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家づくりと相対性理論

令和3年3月5日 曇り

VUCA化(不安定、不透明、複雑、曖昧)の世界

昨年からの新型コロナ感染拡大、そして緊急事態宣言の発出により世の中は大きく変わりました。緊急事態宣言が一応終結した現在でも様々な変化に直面しておりますし、その影響はこれからの私たちの経済活動に大きな影を落としています。時代の変化に適応するには何が必要なのか、自分達はどのような変化をすべきなのかを日々考えてはおりますが、なかなかこれといった明確な答えが見つけられていないのが正直なところです。 平成の終わりから令和時代はVUCA化(不安定、不透明、複雑、曖昧)の世界になると予測されていましたし、出来るだけの準備をして来たつもりです。しかし、新型コロナの登場で私の予想を大幅に上回る速度で世の中は変容を続けているように感じています。この速度感は今までとは少し次元が違うように感じていて、今日正しかったものが明日には全否定しなければならない事柄が続出するのを目の当たりにしながら未だに戸惑いを隠せません。

地均しの後

私はかれこれ11年間、毎日ブログを更新し続けて来ましたが、あまりに価値観の逆転が日常茶飯事に起こるのを鑑みるとこのnoteのようにインターネット上にログを残すのも少しためらわれます。今、私が正しいと思っている事と真反対の価値観に私自身が引っ張られる可能性もあり、その時、過去のログを見て冷や汗をかくことがあるのは想像に難く無いからですが、それはそれとして、現時点での思考や考察は自分自身の備忘録として素直に書き残しておこうと思います。この価値観の転換が頻繁にしかも高速で行われるようになった背景には間違いなくICT、IT革命の急進的な成長があるのは従前ですが、コロナをキッカケにそれまで地ならしされて来たインターネット回線の整備やスマートフォンの普及がまるで進撃の巨人のクライマックスの様に爆発的に顕在化して、情報を受け散っていた側が発信者の立場に取って代わり、私たちの生活に広く、深く食い込んできたのだと思っています。

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Youtubeの一般化

その最も分かりやすい例がYOUTUBEの爆発的な普及(というより浸透)では無いかと思っています。数年前まで動画再生は通信量が多く重たいと認識されていて、余程見る価値があると認めなければ積極的に見るべき対象では無いという対象でした。ところが今ではケータイで電話をかけて話すが如く、何の抵抗もハードルも無く誰もがいつでもどこでも動画を視聴するようになり、再生時に固まる事も稀になりました。受け取り側の変化は当然、発信する側の価値を大きく変えて、ひと昔前にブログを書くのが特別では無くなった様に、今では誰もが気軽にYOUTUBEに動画を配信する様になりました。ちなみに、私はあまりYoutubeを見ないのですが、たまにSNS上で勧められたり、リンクが貼られていたりするキッカケで同業の建築関係の経営者が情報提供として発信している動画を見る事があります。ごく稀に非常に勉強になるなーと感心するコンテンツを配信されている方もおられ、動画による情報収集が非常に有効だと感じて、大ブレイクしているのも理解できると感じる事もあります。

そこはかとない違和感

しかし、殆どの建築系動画とか工務店系Youtuberが配信されているのを見ると、ポジショントークが強すぎて、見ているのが痛いというか、嫌になってしまいます。確かに、なかなか一般的には手に入らないコアな情報が配信されていたりもするのですが、客観的な事実に基づいて視聴者の為になる情報提供というよりも、自分の行なっている事業を正当化する誘導的な理論展開があまりにも多く、逆説的な、かつ刺激的なタイトルをつけて煽り気味なチャンネルが多くの人に見られている事実にゾッとしてしまうます。しかし、それらが工務店業界で持て囃され、同じ様なポジショントーク配信に参入される人が後を絶たないのを見ていると、「これって違和感があるのは私だけなのか?」と疑問に思ってしまったりしいてます。誰でも簡単に配信できるYoutubeってそもそもそうゆうものなのかもしれませんし、何が正解かは分かりませんが、とにかくずっと、そこはかとない違和感が胸の奥でくすぶっています。

カオスに玉を見出すヒント

参考までに↑紹介させてもらったYoutubeのイメージ動画の様に、イノベーションはカオスから生まれると言われますし、玉石混淆の中から、新しく本質的な価値が創造されて新しい時代のスタンダードが生み出されるのでしょうから、今はたとえ少々の違和感があったとしてもある程度のアンテナは張って、情報を集めて次の時代に備えたいと思います。確かに便利だし。ただ、時代の流れにそのまま成り行きを任せるのが正解だとはどうしても思えないのも実際で、何か指標というか、基準みたいなものを持ちたいと思い、継続的に書籍を読んだり、講演を聴いたり、勉強会に参加したりしていますが、最近、「おっ!これは使える!」と思ったのがたまたま目にした古典でありながら、今の物理学や量子力学の世界の土台になっている相対性理論です。

相対性理論
特殊論・一般論ともアルベルト・アインシュタインにより記述された。まず、等速運動する慣性系の間において物理法則は互いに不変であるはずという原理(相対性原理)と光速度不変の原理から導かれたのが、特殊相対性理論である(1905年)。特殊相対性理論は、時間と空間に関する相互間の変換が、相対速度が光速に近づくと宇宙が膨張するのと、従来のいわゆる「ニュートン時空」的に信じられていた天体は、重力をもつガリレイ変換の結果とは違ったものになること、そういった場合にはローレンツ変換が正しい変換であることを示した(つまり、ニュートンの普遍的であった概念は破られたということである。) 「ミンコフスキー時空」)。
続いて、等価原理により加速度によるいわゆる「見かけの重力」と重力場を「等価」として、慣性系以外にも一般化したのが一般相対性理論である(1915 - 1916年)。出典:Wikipedia(タイトル写真とも)

世界は相対性で成り立っている

アインシュタインが発見したこの原理は決して簡単では無い物理学の検証結果ですが、私がなるほど、と感じたのは物理のことではなく、物事(情報や出来事)に対する見方(パラダイム)のヒントがあると思ったのです。私が建築系とか家づくり系と言われるYoutubeをみて違和感を感じるのはポジショントークが多すぎる事だと上述しましたが、相対性理論的に見ると、直感的に受け入れにくいことも実証実験の結果を事実として受け入れることを前提に考えれば、事実を積み重ねているものに対してはロジックを受け入れるべきであるとなります。ポジションは人それぞれであり、車に乗って移動している人、歩いている人、立ち止まっている人がそれぞれリンゴを真上に投げると慣性の法則通りどれもまっすぐに手のひらに戻ってきますが、止まっている人から車で移動している人のリンゴを見ると当たり前ですが水平方向に移動しています。世の中は全て相対性で成り立っており、それぞれが良い悪いではなく、あるポジションから見てどう思うかだけの問題だということです。ただ、事実を積み重ねているか、そこに誤魔化しが混じっているかだけを意識的に見る事で情報の取捨選択が随分と明確になるのでは無いかと思ったのです。相対性理論的視点こそ、先行きが見え難い世界で進むべき道を示す道標になるのでは無いか、と感じた次第です。

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