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大池容子(うさぎストライプ)さんより

“情報”からこぼれ落ちてしまうものを模索する

私たちの劇団うさぎストライプは4月3日から、こまばアゴラ劇場で『いないかもしれない』という作品を上演する予定でした。

公演中止を発表した4月2日の時点で、美術や照明、音響の機材なども全て仕込み終わっていましたが「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 」の状況分析、提言を受けて全公演中止の判断に至りました。

上演は叶いませんでしたが、劇場を使って無観客のゲネプロを映像収録させていただくことができました。換気やマスクの着用など、3月の稽古から実施していた感染症対策が日常のものになっていたからか、収録に向けた場当たりの風景があまりにも普段の劇場稽古のようで、一瞬、初日が来ないことを忘れるぐらい、現実味の無さを感じていました。

振り返ってみると稽古期間中は、上演を実施するかどうかや、現実がフィクションを追い抜いていく感覚にずっと悩まされていたような気がします。今回は再演でしたが、新作だったとしたら、いま何をつくるべきか、まったく分からなくなっていたかもしれません。

2019年4月に上演した、大人になれない大人のためのうさぎストライプ『ハイライト』は“2020年の東京オリンピック会場で群集事故が起きて、東京から人がいなくなり、演劇をやらなくなった劇場で安全太郎(交通誘導ロボット)と結婚式を挙げる”という話でした。

一年前フィクションとして描いた非現実的な未来は、現実になるどころか軽々と現実に追い越され、東京からいなくなることもできない私たちは、先の見えない不安を抱えながら生きていかなければならなくなりました。

こまばアゴラ劇場での『いないかもしれない』の収録を終えてから約2ヶ月、ほとんどの時間を自宅で過ごすうちに、段々と「現実に押し潰されそうなこの感覚を、いつか演劇にしたい」と思うようになりました。そして「自分にとって、演劇とは何か」を改めて考えさせられました。

現在、多くの劇団でオンラインでつくられた演劇や、無観客で収録された公演の映像配信が行われています。『いないかもしれない』など、うさぎストライプの公演映像もオンラインで配信をしていますが「リモート演劇」や「zoom演劇」など、オンラインの枠組みを使って新たに作品をつくることは、自分には向いていないかもしれないな、と思います。

自粛期間中、多くのオンライン演劇に心を動かされたと同時に、そこに存在する、言葉や視線、そして画面の奥に見える部屋から漂う生活感など、ほとんどのものを“情報”として捉えているような感覚がありました。

作品のことを考えるとき、私はいつも、ひとや空間から立ちのぼるもののことを考えます。それらは“情報”としては取るに足らないもので“空気”のようなものかもしれません。その空気の微妙な濃淡のことを考えながら、私は作品をつくっていました。

「自分にとって、演劇とは何か」の答えは、演劇に携わっているひとの数だけ存在します。そして私がつくりたい演劇には、劇場が必要なのだと思います。“空気のようなもの”を創り出すため、そしてそれに立ち会うための場所が必要だと感じるのです。

マスクを着用することが当たり前になったように、私たちの日常が変わっていく中で、作品に描かれる日常も変化し、そしてその作品を受け入れる、劇場のありようも、きっと変わっていくのだと思います。

これから私たちは「自分にとって、演劇とは何か」そして「自分にとっての演劇は、どう変わっていくべきか」を模索することになります。劇場、そして演劇が失われないように、私たちはお互いの違いを認めながら、ゆるやかな繋がりを持って発信を続けたいと思っています。

大池容子(劇作家・演出家・うさぎストライプ主宰・アトリエ春風舎芸術監督)
1986年生まれ。「どうせ死ぬのに」をテーマに、演劇の嘘を使って死と日常を地続きに描く。2013年、芸劇eyes番外編・第2弾「God save the Queen」に参加。2019年『バージン・ブルース』で「北海道戯曲賞」大賞を受賞。

プロフィール写真(大池容子)

うさぎストライプ
WEB:https://usagistripe.com/
Twitter:@usagi_stripe(しまうさぎ)

うさぎストライプ『いないかもしれない』無料配信中(6月6日まで)
https://usagistripe.com/inai-online
表紙写真:『ハイライト』撮影:西泰宏(うさぎストライプ)


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