職場の悩みはいつも人間関係に……対人心理学で心の仕組みを覗いてみると?
職場での悩みの多くは人間関係にまつわることかもしれません。
いじめやハラスメントのようなはっきりとした被害がある場合だけでなく、相手に対してちょっとした違和感やもやもやした感情を抱くこともあります。
ですが、周囲との関係悪化や仕事を失うことなどを恐れ、不満や改善してほしいことを直接伝えることができず、自分が我慢すればいいと考えてしまいます。そして、それが続くと、いつしか気持ちが爆発します。
かといって、相手と腹を割って話し合うことはなかなか難しく(それができれば苦労せず……)、人間関係の悩みを解決するのは簡単ではありません。
ではどうすればいいのかというと、1つには対人心理学の知見を通して、相手がどうしてそんな言動をするのか、それにどう対策するのがよいのかを学び、自分が直面している状況ではどうすべきなのかを考えることです。
同僚との関係、上司と部下の関係など、職場には様々な人間関係がありますが、まずは心についての知識を増やし、対策を知ることが大切です。
翔泳社では『ど素人でもわかる心理学の本』という書籍で対人心理学を始め、さまざまな心理学の基本について解説しています。よければ参考にしてみてください。
この記事では本書から「第5章 コミュニケーションのための「対人心理学」」の一部を抜粋して紹介します。
お互いの"相性"はどうやってわかるのか?【相性と性格診断】
今日から役立つポイント
結婚後に性格の相性が悪いとわかって離婚した話はよく聞きます。しかし、それは本当に相性の問題だったのでしょうか。この問題は「性格」という判断自体が難しいことですが、「特性5因子モデル」が標準であること、そして、相性には2つのタイプがあることを知っておくと結婚や就職に役に立つでしょう。
"相性"が合わない本当の理由は何か?
就職の面接などの場面で問題となるのは、印象や相性という性格的な判断についてです。性格を的確に診断する手法は多くありますが、現在信頼できるものとしては図5-1のビッグ・ファイブがよく知られています。
これは「特性5因子モデル」による性格診断で、相性のよさを表すものではありませんが、C・G・ユングの性格論を取り入れており、一般的な診断法として信頼性の高いものです。特性因子というのは、性格の能力要因を特徴づけたものです。
その性格の各特性を見ると、互いに対比的な関係で表されています。例えば、内向性と外向性は、控えめか積極的かという行動面の対比になっています。これを各5段階などのランクで点数化するわけです。他の項目も同様に点数化して性格の傾向を総合点として表します。
ユングの性格分析法をベースにしたといわれますが、特定の思想に当てはめたというよりも、多数の実証研究(因子分析法)により作成されたものだといえます。
例えば、採用などは性格面での相性といったことが意外に考慮されていません。面接官が外向的な人であるなら、自分と同様な外向的な行動をとる人に好感を持ちます。その場合、内向的な人はかなり不利となるはずです。行動傾向が似ている人のほうが好感度が高くなるという「類似性効果」が働くためです。
では、相性は行動傾向の似ている人同士で決まるのでしょうか。これは初期の段階ではその通りですが、長期になると同じ行動傾向の人は互いに衝突しやすい面も出てきます。むしろ、結婚生活のような長期的な場合には互いに補い合う行動傾向、逆の要素があるほうがうまくいっているからです。
これは「相補性効果」といいますが、自分が外向的なら相手が内向的といった関係のほうが、長期的には相性がよいことになるわけです。
つまり、短期的には「類似性効果」、長期的には「相補性効果」が重要だということになります。ただし、価値観については別で、長期的にも類似しているほうが相性もよいこともわかっています。
実際に相性を考えるときには、この5因子を参考にするとわかりやすくなります。
例えば、対比された関係の5つのレベルで見るとわかるように、相補的な相性がよいのは、「内向性」対「外向性」、「分離性」対「愛着性」、「自然性」対「統制性」(以下略)といった対比関係にあるものです。
図で見ると、上段の内向性と外向性の行の真ん中の列にある「活動」は、その性格の特徴を「本質」として示すものです。その内容が「一般的特徴」として右端に記載されています。内向性の点数が高い場合は控えめな行動をとる傾向が強く、外交性の点数が高い場合は積極的な行動をとる傾向が強いという意味です。
それらの特徴は反対のものだからこそ互いに補い合える関係にもなります。
ただし、一律に相補的であるわけではなく、互いが衝突する面もあり、水と油の関係にもなります。
そのように考えると、相補性の相性は特定の状況に依存してしまう面が強いともいえ、よい相性にするには互いに何か強く支え合う共通体験などが必要だと考えられます。その意味で形式的に相性を見るのではなく、互いの共通する価値や経験を大事にできるかどうかが大切なのです。心理学の相性研究はそうした点で、一般に思われている以上に難しい分野です。
つまり、相性は固定的なものではなく、一緒に旅行したり家事を手伝ったりすることで、よい相性に育ってくると考えたほうがよいでしょう。
どうしていじめやハラスメントはなくならないの?【いじめの発達段階】【循環システム】
今日から役立つポイント
いじめやハラスメントが広がっている現状を見ると、どうして止められないのかと思う人も多いようです。そこにこの問題の根深さがありますが、道徳心や心構えだけでなく、「発達段階」ということがキーになります。とくに子どもだけでなく成人の発達段階について知れば、もっと互いの人間関係もよくしていけるからなのです。
いじめは"する側"と"される側"の個人的な問題なのか?
いじめやハラスメントの問題は道徳心に関わるもので、多くの大人は道徳的にいじめが悪いことを知っています。ところが、小学校の教員が同僚の教員をいじめや暴行をしていたという神戸の事件もあり、道徳心が疑わしく思われてしまいます。
解決の要点は、いじめをした側とされた側の両成敗ではなく、いじめを起こした関係性を"循環システム"として理解することです。ここでいう"システム"とはITのことでも、1+1=2のような一部の積み重ねでもなく、それが3となるような相互作用による全体的なものを意味します。家族療法や組織改善にも使う方法も同様ですが、特徴的なのは部分最適ではなく全体最適を問題にしている点です。
そうした視点では、いじめられる側にも悪い点があるといったケンカ両成敗という見方が勘違いであることは明白です。これでは部分最適でしかなく、いじめた側といじめられた側の二者関係しか見ていません。そのため、あたかも個人の自覚や責任の問題のように受け止められてしまいます。それはいじめ問題の解決を歪めるもので、全体を見るとそこに二重構造があることがわかります。
例えば、公園で遊ばせたい親たちの団体と子どもの騒音に悩む住民の間での例で見てみましょう。この場合、被害者側である住民の騒音トラブルは個人差のような問題にしか扱われず、親側は子どものためなのだから我慢すべきだと住民に求めます。ここで一部の保護者が被害住民に嫌がらせ(市民ハラスメント)をするようなことも起きたりします。
しかし、これも当人同士の個人的な問題とみなされて謝罪で終わることになります。現実にはこうした対処の仕方では、解決の本質とは外れた部分最適にしかならないのです。
いじめの背景にある「優越コンプレックス」
ハラスメントのように、相手に嫌がらせや無視をするといった心理的な"暴力"の場合、そこには必ずそれを正当化する"仲間集団"がいます。いじめる当人はその集団内ではむしろリーダー的存在であり、いじめを通じて仲間意識を強化しているのです。
そこには「内集団バイアス」と呼ぶ集団の歪んだ"絆作り"があります。そして、弱い立場の者をいじめることによって、自分が他者より優れているとする「優越コンプレックス」があるといえます。
これは精神科医であったアドラーが述べた概念ですが、自己の劣等感の歪んだ表れです。
つまり、いじめには個人の劣等感の解消と集団の同調効果による仲間意識を強めたいという意識、この二重構造があることを知っておくことが重要なのです。
それと周りに容認する人がいることが、二重構造を支えており、いじめる当人の正当化を促進している点も見逃せません。周囲の人は直接行為はせずとも、事実上は容認していることでいじめに加担しているのですが、本人には自覚がありません。
いじめられる側も加害者になる悪循環を知る
ここまでは被害者側を"弱い者"として見てきましたが、長期的に見ると一方の加害者も実は弱い者である点を知ることも大事なのです。それがこの二重構造を知ることで見えてきます。子どものときに親からの虐待があると、その子が親になると当人自身が加害者となってしまうケースが多いからです。
例えば、神戸での教師のいじめ事件については、いじめをなくす行動を促すという本来の役割を教員が果たさなかったという点で職務違反をしていますが、一方では悪ふざけのつもりだったなどと弁明していたことに注意が必要です。いじめる側の論理では、いじめでなく遊びだとする互いの"合意"があったからです。
このようないじめ問題の原因の説明をすること自体が、いじめ意識の証拠といえます。図5-3-②のように、いじめ意識にも発達段階があるからです。これは犯罪心理学でも明らかにされているもので、自己の有能感を満たすような犯罪の段階があります。
ここでは3段階に分類しましたが、対処のミスはいたずら程度の初期にあります。いたずらの心理はハラスメントとも共通しています。自分たちと違う価値観や行動をする者を排除しようとする意識が強く働くからです。
そして、自分たちが正義だといった立場で当初は遊び感覚で懲らしめたり、嫌がらせをしたりします。それがどこかで「遊びが行き過ぎた」といった量的な問題にすり替えられてしまうのです。そして、このような初期の対処が悪循環と、さらにいじめの伝染的な拡大を引き起こしていきます。こうしたことから、いじめやハラスメントを防ぐには、いたずらや嫌がらせを軽く見ないことが大切です。
そして、もし被害者が嫌な気持ちを持ったなら、それを相手に伝える「アサーション」をすることです。相手と対話をするわけですが、当人にすれば非常にストレスの高いものなので抵抗感があります。共通の友人がいれば仲裁役になってもらって話し合うのもよいでしょう。そうしたこともせずに、我慢して笑ってごまかしてしまうといじめの悪循環を繰り返す原因となります。
とくに私たち日本人は嫌われたくない気持ちが強い傾向があり、断ることが苦手です。だからこそ、アドラーがいう「嫌われる勇気」が求められるといえるでしょう。
叱れない上司と逆ギレする部下の共通する心理は何か?【自分らしさの追求と自尊心の減少化】
今日から役立つポイント
叱られると自分が傷ついたという気持ちから、相手にすぐに敵意を持つ人が増えています。部下を叱ることができない上司の問題もありますが、なぜ"自分が傷つくこと"をこれほど恐れるのでしょうか。このような叱る側の課題点を整理し、相手の成長を促すための叱り方を解説していきましょう。
叱るとすぐに自分が傷ついたという気持ちはどこからくるのか?
叱られた側は叱ってくれた人が自分自身の「欠点を直すため」にしてくれた行為とはわかっていながら、なぜ敵意を持つのでしょうか。ここには「叱られる=自己否定」という固定観念、言い換えると認識の歪んだ「因果スキーマ」があると仮定できます。
そのため、相手が自分のために叱っているという実感が持てないのです。それは「現在の"自分"を変える必要などない」という意識が土台になっていると考えられます。
他方で、競争社会の中で自分に自尊心や自己効力感がない場合、「他者と比べられたくない」という気持ちと重なってきます。つまり、他者と優劣をつけられないような個性を選ぼうとしてしまうのです。
こうした意味では、個性尊重の流れは全ての人に"自分らしさ"を求めるように促しますが、それは今の自分を固定化することではないはずです。それなのに恐れるのは、その裏には「変化を恐れる自己」があるということでしょう。
では、それほど変わることを恐れて躊躇してしまうのはどうしてでしょうか。
1つの原因としては、叱られる体験が社会生活全体の中で急激に減っていることです。親は友人関係の1つになってしまい、叱られたことがない子どもが増えています。その結果、成人になって初めて職場で他者から叱られる経験をするため、そのことに過敏になってしまうのです。
2つ目の原因は、社会が高度に専門化され多様化した中で、互いが表面的にしか付き合えない希薄な人間関係の問題です。夜を徹して本音で論議したりすることもあまりない時代でしょう。そこには相手への過剰な気遣い、自分のことを相手がどう思っているか、これを言うと嫌われるのではないかといった気持ちがあるといえます。
相手にダメ出しをする前にすべきこと
一方、叱る側は「相手のためだ」という理由づけで、ついあれもこれもダメ出しをしたくなります。それが相手のためになるはずだと思うからですが、言われる側はそうは受け止めていません。この心理的なギャップこそが怒りや不安を生み出す元凶にもなっています。
そこでまずダメ出しをする前に、相手の"何"に対して評価をするのか、よく考える必要があります。そこでの原則は次のことです。
「人がやったことの行動(事実)とその当人の人格を分ける」
つまり、たとえどんな失敗をしても、それはその失敗をした行動そのものが問題であって、人格としての"人"が問題ではないという立場を明確にするのです。こうした行動と人格を切り離す理由は、失敗や成功が単に個人の行動だけで決まるものではないからです。この合意がない場合、部下に「事実と人格が一体」となって否定したように受け止められてしまい、上司のダメ出しが相手の「勇気くじき」になってしまうのです。
社会心理学の立場では、自己利益のためではない他者や社会への貢献や気遣いや配慮・親切心などを「向社会性」と呼びます。アドラーはそこに互いの仲間・所属集団への絆感に当たる「共同体感覚」が不足していることを指摘します。そうした向社会性や共同体感覚を妨げる心理として、「自尊心」の低さがあります。
また、図5-5-①は「自尊感情」の過去30年間にわたる変化を調査したものです。とくに日本は80年代から自尊心の減少傾向が続いており、先進国中でも最低ランクの水準です。
このように自尊心の低い場合、他者から叱られたりするとどうなるでしょうか。この場合、さらに自尊心を低くしてしまい、自分をよくしようとするよりもくじけたり、相手を恨んだりしてしまいます。
成人になるにつれて本来は適度な自尊心を持つようになりますが、それが日本では歪んだ形になってしまっているのです。
叱る目的を相手の成長のためとする実践法
叱るのはエネルギーと勇気がいることです。一般的には叱るより褒めるほうが楽なのです。しかし、あえて叱る必要がある場面は誰にもあります。そんなとき、怒りの感情をコントロールする「アンガーマネジメント」も役に立ちますが、もっと本質的なことがあります。
それは何のために叱るのかという"目的"です。
アドラーは行動の背後にある意図や目指すものを「目的志向」と呼び、重視します。
ここでは叱るのは「相手の成長のため」と簡潔にしますが、そのために何をどうすればよいかが重要です。
図5-5-②で要約しているように、ポイントは2つあります。
まず、事実を示して具体的な「○○の行動」の部分に焦点を当てることです。遅刻で遅れた部下がいれば、時間を守る行動で直してほしい部分に注目するのです。
2つ目は、主語を私にした「Iメッセージ」の「私は○○してくれると嬉しい」という形式で伝えることです。例えば、遅刻の場合であれば、「君は、なぜこんなに遅れるのに事前連絡もしないの?」というより、「私は、会議
10分前にきてくれていると嬉しいね!」という具合いです。
ただし、注意したいのは怒りの感情がそこに入ってしまう場合も多いことです。これは生理的なことですので隠せないものです。そのことに自己嫌悪を覚える人もいますが、叱った後で相手への励ますコトバで「勇気づけ」をしてフォローすればよいでしょう。
ど素人でもわかる心理学の本 目次
序章 心理学をめぐる21世紀の変化
【第1部 基礎心理編】
第1章 そもそも心理学って何?
第2章 行動と習慣を科学する「行動心理学」
第3章 記憶・思考・感情を科学する「認知心理学」
第4章 学びと発達を科学する「発達心理学」
【第2部 応用心理編】
第5章 コミュニケーションのための「対人心理学」
第6章 集団や組織で活躍するための「組織心理学」
第7章 多様な文化・環境の影響を知る「文化心理学」
第8章 心の病を治すための「臨床心理学」
【付録】
第9章 心理学で知っておきたい人物
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