松本てふこ句集『汗の果実』

てふこさんの句は派手だ。
社畜とかおっぱいとか日本共産党本部とかラメ入りの蝶ネクタイとか勃ってるとか、パンチのある言葉がよく登場する。
けど、てふこさんの句を読んで「ふざけすぎだ」とか「こんなの俳句じゃない」と怒る人は、たぶんいない。
てふこさんの句の中で、目を引く言葉は、決して猫だまし的には機能していない。
決まり手は、例えば突き倒しや内掛け。
それは私にとって目指すベクトルそのもので、てふこさんはひとつのロールモデルないし到達点だと思っている。

てふこさんの第一句集が、昨年末、ようやく出版された。
http://youshorinshop.com/?pid=146895300
好きな句はたくさんあるけれど、せっかく(?)なので、あまり他の方が引かなそうなものをいくつか引くことにする。

バレンタインデーやとろりと神田川

手ぬぐいマフラーの強固な印象をうっちゃる、神田川の新機軸。「とろりと」の妙。

卒業やもやしラーメン大盛で

もやしラーメン大盛の、ささやかな特別さ・威勢の良さと、同時に日常の繰り返しでもある感じ。
と書くと、卒業の日の気分とぴったり相似で、“つきすぎ”的にすら思えるけれど、「もやしラーメン大盛で」だけからは、もちろんそんなことは全く連想しない。こう句にされてはじめて、卒業ともやしラーメン大盛りが“響く”。
学食か、学校近くの街中華。なんとなく大学より高校っぽいから、学食かな。
もやしラーメンは、しょうゆ味で、たぶんあんかけになってるやつ。

炭坑節ならばと踊りはじめけり

身に覚えがある。

酔つてゐますと始め寒中見舞かな

酔っていることの公表を導入にするのは、およそ不要な自意識に基づいた何らかの予防線である（身に覚えがある）。
賀状ではなく寒中見舞。年が明けてから、おそらく受け取った賀状への返信として書いている。
元恋人の云々、と読むのはあまりに安直かもしれないけど、相手が誰であれ、そこにはカジュアルな文面を送れる親しさと、屈託の両方がある。
この句自体が、その自意識と、その自意識を自覚していること両方の表明でもある。

手花火は頬を素直に照らしをり

手花火が頬を照らす、という景は、いくら詩・文章表現としてありふれていると言われたって、現実として起こり得る。
それを見（てしまっ）た、感じ入っ（てしまっ）た以上、「ありがちだから避けよう」ではなく、句にし（てしまっ）てもいいはずだ。
「素直に」と言うことで、そこを逆手に取って(?)成立させる巧みさ。
「素直に照らし」ていることを、「素直に書い」たっていい。

秋灯のこれらすべてが世田谷区

実際のところ区境はそんなに明確なものではないし、特にもし高所から見ているならば「すべて」は不正確な見立てなんだけど、妙に、わかる。
個人的な話だけど、城南に生まれ育ったわりに世田谷区には縁が薄くて、下北沢にせよ三軒茶屋にせよ、どこかアウェイ感と憧れが同居している感触が常にある。
三茶の246沿いあたりの、寂しくもあたたかい秋の夜の灯は、その感触を強く思い起こさせる。
もちろんフィッシュマンズ『宇宙、日本、世田谷』を思わざるを得なくもある。

空高きことにも触れて弔辞かな

ぐっときた。
あらたまった挨拶ではだいたい、お作法(?)として用もなくお日柄のことを言ったりするもので、しゃべっている側はそんなつもりだったかもしれない。
けど、弔事に於いては、聞いている側の感受性が鋭敏になっている。その日の空の高さは、この弔辞とともに、ずっと記憶されるんだと思う。

ところで、『俳コレ』やnote、ほかいくつかの媒体の掲載時に読んでいて、知っていた句も多いのだけれど、こうして句集を読むと、知っているはずの句の趣きがまるで違って感じられることにも驚いた。

てふこさんの俳句は、例えば有名な「会社やめたしやめたしやめたし落下飛花」などに代表されるように、つらさを題材としていても、どこかコミカルだったり、飄々としている印象を持っていた。
それが『汗の果実』では、句の並びによるものなのか、ページを繰る動作を伴って畳み掛けられるからなのか、あるいはレイアウトによるものなのか、陰鬱さや、じとっとした感じ、ないし、句が持つ鋭利・鋭角な側面が、より強く印象づけられる。
（だから、途中で「冬暁の小高き山として夫」みたいな句が出てくると、ちょっと安心する。）

「編む」というのは面白いものだな、と思う。
上に挙げた句も、本の中ではまた趣きが違うはずなので、未読の方はぜひ。

※そんな松本てふこさんをゲストにお迎えし、神戸・ポートアイランドを歩いて俳句を作るイベントを、2020年1月12日（日）に開催します。
俳句経験の有無に関わらず、景色や言葉をおもしろがることが好きな方のご参加を心よりお待ちしています。
https://www.reallocal.jp/72569