「給料取りと結婚しろ!」

タイトルの「給料取りと結婚しろ!」というのは、フーテンの寅さんが初期の作品で若い女性たちに頻繁にかけていた言葉です。「俺みたいなやくざ者なんかと結婚したら苦労ばっかり」になるから、堅実な「給料取り」と結婚しろという親身なアドバイスをしてるのです。

寅さんのような「ヤクザな稼業」でなくとも、中小企業の経営者や小規模自営業者は本当に大変です。経営が黒字の時は、「税金で半分持っていからるくらいなら(昔は法人税は50%でした)経費で使ってしまおう」ということで羽振りがいいのですが、経営難に陥ると一晩で白髪になってしまう人もいます。金融機関から借金をしている上に日々の売り上げには変動があります。安心できる明日はないのです。経営者本人が会社の連帯保証人になっており自宅の土地・建物も担保に入っているので、倒産したら住む場所すら失ってしまうのです。

小規模自営業も同じで、東京のラーメン店は毎年ものすごい数の店が出店しては同じくらいの数の店が消えていくそうです。もちろん、われわれ弁護士も同じで、地方で確固たる地盤を築いたベテラン弁護士でさえ「来月から一件も依頼が来なくなる悪夢を見る」と修習時代に聞かされました。

不況でも根強く生き残るコツは、何と言ってもコストの低い商売をやることです。何十年も夫婦でスナックをやっている奥さんは、「人を雇わなかったのが生き残れた最大の理由」だと言ってました。小さな店で賃料が安く、メニューが限られているので原価率も低い。人件費が入らない。これが荒波のようにやってきた不景気の波を乗り越えられた秘訣なのでしょう。ただし、同じような夫婦経営であっても、洋品店のように仕入れが必要となると途端に苦しくなります。仕入れても売れなければ間違いなくマイナスになるし、売り物がなければ商売は成り立ちません。洋品店やブティックにはこういうジレンマがあるのです。だから売値が高く、バーゲンになると驚くほど安くなります(それでも粗利は相当あるのです)。

開業医は設備資金に莫大な費用がかかるので(小さな医院でも億単位と聞いています)、借金やリース料を毎月支払わなければなりません。高額納税者になって羨ましがられても、莫大な借金を抱えているので精神的にはとても大変です。土地は減価償却の対象にならないので費用計上できません。2代目になってようやく投下資金の回収が始まると言われるのは、決して嘘ではないのでしょう。

そう考えると、最も安心して生活設計ができるのは「月給取り」、しかも大企業や役所に勤める月給取りなのかもしれません。私の知人で、30そこそこで心を病んで欠勤を続けたものの、定年までしっかり面倒を見てもらった人がいます。最低限の給与ベースではありますが、もともとが大企業なので中小企業よりも年収ははるかに高く、同じ部署には同じような境遇の人たちがいるので職場環境も辛くありません。そういえば、刑事事件で私が頻繁に通った警察署の留置係の担当者の警察官も、「心臓を悪くしたので負担の少ないここに回してもらいましてね。本当に公務員で助かりましたよ」と言っていました。

よく「サラリーマンだと仕事にやりがいがない」とか「出世から見放されたら悲惨だ」と言う人がいますが、莫大な借金を抱えて収入の途を失う方がよほど悲惨です。どんな状況であれ、きちんと家族を養っている人たちはそれだけでとても立派だと思います。経済的な理由による家族崩壊は本当にたくさんあるのです。

最初から出世を諦めて週末起業であれこれ試行錯誤するのも、これからは安心できる生き方かもしれません。大船に乗っていたつもりが突然沈没してしまうのが、今の世の中なのです。長銀破綻の時、何人かの知人が亡くなったと聞きました。後ろ向きの仕事が忙しく、毎日タクシーで日付が変わってから帰宅していた人が、ある日タクシーが家の前に着いた時に亡くなっていたそうです。「疲れた」というのが最後の言葉だったそうです。

仕事のための人生ではありません。人生を有意義にするために仕事があるのです。仕事以外で人生を有意義にできる途があるなら、それはとても素晴らしい人生ではないでしょうか?


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