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私がこんな中途半端な郊外で靴工房をやっている理由

私は、オーダーメイドの靴の職人をしていまして、工房は埼玉県の加須市という、なかなか中途半端なところにあります。

この場所で靴工房をやってもうすぐ18年。

ときどきお客様から、なぜこの場所なのか、もっと東京に近いところのほうが良いのではないかと訊かれることもあります。

工房がこの場所になった理由は、ここしかなかったから。

それが正直な理由です。

靴の工房をスタートしたころはとにかく余裕がなくて、賃貸の物件を借りるなんで全然無理な話でした。

そんな時に、父親が所有している工務店の建物の一角を貸してもらえるということになり、それがそのまま現在に至るわけです。

もちろん、ちゃんと賃料は払っています。

当時、靴の工房は都内のもっと人通りの多い場所にあるのが普通でしたので、こんな都心から50キロも離れた、高速道路のインターからは近いけれど、最寄り駅から2キロもある住宅地で靴工房をやっていくなんて、なかなか簡単なことではありませんでした。

今でもそうですが、地元の通りがかりのお客様は、ほとんどいません。

ちょっと話は変わりますが、靴の工房をスタートしたころから靴のコンセプトとして考えていたのが、普段使いができて、なおかつとっても履いていて心地よい靴ということ。

私もそうなのですが、とても気に入っているモノを大切にしすぎてしまって、結局あまり使わなかったという経験が多々あり、それじゃモノの価値を十分に生かせていないわけで、それなら普段にこそ気に入ったモノ、使いやすいものをどんどん使ってもらおうじゃないかと思ったのがきっかけです。

私たちが生きて生活していく中で、普段と言える時間が最も長いわけですから、その時間を充実したものにしたら良いのではと思ったのです。

オーダーメイド靴を普段に使おうということですから、一部の方からはちょっと考え直した方が良いんじゃないかと、本当に親切心でアドバイスをいただいたこともありましたが、今となってはこのコンセプトを続けていてよかったと思っています。

そうしているうちに、少しずつ商品のコンセプトやアウトラインが見えてきます。日常に使うためのオーダーメイド靴で、実用的なモノ、そうなるとあまり高価すぎるのは難しい。

そこで、この工房の場所が生きてきました。

都心の良い場所に工房を置くと、賃料だって相当の負担になりますし、人通りが多いからいらっしゃるお客様をお迎えするスタッフが必要になってきます。作業をしている私がその都度手を止めることを前提にするのは好ましくないですから。そうなってくると、固定費が結構大変なことになり、当然その費用は商品の価格に跳ね返ってくるわけです。

でも、かなり郊外の、それも工房は親族から借りている場所で、人通りがあっても工房に入って来る方がほとんどいないような環境では、固定費が驚くほど安く済みます。

そんな事情で、注文の際にはわざわざ埼玉県の田舎のほうまで行かなくてはならないけど、価格はけっこうリーズナブルで、おまけに靴はしっかりとハンドソーンウェルテッドで作られている、日常に履ける靴を製作販売することになりました。

価格に関しては、じつはもう少し話の続きがありまして、以前から日本人的な細部へのこだわりというのがあまり好きではなく、もちろん見えない部分までしっかりと丁寧に作り込むのは大切なのですが、細かい装飾や何とかという技法はあまり必要ないかなという考えです。

そんなわけで、あくまでも基本性能をとことん追求して、商品のコンセプトとして85%というクオリティをOKのラインとすることにしました。

40%を50%に上げるのは結構簡単なことですが、85%から90%に上げるためにはおそらくとてつもない手間と時間がかかり、でもその5%の違いはお客様にはどうでも良いことだったりすると、かりに90%を狙ったとしてもお客様にはさほどメリットはないということになります。

なので、基本はしっかりしていて、もちろん商品としては当たり前ですが問題はなく、でも手間のかかる装飾などはナシにすることで、クオリティと価格のバランスを上手に保っている商品を心がけています。

私が作りたいのは、道具として履きやすく、気兼ねなく履ける靴です。

ちょっとくらいキズが付いたって、いちいち目くじら立てない。

そして、普段に履くのならば丈夫であり、服との相性が良く、長時間履いていても疲れないなど、心から履きたくなるようなものが実用としての靴です。

お客様には、こんな郊外の何もない田舎町に、本当に遠方からお越しいただいていることを、心より感謝をいたします。


















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