をお持ちの方、日本語が不自由な方、アクセシビリティのサポートが必要な方、様々な方がいらっしゃるなかで、不安を感じる通知が届いたその瞬間に必要なサポートを、誰かが孤立したり、排斥されたりしないように構築する必要があります。当事者に寄り添いながら、適切な解決策を模索し、支援を行うためには、情報を提供するだけでは限界があります。

都道府県ごとの状況によって、事情やできる支援に違いがあることへの配慮も必要でしょう。濃厚接触をした人に対し、地域の状況に応じたきめ細やかな情報提供ができるのが理想ですが、どのようにすれば、的確な情報発信の体制を整えられるのでしょうか。実際、どのような状態であれば医療機関を受診していいのか、情報の発信をめぐる問題も喫緊の課題になっています。

新型コロナウイルス感染症の感染が拡大するにつれて、私たちはたくさんの情報にさらされてきました。そのすべてが、今まで大半の人にとって、見たことも聞いたこともない新しい言葉です。テレビや新聞、インターネットに流れてくる情報に、すっかり疲れてしまった人も多いことでしょう。適度に恐れることが大切です、ともよく見聞きしますが、適度が何をもって適度なのかが分からないために、ストレスを感じる方もいるでしょう。

そして今まさに生活が脅かされ、精神的にギリギリのところに追い込まれている方も本当にたくさんいらっしゃると思います。経済的な理由で追い込まれている方にとっては、接触確認アプリを入れることによって(そしてもし通知がきて)働けない状況に追い込まれるのでは、と感じる方もいらっしゃるでしょう。職場や学校などの所属組織にインストールを強制されるのではと恐れを抱く方もいらっしゃるかもしれません。

保険行政や医療機関のサポートになるのか

前述のように、不安を感じたり苦しい状況に追い込まれている方に必要な情報をお届けし、サポートをする一助になるのは、私たちの重要な役割です。一方で、アプリに表示されている情報をきっかけに、保健所や医療機関に人々が殺到してしまうことは避けなければなりません。

アプリの提供が実際に始まったあと、社会全体を通じて対応していかなければ達成できないことがたくさんあるのです。

問いかけを未来に残すアーカイブ化の検討を

アプリや画面の設計をしてきたチームでは、以上のようなことを考えながら、どうやすればこのアプリが社会のなかで有効に機能するのかを考え続けてきた1ヶ月でした。インターフェイス、通知、イラストなどのグラフィックの細部に至るまで、チーム全体で悩みながら作業を続けてきました。

正解は正直にいって、誰にもわかりません。

知る限り日本で初めての、このアプリの開発の取り組みについて、どんな議論がかわされ、どんな意思決定がなされたのかは、これからオープンになっていくと思いますが、オープンの射程は、50年後、100年後の人々にも向けられるべきです。

有志チームが取り組んできた過程を示す大切な資料群を含めて、この災禍への様々な取り組みを、どうやって残していけばいいのか、ぜひ日本のアーカイブ機関の方々のお知恵と資源をお借りしたいという思いをお伝えし、本稿を終えたいと思います。

なお、日本のデジタルアーカイブに関する活動を行っているデジタルアーカイブ学会では、既にアーカイブ活動への呼びかけが始まっています。こうしたアーカイブを担う博物館や美術館、図書館、文書館、ギャラリーへのご支援、そして活発な利用によって、アーカイブの継承は成り立ちます。その一端をシビックテックが担い始めていることにもご注目ください。

2020年5月18日追記:総勢43名という大きなチームで、どう人に向き合い、人に寄り添うかを、弊社のUXデザイナー五ヶ市がnoteにしています。こちらもご参照ください。
2020年5月21日追記:当初「まもりあいJAPAN」と表記しておりましたが、「まもりあいJapan」に修正しました。


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