時間の無い世界で、また君に会う 第9章 自由なタクシー
〜前回までのあらすじ〜
時間の存在に疑問を持つ少年「トキマ」はある日、夜道で「時間をなくしてみませんか?」と書かれた一枚の紙を見つける。
紙に偶然載っていた住所を頼りに埼玉県の川越市に行き、そこで時の鐘を鳴らすと一時的に時間を無くすことができる力を持つ一人の少女"咲季(サキ)"に出会う。
ある日、咲季と池袋で遊んだ帰りに「次の日も会おう!」と待ち合わせをするが、起きてみると時間がなくなったままで、咲季はどこにもいなかった。
咲季を探す手がかりを見つけるために図書館で借りてきた本を漁っていると、「時切稲荷神社」という文字を偶然見つけた僕はその神社について詳しく知るために地元の神社に向かう。
そこでジショウおじさんから時切稲荷神社について詳しく聞いた僕は走り出した。
僕は走りながらキョロキョロとタクシーを探した。
時間が無い世界。
時間をもとに正確にやってくる電車やバスは時間が無ければいつやってくるのか分かりもしない。
対して、タクシーは時間に縛られずに自由に走っているので、時間がなくなってもいつもと変わらず乗れる。
まさにタクシーは時間の枠から外れた乗り物なのである。
「なんか似てるな…」と呟いている僕の横を一台のタクシーが通りすぎろうとした。
「あ、ちょっと待って!」と僕は慌ててそのタクシーを追う。
運転手が僕に気づいてくれたのか、タクシーは道の横に静かに止まった。
後ろのドアが静かに開き、僕はタクシーに乗る。
「おじさん!東京駅まで!」
「あいよ!」とおじさんは開けたドアを閉める。
タクシーが大きな音を出しながら勢いよく出発すると、僕の身体は後ろへ倒れた。
「あんちゃん!シートベルト!シートベルト!」
おじさんは前を向きながら僕に言う。
「あ、すいません!」と僕はすっかり忘れていたシートベルトをする。
「東京駅ってことはこれから旅行かい?」
「はい!」
「そうだと思ったよ。最近、旅行に行く人が増えてるからね!」とおじさんはハンドルを回す。
「そうなんですか!」と僕は驚く。
「あの〜時間が無くなってから。確かあの頃からだね〜。」
「でもなんで増えたと思う?」
「なんだろう…」と僕は見当もつかず考え込む。
「あんちゃんはどんな時に映画を見るんだい?」
「見たい映画があった時!」
「じゃあ温泉に行く時はどんな時だい?」
「温泉に入りたい時!」
「どっちも見たい!入りたい!って思いで行くのかもしれないけど、思いの前に大事なことがあるんだけど分かる?」
「大事なこと…大事なこと…」
赤信号でタクシーが止まり、おじさんは僕の方を振り返る。
「心の余裕だよ。」
「旅行って江戸時代の頃にめちゃくちゃ流行ったのは知ってる?」とおじさんが聞いてくる。
「はい。少し聞いたことがあります。伊勢参りとかですよね?」
「そうそれ!あんちゃん歴史詳しいね!それなら話が早いわ!」
「ありがとうございます。」
「江戸時代って戦いが無くなって平和になったでしょ?その平和が人々に心の余裕を持たせたんだよ。」
「その心の余裕から人々が娯楽に向き合えるようになった。旅行とかはその代表例だね。」
「なるほど…!」と目を輝かせる僕。
「今の人たちも時間を気にする必要が無くなって心に余裕が生まれて、旅行してるんだろうね。」
「つまり、時間が無くなって良かったと言うことですか?」と僕はおじさんに聞く。
「旅行してる人たちにとっては時間が無くなって良かったのかもね。」
「それはどう言うことですか?」
「時間が無くなって心に余裕が生まれる。それは旅行とかできるようになっていいことだと思う。でも時間があることによって恩恵を受けていた人たちからしたら…?」
「良く思わないですね…」
僕はふと咲季のスマホに届いていたどこかのお母さんのコメントを思い出した。
「この世の中は誰かが得をすると誰かは損をするようになってるんだよ。光と陰が表裏一体なのと同じだね。だから物事を良い悪いだけで判断するのは間違えだとおじさんは思うよ。」
このおじさんの言葉に僕は何も言えなかった。
「若葉の少年よ。自分が正義だと思っていることは自分以外からしたら悪である場合があるということ。これだけは覚えておきなさい。」
「はい!」
僕はおじさんの目を真っ直ぐに見て言った。
「あんちゃん。良い顔しやがるな〜!」とおじさんはアクセルを踏む。
信号が青に変わり、タクシーは再び動き出す。
「そう言えばあんちゃんも歴史好きだよね?きっと。好きな武将は誰なの?」
「え…?えーと、織田信長です!」
「歴史好きの割には普通の答えだな。わしは…」
その後も僕とおじさんはたわいもない話を続けた。
━━━まるで道路を走る屋形船のような賑わいだった。
おじさんと話しているうちに東京駅につく。
「色々とありがとうございました!」と外へ出る僕。
「頑張ってらっしゃい!」とおじさんは車のドアを閉める。
そのタクシーは人や車が賑わう雑踏の中を自由に走り去っていった。
岡山行きのチケットを買った僕はホームのベンチに座り、いつ来るか分からない新幹線を待つ。
「確かに旅行する人いるなー」
子供連れの家族や新婚ホヤホヤそうな夫婦など旅行客らしき人たちがちらほらいる。
これから旅行に向かうだろう人たちはみな楽しそうに笑っていた。
「自分の正義は他人からしたら悪か…」と僕はタクシーのおじさんに言われた言葉を思い出す。
「笑っていない人たちがいるってことだよな…」
彼らの笑っている顔を見ることができなくなった僕は下を向いた。
僕は何分下を向いてたのだろうか。
急に風が吹き、僕の髪が揺れた。
不思議に思った僕は顔をあげると、目の前に新幹線が走っていた。
新幹線が来たのである。
僕は膝に手を置いて立ち上がり、新幹線に乗り込んだ。
新幹線に乗って5時間くらいだろうか。ついに目的の岡山県に到着した。
━━岡山県。
戦国時代には多くの戦いが行われていた場所である。
戦国最大の事件とも言われる本能寺の変が起きた時、豊臣秀吉が攻めていたのが備中高松城。まさに岡山県であった。
余談であるが、岡山周辺を支配していた有名な戦国大名に宇喜多秀家と言う人物がいた。
秀家が城を築いた時に、その場所が小さい丘で岡山と呼ばれていたことから城の名前が岡山城となり、その城下町も岡山と呼ぶようになったのが岡山の地名の由来と言われている━━
岡山駅を出た僕はふとポケットに閉まっていたジショウおじさんの地図を取り出して、もう一度見てみた。
「あれ…よく見たらこれ昔の地図だ。。」
ジショウおじさんからもらった地図は確かに時切稲荷神社への地図だったが、今の時代には対応していない古い地図だったのである。
「これじゃあ意味ないじゃん!」
僕は仕方なく、スマホを開いてGoogleマップを起動する。
今や、地図と自分の居場所を瞬時に正確に、そして手軽に教えてくれる時代である。
昔のようなアバウトすぎてどこにいるかも分からない地図ではないし、かさばる大きさではなく手のひらサイズである。
ここまでの進化の裏には、命をかけて歩いて地図を作ってくれた伊能忠敬や先人たちの頑張りがあるのを忘れてはいけない。
「ありがとうございます!」
僕は古い地図をポケットにしまい、スマホを片手に歩き出した。
〜to be continued〜
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